ドイツのどこかの貸倉庫にて
文字数 1,863文字
メインのテーブルはレジャーシートの上に置かれた折り畳みのローテーブル。
暖房は誰かが実家から持ってきた石油ストーブ。
ツリーは子供の背丈ほどで、オーナメントに至っては各々が家にあったガラクタをそれらしくしただけの粗末な物。
しかし、そのレジャーシートの上に置かれたクーラーボックスには、持ち寄られた料理が詰め込まれていた。
クリスマスを迎えたこの日、ドイツのある街の外れにある貸倉庫は、若いヘヴィメタルバンドのメンバー達が集まるパーティー会場となっていた。
そんなパーティーの支度をしていたのは、ライヴの準備を抜け出した二人。
フィンランドからやってきたクリスタル・ローズのギタリストであるローニと、そう遠くない街に暮らすダーク・フェアリーテイルのヴォーカリストであるリディアだった。
「クリスマスなんて知らないよーっていうメタルヘッズに巻き込まれちゃってるけど、本当によかったの?」
「イブのミサには行ったし、年越しはデンマークにあるマリウスのお父さんのお店でイベントだから家には帰れるし、別に悪い事はしてないよ?」
統一感の無いオーナメントを飾りながら、ローニはリディアを振り返った。
「そう?」
「それよりさ、リルちゃんはミサ行ったの?」
「いやー……私はクリスチャンじゃないと言うか……長らく日本に居た所為かな、ひとつの神様に対する信仰心って無くなっちゃってね」
リディアは肩を竦めて見せるが、ローニは首を傾げた。
「日本の人達はね、色んな神様をまとめて“神様”って考えてるの。商売の神様とか、学問の神様とか、序列みたいな物には変わりが無くて、宗教自体も、昔から信じられている神様と、少し新しい時代に入って来たブッディズムを一緒に信じている様な宗教観で生きてるの。だから、宗教には大らかであって、一方でよく分かって無い文化なのよ」
「んー、つまりさ、日本の人達はギリシア神話の神様やエッダの神様を今でも信じている様な感じ?」
「そうね……そんなものかしら。もっとも、日本人の言う神様っていうのは、ギリシア神話の神様みたいにはっきりした神様ではない事もあるし、アニミズムが形を変えながら根付いているというべきかしら……それこそ、このジンジャーマンに神様が宿っていると考える事もアリなのよ」
ローニにジンジャーマンクッキーを見せ、リディアはそれを振った。
「飾り付けは終わったか?」
買い物から戻って来たミスティック・サーガのギタリストであるミヒャエルは、間抜けな顔のジンジャーマンクッキーに苦笑していた。
「あ、ミーくん。ワインあった?」
「あぁ。ホットワイン用だろ? 適当なの買ってきたよ」
ミヒャエルはワインボトルをテーブルに下ろし、飾り付けのテーブルを見遣った。
「お菓子の家 はもう出来たのか?」
「粉砂糖を掛けたら終わりよ」
溶かされたホワイトチョコレートを接着剤に組み立てられたお菓子の家に、粉雪の様な砂糖が注がれる。
「そうだ。ミーくんはクリスマスのミサに行ったの?」
お菓子の家を飾るテーブルを見ていたミヒャエルは問われ、ローニに目を向けた。
「ローニ、おまえさ、俺のペンダント見て無いわけ?」
ローニは首を傾げ、ミヒャエルの胸元に目を遣る。
「してないじゃん」
「じゃなくて、ライヴで何度か顔合わせてんのに、何も覚えてないのかよ、お前は」
ローニは重ねて首を傾げた。
「ローニ、ミーくんはいつ見てもクロスモチーフのペンダント付けてないでしょ?」
粉砂糖の掛り具合を確かめながら、リディアは言い放つ。
「……あー、そう言えば。あ、それってもしかして、ラブちゃんと一緒?」
「俺はな、神なんて存在はこの世に存在してないって、ある時気付いたんだよ。そんな全知全能の絶対神が居るとしたら、こんなクソみたいな人生を、クソを煮詰めた様な世の中送る人間なんて居ねぇんだってな」
光の失せたミヒャエルの瞳に、ローニはラファエルとは違った闇を覚えた。
ラファエルが神を嫌う理由は、宗教的道徳観に束縛されるが故の事であるが、ミヒャエルは心底神の存在を嫌っているのだろう、と。
「さてと……準備は終わったし、そろそろ戻らないと叱られるわね」
倉庫の中をざっと見回し、リディアはミヒャエルを見遣った。
「戻りましょ。車、出してくれる?」
「うん」
ミヒャエルが扉を開けると、冷えた風が倉庫の中に流れ込む。
「さっさとステージに上がらないと、氷漬けになりそうだな」
暖房は誰かが実家から持ってきた石油ストーブ。
ツリーは子供の背丈ほどで、オーナメントに至っては各々が家にあったガラクタをそれらしくしただけの粗末な物。
しかし、そのレジャーシートの上に置かれたクーラーボックスには、持ち寄られた料理が詰め込まれていた。
クリスマスを迎えたこの日、ドイツのある街の外れにある貸倉庫は、若いヘヴィメタルバンドのメンバー達が集まるパーティー会場となっていた。
そんなパーティーの支度をしていたのは、ライヴの準備を抜け出した二人。
フィンランドからやってきたクリスタル・ローズのギタリストであるローニと、そう遠くない街に暮らすダーク・フェアリーテイルのヴォーカリストであるリディアだった。
「クリスマスなんて知らないよーっていうメタルヘッズに巻き込まれちゃってるけど、本当によかったの?」
「イブのミサには行ったし、年越しはデンマークにあるマリウスのお父さんのお店でイベントだから家には帰れるし、別に悪い事はしてないよ?」
統一感の無いオーナメントを飾りながら、ローニはリディアを振り返った。
「そう?」
「それよりさ、リルちゃんはミサ行ったの?」
「いやー……私はクリスチャンじゃないと言うか……長らく日本に居た所為かな、ひとつの神様に対する信仰心って無くなっちゃってね」
リディアは肩を竦めて見せるが、ローニは首を傾げた。
「日本の人達はね、色んな神様をまとめて“神様”って考えてるの。商売の神様とか、学問の神様とか、序列みたいな物には変わりが無くて、宗教自体も、昔から信じられている神様と、少し新しい時代に入って来たブッディズムを一緒に信じている様な宗教観で生きてるの。だから、宗教には大らかであって、一方でよく分かって無い文化なのよ」
「んー、つまりさ、日本の人達はギリシア神話の神様やエッダの神様を今でも信じている様な感じ?」
「そうね……そんなものかしら。もっとも、日本人の言う神様っていうのは、ギリシア神話の神様みたいにはっきりした神様ではない事もあるし、アニミズムが形を変えながら根付いているというべきかしら……それこそ、このジンジャーマンに神様が宿っていると考える事もアリなのよ」
ローニにジンジャーマンクッキーを見せ、リディアはそれを振った。
「飾り付けは終わったか?」
買い物から戻って来たミスティック・サーガのギタリストであるミヒャエルは、間抜けな顔のジンジャーマンクッキーに苦笑していた。
「あ、ミーくん。ワインあった?」
「あぁ。ホットワイン用だろ? 適当なの買ってきたよ」
ミヒャエルはワインボトルをテーブルに下ろし、飾り付けのテーブルを見遣った。
「
「粉砂糖を掛けたら終わりよ」
溶かされたホワイトチョコレートを接着剤に組み立てられたお菓子の家に、粉雪の様な砂糖が注がれる。
「そうだ。ミーくんはクリスマスのミサに行ったの?」
お菓子の家を飾るテーブルを見ていたミヒャエルは問われ、ローニに目を向けた。
「ローニ、おまえさ、俺のペンダント見て無いわけ?」
ローニは首を傾げ、ミヒャエルの胸元に目を遣る。
「してないじゃん」
「じゃなくて、ライヴで何度か顔合わせてんのに、何も覚えてないのかよ、お前は」
ローニは重ねて首を傾げた。
「ローニ、ミーくんはいつ見てもクロスモチーフのペンダント付けてないでしょ?」
粉砂糖の掛り具合を確かめながら、リディアは言い放つ。
「……あー、そう言えば。あ、それってもしかして、ラブちゃんと一緒?」
「俺はな、神なんて存在はこの世に存在してないって、ある時気付いたんだよ。そんな全知全能の絶対神が居るとしたら、こんなクソみたいな人生を、クソを煮詰めた様な世の中送る人間なんて居ねぇんだってな」
光の失せたミヒャエルの瞳に、ローニはラファエルとは違った闇を覚えた。
ラファエルが神を嫌う理由は、宗教的道徳観に束縛されるが故の事であるが、ミヒャエルは心底神の存在を嫌っているのだろう、と。
「さてと……準備は終わったし、そろそろ戻らないと叱られるわね」
倉庫の中をざっと見回し、リディアはミヒャエルを見遣った。
「戻りましょ。車、出してくれる?」
「うん」
ミヒャエルが扉を開けると、冷えた風が倉庫の中に流れ込む。
「さっさとステージに上がらないと、氷漬けになりそうだな」