第三三話 虚業の銀行業

文字数 2,259文字

魔法剣スリーパー、欲しい人は確実に多いわけですよね。そしてこの魔法剣があれば、今まで行けなかったような遠方やダンジョンにも、ちょっと乗り出してみようって気になれるわけです。高価な鉱石を持ち帰ったり、中級のモンスターさんを倒したりもできるようになれば、もしかしたら9万8000Gを払った以上の稼ぎもいずれはありえるかも……。
それがわかっていても払わせることができないから困ってるんでしょ。そんなに大金を抱えてる庶民はいないのよ。なんか良いアイデア出しなさいよ。
販売のアイデアですか……。だったら……たとえば分割払いにしたらどうでしょう?
分割!?
月々1万Gの支払いで、10ヶ月で全部支払ってもらえば……。それなら出せるって人はいるんじゃないかなって。
そりゃ1万Gなら出せるヤツは結構普通にいるはずだろうが……回収はどうするんだろうな?
いや、それってかなり面白い案かもしれんぞ。たしかに回収は心配だが、そもそも売上が立たないことには、せっかくの新商品として死んでしまうことにもなりかねない。販売を優先させることを考えれば……。
だが販売ばかりに注力して、契約した金の支払いが滞ってしまうと、アタシらは赤字になっちまわないか?
お金の回収ができないんだったら、そもそも銀行業や金貸し業なんて成り立たないでしょ。銀行も金貸しも、古くから莫大な利益を上げてるわ。今や世界を見渡しても教皇に匹敵する実力を持ってるのは、国王なんかじゃなくて、銀行家とかになってくるのよ? 魔王だってその一人でしょう。
そうなんです、分割払いっていうのは、魔王さんの銀行を考えてひらめいたアイデアだったんです。ある意味、『ドリームアームズ』が銀行になるみたいなものなんですよ。私たちが9万8000Gを貸し付けて、毎月1万Gずつ回収していくわけです。
なるほど……。銀行業みたいなものと考えれば、たしかにナシじゃないな……。
いいアイデアだ。魔法剣スリーパーの販売にも弾みが付いてくるだろうし、今後『ドリームアームズ』が投入していく高価な新商品には、同じ事業スキームが活用できるかもしれない。
武器屋という実態あるものを売る事業だけじゃなくて、金融業っていう空気を扱うみたいな仕事にも手を出すということね。いいんじゃないの。勇者の分割払い案に賛成よ。
すまん、話はわかるんだよ。反対ってわけじゃない。だが、また話の腰を折っちまうようで申し訳ないが、銀行業の貸付みたいなものって簡単に言うけどさ、それって実はかなりのノウハウがあるんじゃないのか?
ノウハウ? ただお金を貸すだけでしょ。
そんなにシンプルか? だってホームレスに9万8000Gを貸すわけにはいかないだろ。ザッと思い浮かぶ範囲でも、貸し付ける相手の審査とか、その後の管理業務とか、返そうとしない客への資金回収方法とか、場合によっちゃ恫喝とか暴力とか……たぶん色々あるだろう? 一朝一夕じゃ決して真似できない、長年培ってきた知恵と経験があるはずなんだよ。
なるほどです。そんな風に深く考えないで提案してしまいました……。何かやらなくちゃって思いまして……。
魔法使いの言うことも一理ある。そうかもしれない、たぶんそうなんだろう。ただいずれにせよ、何も手を打たないわけにはいかないじゃないか。魔境銀行に追い詰められている側の俺たちとしては、手をこまねいているわけにはいかないんだよ。
まぁなぁ……。だから繰り返すけど、アタシとしちゃ反対ってわけじゃないんだ。販売を考えるなら悪くない方向性だって思える。失敗しないようにやりたいぜってことなんだよ。
私としては、もし銀行業や金貸し業にそんなにノウハウがあるんなら、この機会にそのノウハウとやらを習得してしまえればいいんじゃないかって思うわね。そして私たち自身が金融業者としての地位を確立するのよ。本当に銀行に転進してしまうのもアリなんじゃないかしら?
武器屋が銀行業に転身か……。実業から虚業への進出が、果たして吉と出るか凶と出るか……。
すまんな、皆がやる気になってるなかで、水を差すようなことを言っちまって。なんとか成功させたいからさぁ……。
いいんですよ魔法使いさん!
いつも堅実な姿勢で物事を見てくれている魔法使いさんの意見は欠かせません。
今回は、魔法使いの指摘するリスクも承知でやってみよう。今はひたすら、初の自社製品の販売に全力を尽くしてみるということだな。
壁にぶち当たったら、またそのとき考えればいいのよ。なんなら壁ごと破壊しちゃえばいいじゃない?
うちの僧侶なら、壁どころか星ごと崩壊させかねないのが心配だ。
では改めて確認します。みなさん分割払いを導入してみることに賛成でいいですか?
OKだ。リスクは飲み込んで突っ走るしかない。
目指せ銀行業でしょ。
らじゃー。販売優先の方針もやむなしだろうなぁ。
最初は勇者の案、1万Gを10分割でいいだろう。とすれば最初の9ヶ月は1万Gで、最後の10ヶ月目だけ8000Gか。
逆でしょ? 最初の1ヶ月目を8000Gにするのよ。そのほうが安く見えて訴求力あるわ。そして後ろの9ヶ月間を1万Gにするのよ。
なるほど、その通りだ。その案でいこう。
初月8000G、2~10ヶ月目は1万Gずつの分割払いというわけだな。
『ドリームアームズ』店頭で、分割払い可能キャンペーンの告知を大々的にやらないとな。
一気に販売攻勢に出よう。月賦販売、スタートだ。
行くところまで行きましょう。じゃないと魔王さんに永遠に追いつくことはできません。
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登場人物紹介

勇者

剣技・魔力ともに秀でた有数の戦闘技術の持ち主。幼いころからその力は有名で、王国政府から懇願されて魔王討伐の旅に出た。
心優しく、単純な性格。誰に対しても丁寧で、魔王にすら謙虚な姿勢で臨む。

魔法使い

まだ年若いにもかかわらず、王国魔法協会で最高の魔力の持ち主。勇者を護衛するメンバーとして王国魔法協会から派遣され、最も早くからパーティーに参加した。ギャンブル好きで、大都市にくるとカジノに入り浸る。

僧侶

教皇庁の特殊工作員。教皇庁の思惑から勇者パーティーに派遣され、魔王軍攻略に参加している。
ゾンビ30体を同時召還し使役することができるほどの驚くべき魔法力を秘め、その実力は魔法使いを上回る。タイマン勝負でも、愛用の聖鉄製大型ジャッジガベルを振り回し、戦士を圧倒する実力をみせる。表向きは清楚な女性に見えるが、パーティー内での戦闘力は、実のところ僧侶が最も高い。

戦士

ツワモノ揃いのパーティーメンバーのなかで、唯一の庶民的能力。
苦学生で、生活費を稼ぐために、冒険者ギルドに所属して時々バイト活動をしていた。あるときダンジョンに挑む勇者パーティーにポーター(鞄持ち)として雇われる。最後に加わったメンバー。
正式には今でも冒険者バイトだが、数字や法律に強く、パーティーの知能を担っている。すでに古株になってしまっており、最後まで同行しそうな雰囲気である。

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