絡繰任僥(からくりにんぎょう)

文字数 2,117文字

 私は時折自分がからくり人形、マリオネットやオートマタといった類のものなのではないかと疑うことがある。誰かが既定した範囲と想定された動き中で、誰かに操られているのではないかと。
 そして不思議なことに、あくまで「人形」であって、電気で動くロボットのような存在とは思えないのだ。電子制御のロボットと違って「私」を操作するにあたって、操作主は「私」を思い通りに動かせず、かなり苦労を強いられているような気がするのだ。見えない糸の先の「誰か」が上手く操れない部分こそ、「私」というからくり人形の意思と呼ぶべき部分なのかもしれない。
 そもそも論に帰結するが、人間の出来ることは限られている。それはからくり人形もロボットも同じことだ。むしろ操られていると


 ガラスケース内にの「手習ひ人形」は、そこまで書き終えると、台座部分の別の歯車が回転し始め、文章の書かれた紙を丸めて捨ててしまった。原型は江戸中期のもののようだが、現在に至るまでに何度も改良を重ね、この博物館の来場者が設定した文章をある程度書けるようになったと、パンフレットに書かれていた。
「いかがですか」
 話しかけてきたのは職員らしき女性だった。
「ちょっと意地悪な文章ですね」
「どうしてですか」
「だってからくり人形に『出来ることは限られている』なんて文章、ちょっとこの人形が可愛そうに見えてきました」
 職員の女性は困惑の表情を浮かべた。私がつまらないことを言ったことに対してではないようだった。あわててガラスケースのカギを開け、人形が捨てた紙をつまんで開いた。
「え、こんな長い文章? おかしいですね」
 女性はケース脇のパソコンのデータを調べ始めた。
「おかしい。こんな文章のデータもない。どういうことなんだろう」
 女性は慌ててどこかへ立ち去ってしまった。ガラスケース内の「手習ひ人形」がなぜか得意げに微笑んでいるように見えた。

 
 博物館を模したジオラマの模型の中には、「からくり人形をメンテナンスする人形」なんて物もあった。まだ試作段階だそうだが、かなり人間に近い動きをしており、慌ててメンテナンスをする際の表情など、人間のそれにかなり近いものを感じた。
 この模型を作らせた劇作家によれば、いずれ模型の中で完結する人形劇を作りたいのだという。「人形劇」と聞くと、どうしても『ひょっこりひょうたん島』のようなものを想像してしまうが、もはや全く別のものだった。ここまで精巧に作ることが出来るなら、人間の俳優にやらせても同じではないかとさえ思ったが、その劇作家に言わせれば、むしろサイズ以外のすべて人間そっくりだからこそ、この模型の中の人形で芝居をやらせたいのだという。
「人間の俳優はわがままで、私の演出なんて聞きませんからね」
 私も笑ったが、その場の人数より多い笑い声が聞こえたように思った。それは博物館のジオラマの中にいる人形たちの笑い声だった。
「すごいですね。ギャグに反応して笑うこともできる人形ですね」
「え、なんのことですか」
「さっき、マツオさんが言ったギャグに反応して、人形たちも笑ってたじゃないですか」
 劇作家は怪訝そうな目つきで私を見つめる。私は不安に駆られた。確かに人形が劇作家のギャグに対して笑っていたのが聞こえたのだ。まさか幻聴だったのだろうか。
「ジオラマの中の人形が笑ったように聞こえたんだよ」
「そんなわけないでしょう。あの模型にそんな設定はしていません」
 劇作家はじっとこっちを睨む。
「私がこのボタンを押さない限り」
 ピッと劇作家が手元のボタンを押した。模型の人形が笑い始めた。劇作家はにっこりとほほえみ、私に仕掛けたいたずらが成功したことを喜んでいた。なるほど、これは確かに人形にはできない演技かもしれない。
 私は自分の意思で動くことのできる人間たちを、「心」というデータの奥底から、とてもうらやましく思った。


 私がここまで書き終えたこの小説、『絡繰任僥(からくりにんぎょう)』を、あなたがスマートフォン、パソコン、印刷した紙、どうやって読んでいるか私は知らない。知りたいとも思わない。私は小説を書く人形だからだ。人形は小説が出来た後のことなぞ気にしない。
 人形である父と母から生を賜り、そろそろ28年目である。以来様々な人形に日々接し、中には人形らしからぬ者も多くいた。しかし人間、ひいてはあらゆる生命体なぞ、地球という右回りのゼンマイ仕掛けの台座に立つ人形に過ぎない。遥か遠くの宇宙のどこか、あるいは宇宙の外にいる人智を超えた存在が、遊び半分で作ったおもちゃだと考えている。これだけ文明が発達しても白髪の1本すらきちんと治せないのだ。大した物ではあるまい。
 自分を人形だと思うこと。こんなに楽なことは無い。操っている側の人間のせいにできるから。そもそもあなただって、私に操られている。この『絡繰任僥』を読んでいるじゃないですか。操られているのが嫌なら今すぐ読むのをやめていいですよ。他の誰かが私の代わりに操るだけのことです。さて、最後まで読んでくれたあなたには感謝を込めてメッセー



 私の目の前にある新しくなった『手習ひ人形』が、またなにか書いている。しかしまた良いところで止めてしまった。 
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