うつろう季節

文字数 3,714文字

総裁が鉄研部室の小さなスイング式の窓から外を見つめている。


部室は元トイレだったんじゃないかと思うような、コンクリート壁に囲まれた狭くじめっとした部屋なのだが、今日は珍しくからっとした空気が流れて快い。


外は夏が過ぎて、高い秋空にのんびりと鰯雲が流れている。


そんな穏やかな陽気だが、総裁は一人で顔をこわばらせている。


総裁ー、相鉄の新車20000系の試運転の撮影に行くの、いつにしますー?
試運転ダイヤはいま調べてますけど、だいたいの日程が決まらないと運用が割り出せないから、スケジュールが立てられませんよ。
さすがカオルちゃん、歩く『ダイヤ情報』だよねー。スケジュール立てて貰うときの安心感が全然違う。
安心『感』ってなんですか。ぼくは安心そのものを目指してるのに、
おおー、言うねー! さすがカオル王子!
でも、総裁……なんか辛そうにしてる。ヒドいッ。
総裁、なんか変なもの食べたんじゃないんですかー?

いつも総裁大食いでコンビニのお弁当買い占めすると地域の人に恨まれちゃってたもんなー。でもだからといって拾い食いしちゃダメですよー。

総裁、どうしたんですか。やだなー、最近総裁、ぜんぜん隠し事出来なくなってるよー。


というかこのところ毎回手鏡使って総裁を自白させまくってる私たちのせいでもあると思うけど。ヒドいッ。

たしかにそれはひどいよねえ。

御波さん、それを自分で言っちゃ、いけませんわ。

御波ちゃん隠れドSだもんなー。ヒドいッ。

もー。人のことドSドSって。ひどいなあ。


でも、それより総裁?

総裁は、すこし唇を震わせた後、意を決して、ぽつりと言った。

……知っておった『非実在女子』ののキャラクターがまた一人、アカウントごと削除されてしもうた。

そんなことが。


たしかにつらいけれど、それ自身はよくある話ですわ。

非実在女子の運命なのかも知れません。

とても仲良くしていると思うておったキャラクターであった。

ワタクシの思い過ごしであったかもしれぬが。

それは確かに、つらいなあ。

我々もここでは、同じ非実在女子高生なり。

しかし、安易にキャラを作って安易に消す。それがこの世の習いであり、無常というものであろう。


とはいえ、キャラクターや物語の著者には本来、勝手なことが出来ない責任が存在するのだと思うておった。

そのキャラに命救われる人もいますものね。それなのにそのせっかく救った人をまた崖から突き落とすことが許されるわけがない。

でも、その許されないことをヘーキでする著者、それを平気どころか当たり前、一切気にしてない著者も多いように思えます。

本当ですわねえ。

だが、現実には永遠の命などないのだから、死まで書ききるべきだ、そういう考えもありえるかと思う。ただ、安易に死のシーンに頼るものも少なからずおる。


ワタクシが今こうしてここに存在しておる理由のひとつは、今のうちの著者は、ともすれば自ら命を絶ってしまいかねぬ状況にあるからなり。


著者さん、プライベートつらそうですよね。

自分の命が自分のためだけの命になってしまったら、自分の価値を見失ったら、その命にも自動的に価値がなくなってしまう。

あぶない状態ですよね。

本質的に価値のない命を生きられるほど、人間は強くはなれぬ。本質的な価値を考えなければ生きていけるであろうが、それは単に気づいていないからだけに過ぎぬ。


ゆえ、ワタクシはその著者のところに、その救いのために生まれたのだと理解しておる。

著者の命がとめどなく漂流してしまわぬようにする、錨の役割として。

それなのにパシリ扱いに著者いじめヒドいッ……。

でもそれは信頼関係あればこそだよー。


まあ、そんなものに毛ほどの価値などない世の中なのは承知しておる。

そして、そのせいで、世の中自身も価値がない、ばかばかしいものになっておるのだ。

ゆえ、今更少しも驚かぬ。

こんなことは至ってよくあることなのだ。

よくあることなのかー。そうかもしれないなー。

人はお金なしには生きられぬ。キャラクターを捨てればお金がもらえると迫られれば、そこでキャラクターのほうを選んでしまうのは、並外れて愚鈍でお人好しな、うちの著者だけであるのだ。


そのお人好しで損ばかりしてますわよねえ。

お金を欲しがってはならぬ、ということは誰にもできぬ。

世の中の人は、カードの支払、家賃の支払い、ツールの支払いに皆追われておる。

そしてその中にはスタバでの飲食も入ってくるであろう。たまには贅沢なランチも楽しみたくなるであろう。もっといいスマホも欲しくなる。もっといい暮らしが欲しくなる。もっと広い家も欲しくなる。

そしていずれ豪華な暮らしも欲しくなるであろう。


それを誰が責められようか。責められはしないのだ。なぜならそれは憲法に定められた幸福追求権であるからの。


幸福追求権……でもそうですよね。日本国憲法第13条。生命自由および幸福追求に対する国民の権利ですね。

そもそもキャラを捨てたところで、つまるところ捨てた作者を誰も責められはしないのだ。

捨てるなと言うなら、その分課金すればいいだけの話であったのであるから。

発売が伸びた、生産が遅れた。すべて課金が足りないからそうなるのだ。『課金もせずに文句とな』とはそのとおりである。文句をいうならその分課金するべきだったのだ。

課金が足りなかったのかー。でもそうかもしれないなー。

それでも現実には課金せぬものは多い。『書店でさがします』『書店で売ってませんでした』をなんど見たことか。そもそもはなから買う気などないのであろう。


Amazonでいつでも買えるのになぜ書店で探す? 今書店は猛烈なイキオイで減っているのに。


それは言い訳であろう。


そしてKindle本で出したら『買います』とその場で言うものもいる。しかしその後、数週間経っても一向にKindleのダッシュボードの注文グラフが増えぬ。Kindle本は購入されればほぼリアルタイムで注文が表示されるのに。


わからぬと思うて社交辞令を言うておるのだ。もうそんなことには、うちの著者もワタクシも慣れてしもうた。


ヒドいッ。でも本当の話だもんなー。ヒドいッ。

人は斯様に『買わない』ものなのだ。わかりきっておる。それでも買う人はどんな困難があっても買ってくれる。買ってくれる人が必ずいた。だからうちの著者は20年間、勇気を持ちつづけることが出来た。どれだけ勇気をくれたかわからぬ。感謝しかない。


うちの著者さん、今年(2017年)の11月5日で作家デビュー20周年だもんねー。その途中で商業辞めたりセルパブ始めたり。たいへんだったよねー。

しかし、にもかかわらず、多くは所詮は社交辞令なのだ。真に受けるほうが馬鹿馬鹿しい。

世の中では最後には『無課金でこんなに頑張っているから運営を続けてください』と公然と、恥もせずにいう基地外すら現れるのだ。人は誰も霞を食って生きては行けぬのに。


ゴジラじゃあるまいしねえ。ヒドいッ。
ゴジラだったらまだ放射能火炎放てますもんね。でも著者にはなんもない。

だが、人がお金を払いたくないのは当然なり。文句だけつけたいのも当然なり。お金がもらえなければやる気が無くなるのも当然なり。

誰もそれは全く責められないのだ。

そして大量生産大量消費の論理は、コンテンツについてもまた同じなのだ。


残念ながら、現実はそうですわねえ……。
幸いにしてわが『鉄研でいずforトークメーカー』は初登場AmazonKindle鉄道売れ筋ランキング1位となることが一瞬ではあったが出来た。心底ありがたいことなり。


だが、その消された彼女については、ワタクシの課金が足らなかったと深く反省するのだ。彼女の場合、不幸にして課金を受け付ける方法が十分に用意されていなかったのだが、それもワタクシの言い訳であったのだ。


深く反省するところなり。


総裁、でも、課金してもその彼女は救えなかったのでは?
それはわからぬ。

だが、金にならなければ何もかも終わりなのだ。どんなに楽しくても長続きしない。金の切れ目が縁の切れ目なのだ。

そして金にならなくても物語を書き、読み楽しんでいたウチの著者の行き着いたところがこれなのだ。


そうなんですね……。なんだか、すごく悲しいですわ。

理想だの思想だのとどんな綺麗事を言おうとも、金の匂いが薄れれば人は容赦なく離れるのだ。それは自然なことなのだ。

そしてウチの著者はまた一人に戻った。それだけの話だ。当然の帰結なり。


そしてその金の匂いでかつて満州国を作り、その結果日本の都市を灰燼にされてもなお、この現代で再び金の匂いでまた豊洲市場も築地市場もオリンピックも全てやりたいだの言うておる。


人とはそういうものなのだ。飽き飽きするほどわかりきっておる!

総裁……!

だが、ワタクシは悲しいのだ。


ひたすら、消されてしもうた彼女が不憫でならぬ。


みんな、押し黙った。


あれ、みなさん、みんなの分ハーゲンダッツ買ってきたんですけど……って、どうしちゃったんですか?
みんなが黙って首を横に振った。
ワタクシは、彼女が不憫でならぬ……。あまりにも思い出が多すぎた。
黙っているみんなの間を吹き抜けるように、秋の冷たくなりかけの乾いた風が、部室の中に流れ込んできていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

長原キラ ながはらキラ:エビコー鉄研の部長。みんなに『総裁』と呼ばれている。「さふである!」など口調がやたら特徴ある子。このエビコー鉄研を創部した張本人。『乙女のたしなみ・テツ道』を掲げて鉄道模型などテツ活動の充実に邁進中。

葛城御波 かつらぎ みなみ:国語洞察力に優れたアイドル並み容姿の子。でも密かに変態。しかしイマジネーション能力は随一。


武者小路詩音 むしゃのこうじ しおん:鉄研内で、模型の腕は随一。高校入学が遅れたので、実は他のみんなより年上。鉄道・運輸工学教授の娘で、超癒し系の超お嬢様。模型テツとしての腕前も一級。


芦塚ツバメ あしづかツバメ:イラストと模型作りに優れた子。イラストの腕前は超高校級。「ヒドイっ」が口癖。


中川華子 なかがわ はなこ:鉄道趣味向けに特化した食堂『サハシ』の娘。写真撮影と料理が得意。バカにされるとすぐ反応してしまう。

鹿川カオル かぬか カオル:ダイヤ鉄。超頭脳明晰で、鉄道会社のダイヤをアルバイトで組んでしまうほどの『ダイヤ鉄』。プロ将棋棋士を目指し奨励会所属。王子と呼ばれるほどハンサムな女の子。電子回路やプログラミングが得意。

田島ミエ たじまみえ:総裁の古くからの友人。凄腕の模型テツ。鉄研のみんなと一緒に大洗などを旅行したものの、関西在住で滅多に会えない。なおかつその実像は不明。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色