第3話

文字数 778文字

 私は名医だ。
 私は人生に飽きている。
 私は空っぽだ。
 私は孤独だ。
 私は標本を増やしていく。

 猫が病院に来た。
 私はいつものようにさくっと猫の腹を切った。芸術のように華麗なメスさばきでその皮を切る。ドロっした中身を取り出し、保存液に漬ける。いつものやり方だ。私は空の袋を吐息で満たし、再び皮を縫い付けた。生きるためにこうせずにはいられない。
 猫はまだ腹を見せて眠っているが、じきに何食わぬ顔で歩いていくだろう。にゃあにゃあ鳴いて去っていくだろう。意味のない重みから開放されて、身軽になる。こうして私はコレクションをまたひとつ、増やす。

 私は診察室のソファで横になった。
 ここだけが唯一安心できる場所だ。
 誰かがわたしを呼んでいる。
 女がわたしを呼んでいる。
「なんだ?」
「猫が」
「猫?」
 私は重い体を引きずって起き上がった。
 さっき手術した猫がそこにいた。
 そいつは、にゃあ、と一声鳴いた。
「うるさい、つまみ出せ」
 私は看護師に言った。
 すると猫は不意にわたしにとびかかり、顔をめちゃめちゃに引っ掻き始めた。たまらず私は叫び声をあげる。我ながら汚い声だ。
「にゃあ!」
 猫はなおも引っ掻き続ける。
「なんだ、抗議してるのか」
「にゃあ!」
「めんどうだ。お前この猫と一緒に出て行ってくれないか」
 わたしは看護師に言った。猫も人間ももうたくさんだ。
「勘弁してくれ!」
 にゃあ! ぎゃあ! にゃあ! ぎゃあ!
 猫と女は叫び続けた。
 少しだけ猫の方がうるさい。
「どうしても子どもが欲しいなら、また作ればいいじゃないか!」
 わたしは猫に言った。
 看護師が驚いたように聞く。
「猫の言葉がわかるの?」
「わかるってほどじゃない」
 猫はなおも抗議の声を上げている。
「なにすぐに出来るさ。そんなに怒るな」
 女が下卑た顔で言った。
「人間の言葉はわからないくせに」

 私は力なく、笑った。

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