牛蒡種の柵

文字数 2,382文字

B:黄泉の国へ向かうトンネルの入り口かもね
(ホラーパートを選択した場合)

「――黄泉の国だって?」
 雄一郎は再び快活な笑い声を上げた。
「そんな面白くもない怪談話、誰も信じる訳ないだろ。ここに来る前に、黒澤明の映画でも観たのかい?」
「ああ、あったなそんな映画――慥かタイトルは『夢』だったような。トンネルの中から次々と死んだ人間が現れると云う内容だった筈――」
 以前に観た事のある映画だが、雄一郎が話さなければ思い出さなかっただろう。
 オムニバス形式の一話に過ぎない所為か、内容も朧げに覚えているだけで、印象も随分と薄い。
 なる程、芸術家と云う奴はこうした瑣末な知識の積み重ねが大切だし、話題も豊富になるのだなと改めて思い知らされた。
 だけど――俺だって蘊蓄の類は話せるぞ。
「怖い話の序に、ここ長野県に伝わる妖怪話でも教えてやろうか?」
「妖怪話?」
 雄一郎だけでなく、隣にいる友理奈ちゃんも興味を持った。
「――牛蒡種(ごぼうだね)と云って、憑き物に関わる迷信として岐阜県飛騨を中心に山間部で知られる妖怪なんだよ。ここ長野県にも伝わっているらしい。狐憑、狸憑、犬神憑等――憑き物の迷信は数あれど、その名前の通り植物の『ごぼうの種』が由来になっている妖怪は珍しい。また、動物霊じゃなく人間の生霊が取り憑くと云うのも面白い点だ」
「怖そうな妖怪だな」
「牛蒡種は特定の家筋の人に憑くらしいけど、この人に睨まれたり恨まれたりすると、頭痛や大病を患うんだ。所謂、邪眼の系統だな。ごぼうの種って棘があって服に付着し易いから、その様子が生霊に取り憑かれた感じと似ていたんだとか」
「――単なる被害妄想じゃねえか」
「憑き物の類なんて殆どが被害妄想だろ――お前だって他人様を妬んだり羨んだりする時があるだろうに。その時は牛蒡種が取り憑いて、誰かを不幸にするかもな」
「俺は幸せだから、自分と他人を比べたりしないんだよ。仮にそんな妖怪が取り憑いて悪用出来る力を持っても、何時使うか分からないだろうな」
 友理奈ちゃんの雄一郎を見る目が輝いている。
 俺の蘊蓄話は、彼の株を上げただけに終わったらしい。

 ――そんな雰囲気の中、俺達と同じ学生と思われる三人が二階から下りて来た。
 その三人は体格も良く、何か激しい競技のスポーツをやっているような印象である。
「こんちわ~! 俺達もそこに座っていいっすか?」
 部屋中に響き渡る程、声もデカい。
「ああ、どうぞどうぞ。ここが空いてますよ」
 三人と気が合いそうな雄一郎が、正面にある大型のソファーに座るよう勧めた。
「皆さんは学生ですか? それとも働いてます?」
 中央に座った最も体格の良い男が俺達に質問した。
「三人は学生で、一人は社会人ですね」
「そうっすか、俺達は東京の大学に通ってます。こいつら三人は同じ山岳部で、近くの山へ登りに来ました」
「ああ、道理で見た目がガッチリしている訳だ。ラグビーでもやってるのかと思いましたよ」
「鍛えないとキツイんすよ、体力勝負のサークルなんで」
 そう云うと、男は再び部屋中に響き渡る声で笑った。
「――自己紹介しとくと、俺は鈴木で左に座るのは杉原、右は一番年下の新田です。杉原は俺と同学年ですが、受験に落ちてますから一番老けてます」
「余計な事を云うんじゃないよ」
 鈴木と名乗った男は、隣に座っていた杉原に頭を叩かれた。
「今日は他にも泊っている人とかいます?」
 俺は鈴木に質問した。
「さっきドイツ人の夫婦を見掛けましたよ。でも英語が話せないみたいで、会話はまったく出来なかったっす。オーナーさんはベラベラとドイツ語で喋ってましたね」
「へえ、小野塚さんにそんな特技があったとはね」
 そう云えば小野塚さん、若い頃は外資系の会社に勤めていたと親父に聞いた事がある。
 昔の縁で、そのドイツ人夫婦も山荘へ泊まりに来たのかもしれない。
「後は――二人の女性と昨日ここで会話しました。何でも貿易会社に勤めてるとかで、二人とも美人だったなあ」
「お前、狙ってんの?」
 杉原が鈴木にツッコム。
「い、いや。ちと自信ない」
 そう云うと、鈴木は照れたように頭を掻いた。
 俺と美香、雄一郎はその様子を見て笑ったが、友理奈ちゃんは一人だけ笑っていなかった。
 心配なのだろう、雄一郎が他の女性に盗られるかもしれないと。
「――それくらいですかね、俺達が見掛けたのは。他にいるかもしんないすけど、全部把握している訳じゃないんで」
「お客さんは俺達を含めて十人くらいか。前に来た時は五人だったから、予約が取れないのも頷けるわ。メディアとかにも紹介されてるんだろうな」
 俺がそう云うと、美里は立ち上がって二階に上がろうとした。
「何処へ行くの?」
「疲れたから、私は先に部屋で休むね」
 美里は冷たい感じで俺に一言残すと、足早に自分の部屋へ向かった。
 その様子を皆が察したのか、今まで明るかった雰囲気が少しだけ重くなる。
「じ、じゃあ食事の時にまた会いましょうか。俺達も少し休みたいし」
 雄一郎は場が和むよう、すぐに笑顔で話し始めた。
 こういう時の彼は本当に心強い。
 そして俺は――。

A:一発芸を披露した。
(コメディパートへ)
B:荷物を持って自分の部屋へ向かった。
(ミステリーパートへ)

【社内の評価】
 俺はAIに書かせたシナリオテキストを、再び先輩の佐野さんに見せた。
「あのさ……なんか作風が前のエピソードと全然違うんだけど。文章が統一されてないとユーザーが混乱すると思うよ。しかもやたら常用外の漢字が多いし、タイトルも読めないじゃないか」
「それ、柵(しがらみ)って読みます」
「知らんわ!」
「困った時のグーグルさんです」
「そんなアドバイスもいらん。今回のテキストだけど、参考にした作家さんは誰よ?」
「京極夏彦さんです」
「……人気作家なのは分かるけど、作風が極端に変わっちゃうのはやめて」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み