そして彼が戻ってきた

文字数 1,925文字

 遅れてやって来たクリスタル・ローズのベーシストであるヴィダーにミヒャエルが再び事の仔細を語っている中、ミスティック・サーガのギタリストであるヨハンは無言で佇む石油ストーブに火を灯し、冷えた手を温めていた。
 そして、ロキの居場所が分からないとミヒャエルが語りだした時、突然口を開いた。
「え? ロキ君ならさっきそこの路地に居たけど?」
 全員の視線がヨハンに突き刺さる。だが、彼はそれを気にする事も無く続けた。
「ビール買ってこっちに来てる途中で、見覚えのある男の子がいてさ、なんか探してるみたいだったんだけど、声を掛ける前に走って行っちゃって」
 ミヒャエルは表情を歪ませる。
「俺、そこら辺探してくる」
「まて、お前も携帯持ってないだろうが!」
 外に出ようとするミヒャエルにフェリックスが続こうとした途端、勢いよく倉庫の扉が開かれた。
 そして、そこに立つ人影が見えた瞬間、倉庫に声が響き渡った。
 そこに居たのはその場にいる全員が探していたダーク・フェアリーテイルのドラマーであるロキだった。
「え……あ……その……」
 鋭い視線に怯えきったロキの腕の中には、ふてくされた大きな猫が居た。
「……ロキ君、その猫ちゃんは」
 恐る恐る切り出したリディアに、ロキは泣きそうな眼差しを向けて一言言った。
「実家の……ノルウェイジャンフォレスト……」
「あー、それでこんな物があったんだねー」
 ヨハンの言葉に一同の視線がストーブの向こう側へと向けられる。
 そこにあったのは、ピンク色の、動物用のバスケットだった。
「……なぁ、お前、なんで猫なんか連れて来てるんだ?」
 恨めしげなマリウスの視線に震え上がりながら、ロキは口を開く。
「ク、クリスマスに、い、家を開けるから、猫の面倒を見て欲しいって、家族に……だけど、彼女も故郷(さと)に戻ってて……僕居ないのに、置いて行くのも、忍びなくて……ステージ出てる間は、上のカフェのオーナーが、静かな所で面倒見てくれるって言ってくれて……オーナー、猫の扱い、慣れてる人だし……出番、一番だったから、終わったら迎えに行って、こっちにって……」
「……まさか」
 恨めしさを増すマリウスの声音にロキは更に縮こまる。
「ハ、ハーネスは付けてた。だけど、リードを付けようと思って、開けた途端に」
「飛び出した、と」
 ロキは何も言わず、猫を抱きしめた。
「じゃあ、これは……」
 リディアは荒らされた室内を見回し、猫に視線を戻した。
「机の方に、走って、ツリーのオーナメントに……お菓子の家は、多分、僕が、ぶつかった拍子に……」
「でも……その仔、何処から逃げたの?」
 リディアは不思議そうに首を傾げて問い掛けた。
「ま、窓……」
 ミヒャエルは窓を凝視する。そして、ストーブを点けようとして開けていたのだろうと推測する。だが、施錠されている事に不信感を覚えずには居られなかった。
「でも、鍵は」
「か、かけて離れたから……」
 一言だけ言ったミヒャエルの、そして、黙って聞いていただけのフェリックス顔からさえも、表情が消えた。
 そこまで気を遣えるのなら、何故、猫を逃がしたのだ、と。

 沈黙と冷たい風がその場を支配する中、最初に動いたのはマリウスだった。
 マリウスは扉を閉めると、おもむろにロキの腕から猫を取り上げて床に下ろした。そして、長い毛並みをかき乱す様に撫で回し始めた。
 その様は、一同にとっては奇行にも等しいものだった。
「散々連れ回されて不機嫌だったんだろ? 全く、扱い慣れて無いのに預かるんじゃない」
 ぶっきらぼうに言い放つ口調とは裏腹に、猫を撫でる手は猫を喜ばせる方法を熟知している様子だった。
「ほら、ボーっとしてないでリード持って来いって。また逃げられたらどうすんだよ」
 睨みつけられ、ロキは震え上がりながらバスケットの脇に放り出したままのリードを拾い上げ、ハーネスにつないだ。
「まったく、人騒がせな事しやがって」
 猫に言い放ったのか、ロキに言い放ったのか分からない言葉を吐き出し、マリウスは猫を抱いて立ち上がる。
「すっかり冷えちまったし、さっさとホットワインとホットチョコレート作って飲もうぜ」
 その言葉に、リディアは深い溜息を吐いた。
「ローニ、料理の支度をしてくれる? お菓子の家、ちょっと直すわ……」
 リディアの言葉を皮切りに、立ち尽くしていた男達が動き出した。
「ヨハン、ツリー直してくれないか? 俺ホットワイン準備するよ」
 ミヒャエルは食器のバスケットからワインオープナーを探す。その隣でラファエルはユール・シンカを机に据え、取り分ける支度を始めた。
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