第48話:東北への石油輸送作戦5

文字数 1,367文字

 JOTは石油元売り最大手のJXグループなどが出資する石油輸送専門の企業だ。JXとJR貨物の間に立ち、被災地向けの臨時石油列車の機材調達などにも深く関わってきた。渡辺さんはその日、震災後初めての休暇だったが、磐越西線ルートでの石油輸送を自分の目で見届けたいと自費で現地に駆け付けていた。目の前の踏切を予定時刻通りに通過した石油列車初便を見送って、安堵のため息をついた。携帯電話のメールで、上司で当時の石油部長の原昌一郎さんに今、列車が通過しましたと伝えた。メールで起こされた原さんは、了解とだけ返信した。

 待っていた友人の車に乗り込む渡辺さん。「次はどこに行く?」「猪苗代湖畔のポイントに先回りしよう」。曲がりくねった山道を四輪駆動の車が進む。山間部に入るとみぞれは雪に変わった。「タイヤはスタッドレスだよな」。渡辺さんの問いに友人は「そうだけど、あんまり積もると走れないからね」と顔を曇らせた。会津若松駅を出発した石油列車は広田駅、東長原駅を通過。ようやく白み始めた空の下、目を凝らすと線路脇にはかなりの積雪が見て取れた。深い霧で視界が悪い。大粒の雪が舞い始めた。出発してまだ30分もたっていない。

 これから本格的な山道に入るというのに。磐梯町駅付近に差し掛かったとき、運転席の空転ランプが初めて点灯した。機関車の馬力が車輪とレールの摩擦を超えて空転し始めたのだ。遠藤さんはすかさずスピードを落とし、レールに車重をかけていく戦いが始まった。猪苗代湖畔駅近くに先回りしたJOTの渡辺さん。待てど暮らせど石油列車がやってこない。止まったのかもしれない。その不安は的中する。磐越西線を郡山へ向かう石油列車。磐梯町駅を通過すると上り坂の傾斜が増し、カーブもきつくなる。レール上で車輪が空回りしていることを知らせる空転ランプが何度も点灯した。速度を上げれば一気に登り切れると考えるのは素人の発想。正解は逆だ。

 運転士の遠藤文重さんは列車の速度を時速40キロから30キロ、25キロと落とし車重を使い車輪とレールの摩擦を稼いでいく。同時に砂まきも開始した。車輪の横に装着された小箱には10キログラム程度の砂が詰められておりホースから車輪に向けて少しずつ砂をまきレールとのかみ合わせをよくする。今回のDD51は九州など雪のない地域から集められている。砂まき装置には急ごしらえで凍結防止のヒーターが装着されていた。

 遠藤さんは、運転席の窓を開け耳を澄ます。空転ランプだけでは分からない車輪とレールの摩擦、砂のかみ具合を耳で判断するためだ。いつの間にか外は吹雪だ。吹きすさぶ風の音、ディーゼルエンジンの排気音に交じって甲高い金属音が聞こえる。「もっと速度を落とせ、砂をまけ」間もなく翁島の駅だ。急カーブが眼前に迫る。速度は既に10キロ程度まで落ち、それでも空転ランプは消えない。

 パワーを微調整しなんとか切り抜け様としたときひときわ甲高い音を立てて車輪は空転し石油列車は前進をやめた。傾斜が落ちるカーブの出口まであとわずかだった。遠藤さんは坂道をずり落ちないよう、ブレーキをかけた。まだ終わりじゃない。列車が完全に停止したのを確認してから、再度ノッチ・アクセルを入れ、機関車、貨車のブレーキを少しずつ解除しながら脱出を試みる。自動車の坂道発進の要領だ。
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