第16話 百合の間①
文字数 2,001文字
そこは赤いアラベスク模様の絨毯が敷かれた広い洋間だった。
大きな窓からは見事な日本庭園が見渡せる。
「すごい庭だろ」
と、雅は部屋に入るなり、窓に立って得意げな顔をした。
正語も隣に立ち同意するが、内心は時間が気になって仕方がない。
「ここの当主の
あっ、足立美術館ってね、東京の足立区にあるわけじゃないんだよ、島根とか鳥取とかそっちの方にあるらしいんだよね。
あたし、産まれも育ちも湯川市で、旅行なんか行けるようなご身分じゃなかったからさ、どっか遠くの有名な庭がこうして見れて嬉しいよ」
惚れ惚れした顔で庭を眺めながら、雅はエプロンのポケットからタバコを取り出したが「おっと、禁煙だった」と、すぐにタバコをしまった。
「
雅の話を聞きながら、
だが圏外だった。
「
わいはい
とかいうやつ、使う? パスワード教えよっか?」と雅が言ってきた。「ぜひお願いします」
「
スマホが通じた途端、幾つものメッセージや伝言が入っているのがわかった。
父親の
秀一からラインが来ていた。
こっちは急いで開く。
『懐かしい人とご飯を食べることになったから、昼に待ち合わせできなくなった。ごめんなさい。西手で待ってて』
メッセージを読んだ途端、正語はつい不満げな顔になった。
(なんだよ)
あんなに早く帰りたがっていたのにと、面白くない。
「悪い知らせかい?」と雅がこっちを見ていた。
「電話をかけさせて下さい」と、正語はスマホを片手に窓から離れた。
部屋の隅に行き、秀一に電話をかけようとした。だが、すぐに思いなおす。
秀一は久しぶりに生まれ故郷に帰ってきたのだ、昔の友人と会って長居する気になったのだろう。
(……邪魔することもないか)
正語はスマホを閉じた。閉じたら急に気が抜けた。
近くの椅子にどかりと腰を下ろした。
(元カノにでも出会ったか)
正語がぼんやりと腰掛けていると、突然、部屋の扉が開いた。
白髪に和服姿の男が部屋に入ってきた。
正語はすぐ立ち上がり、会釈した。
男の後ろには真理子が立っている。コーヒーセットを載せたトレイを手にしていた。
「おっ、やっと来た」と雅は窓から離れて、男の横に立った「クガちゃん、この人が高太郎、守親じいさんの長男で、真理ちゃんのお父さんだよ」
高太郎は正語に向かい静かに頭を下げた。
正語も改めて頭を下げる。
雅は真理子からトレイを受け取ると、「さあさあみんな、突っ立ってないで座った座った」と、テーブルにコーヒーカップを並べ出した。「高太郎、このクガちゃんはね、
正語は高太郎に椅子を勧められ、腰を下ろした。
雅は、「真理ちゃんは、こっちにお座り。お似合いなんだから」と正語の隣に無理やり真理子を座らせた。
正語は正面の白髪の男を観察した。
智和の兄なのだから歳は60前後ぐらいか。どこか悪いのか顔は青白く、ひどく痩せていた。
そして、高太郎の瞳の色は黒かった。
鷲宮の一族でも、高太郎、智和兄弟は灰色の瞳を授からなかったようだ。
部屋にコーヒーの匂いが漂った。
正語の横で真理子がポットからコーヒーを注いでいる。
雅はコーヒーの注がれたカップを真理子から受け取ると、砂糖とミルクをこれでもかと大量に入れた。スプーンでカップをかき混ぜながら、三人から少し離れた座り心地の良さそうな肘掛け椅子に陣取る。
まるで、待ちに待ったテレビドラマがやっと始まるといったような顔つきだ。
正語は不思議だった。
——この雅という女は、いったいこの家でどういった立場なのか。
勤めていたスナックに高太郎が一人でやって来た時に意気投合したと雅は話していたが、高太郎の神経質そうな顔を見ていると、その話がにわかに信じられなくなってくる。
第一、酒もタバコもやらない男が一人でスナックに行くものなのか。
(俺の考え過ぎか?)
まあいい。
(時間もできたことだし、この家の隠し事とやらをじっくり聞かせてもらうか)