3 始まり

文字数 2,142文字

研修は夏から秋だった。
彼と2人きりで会うことになった。彼と話してみたい。抑えきれない私の好奇心?好意?
 
その日はもう少しで冬に入る頃だった。何週間か前までは半袖でも大丈夫くらいの気温で秋など無くなってしまったようだった。それなのに数日前から突然冬になったらしい。急いで暖房の準備をするほどだった。
スヌードと手袋を引っ張り出した。

約束は19時。その日私は早番で5時半起きの7時出勤だった。そして翌日は遅番で10時出勤だ。
彼は夜勤明けの7時上がりで翌日は遅番で13時出勤だと言っていた。

彼は事前に私の好きな物や苦手な物をリサーチしてくれた。お店は任せます!と私。
彼と会い、彼が提案してくれたお店は少し歩くけれど駅の反対側にあった。
数年前まで私は業者さんも多く利用されていた小さなスーパーのレジのパートの仕事をしていた。常連さんたちのお店に仲良しのパートさんとよく飲みに行っていた。
彼がリサーチしてくれたお店。あっ!知ってるよ。何回か行ったことがあるお店。美味しいよ。そこにしよう!

あまり話す機会がなかった彼と初めて2人きりでのご飯。少し緊張するかな?ちょっとぎこちない。
何十年振りだろう?19歳から8年間付き合った人と結婚し47歳で離婚をした。
男の人と約束をして2人で食事に出かける。すっかり忘れてしまっていた感覚だった。
少し緊張するけれど。ちょっとぎこちないけれど。不思議と違和感はない。
けれど、やっぱり緊張するかな…。

私は本当に彼のことを何も知らない。一緒にカラオケに行った彼に好意を抱いている彼女や息子世代の男性と連絡はとっているのかと聞いた。
そんな気はしていたけれど。
息子世代の男性とは、年齢が離れ過ぎていて彼は大人の振る舞いをすることで疲れてしまうらしい。
そして、やはり彼に好意を抱いている彼女は個人的に彼と2人きりで会いたいと言ってきたらしい。けれど彼は正直、彼女の気持ちには応えることは出来ない。と言った。かなりソフトな言い回しをしていたけれど、むしろ苦手なようだった。
あの日のエレベーターパンチは演じている自分に対してのジレンマだったのかもしれない。
やっと腑に落ちた。だから彼女は『みんなで』のワードで私が連絡するようにしたかったのだ。と納得した。

彼は自ら自分の話はあまりしてこない。でも話の流れでする私の質問には答えてくれた。
本気かどうかはわからないけれど、私とゆっくりと出かけたいようなことも言ってくれた。
けれど、私は24時間女でいるわけにはいかない。母であり女でいることはできない。

2人で食事をしながらゆっくりと話してみたけれど。不思議なくらいに彼が掴めない。何だろ?話せば話すほど彼のことを知ることができなくなってしまう気がした。
彼は本当はそれを望んでいたのだろうか?と考えることもあるし。でもやはり、まさかそんなはずはない。と結論付けてしまう。

2時間ほどでお店を出た。外は寒かった。お酒の力をかりて彼と私は手を繋いで歩いた。
うん。やっぱり嬉しい。

地下通路を通り駅の反対側に戻った。このまま帰るとは思えない雰囲気だった。次はどこか決めているのかな?私も少し酔いがまわっている。
駅の改札に続く階段がある。ふと彼は私の手を引き寄せながら階段の下の壁に入り込んだ。私、なかなか酔っている。ん?と思った時には抱きしめられていた。そしてまた、ん?と思った時にはキスをされていた。私はそのまま受け入れた。
彼は私をからかうように「スケベでしょ?」と私に言った。「なんで?」と私。「だって舌入れたら絡めてきたから!」と彼が言う。「え?」(スケベなの?大人だし、私。そうゆうものだと思っていたけど。違うのかな?)「そうなの?」と私。「わからない」と彼は照れるように答えた。
手を繋いで歩きだした。「寒いから、くっついてから帰ろう」と彼が言った。私はそのままの意味と解釈し素直に「うん」と答えた。 

脇道に入ると暗さが増した。そして彼がホテルに入ろうとしていた。
「え?ちょっと待って」(『くっついて』ってそうゆうことなの?)彼が「イヤなの?」と聞いてきた。(イヤイヤイヤ、嫌なんじゃなくてさ、混乱してるんだよ)
ホテルの前の公園で一度話そう。と彼は公園にある石のベンチに腰を下ろした。彼は「どうして?」と聞いてきた。「だって、次みんなで会った時になんか変な感じになっちゃうよ」と答えた。彼は「もう、みんなで会わなくていい」と言った。でも、私が嫌ならば無理はしなくていいとも言った。
私は個人的には彼に好意を抱いている彼女のことも、息子と同世代の男性のことも人として、友達として好きだから。この先も繋がっていられるのならば繋がっていたかった。

私は彼とは特別に繋がっていたい。恋愛感情とは違うのかもしれないけれど。
『本当はそうなることを望んでいたんじゃないの?今さら、そんなこと言っている年齢じゃないでしょ?15も下の男と寝れるチャンスじゃない!勿体ない!』と自問自答。
私は彼にハグをして「わかった。行こう」と伝えた。彼は本当に無理していないか?と聞いてきた。私は無理していない。むしろ本当はそれを望んでいるのだ。

私と彼は手を繋いでホテルの中へと入った。
私は彼と寝た。彼と寝たかったから私は寝た。


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