第2話 マカロンのゆくえ

文字数 926文字

 マカロンを見失ったあと、私は顔を上げた。

 葉桜が風に揺れる。お堀の水面(みなも)も揺れている。サツキが満開だ。サツキは色を持っていて羨ましいな。
 どんなときでも世界は、私に構うことなく美しくて、置いてきぼりにされた気分になる。

 マカロンころりん。おむすびころりん。地蔵浄土という昔話があったな。
おむすびころりん、すっとんとん。

 私は来た道を少し戻り、コンビニでビールを買ってくると、お堀沿いのベンチにどっかと座った。
 今日は無礼講(ぶれいこう)だ。いつも品行方正で真面目な私だもの。一口飲む。
綾瀬と香坂のことを考えるのは今日で最後にする。二口目。
もうあの2人のSNSを見るのはやめる。金輪際(こんりんざい)やめる。三口目を飲み、大きく息を吐いた。



 私と綾瀬は同期入社。私が短大卒で綾瀬が大卒。綾瀬は浪人しているので年齢は三つ上だ。
私達は二年くらいつき合った。

 つき合って一年半が過ぎた頃、綾瀬は()りの合わない上司とぶつかり、(ふさ)ぎ込むようになった。
綾瀬は頭はいいけど空気の読めない男なのだ。ボタンの掛け違いが続き、軽い鬱になっていたと思う。頻繁に会社を休むようになった。
 私は放っておくこともできず、仕事帰りにバスに乗り、綾瀬のアパートまでご飯を差し入れに行ったりした。

 溺れているような綾瀬を助けようと一緒にいると、自分も溺れていくようだった。
綾瀬が息継ぎをするために、私を踏み台にするように思えるときもあった。
「セックスしても気が晴れない」と綾瀬が思わずこぼしたあと、「ごめん」が二人の間でふわふわ浮いた。
 あのとき私はどんな顔をしていただろう。

 綾瀬の部屋を出て5分ほど歩き、外灯の下でバスを待つ。少しすると、坂の上からのっそりバスが姿をあらわし降りてくる。
バスに乗り込むと重力がかかる。自分を取り戻すと擦り切れていることに気づく。そして少しずつ体温が戻ってくるのだ。


 ある日を境に事態は好転した。上司が異動したのだ。綾瀬につきまとう雨雲は消え、陽が差し込めてきた。
そして香坂が入社した。

 香坂は屈託のない女の子だった。
香坂の指導係となった綾瀬。二人はあっという間に距離を縮めた。

 私と綾瀬の間では沈み込んでいた時間が、綾瀬と香坂の間でリズミカルに動き出す。
これが相性というものなのか。

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