第65話 婚礼前、最後の家族ごっこの団欒

文字数 1,168文字

「恋物語を思い出すなんて。婚姻前にこんな恋をしてみたかったという心の表れじゃないの?」
 ルイ兄さまが、そんな風に言ってくる。話の経緯を知らなければ、そんな風にとられても仕方が無いのかも知れないけど。
「どうだろうね。ねぇ、マリー」
 お母様が私に話を振って来た。もう王室の秘密の話など、忘れてしまったかのように。

「物語の先を想像するのは楽しいですわ。だけど……そうですわね。少し名残惜しいのですわ」
「なるほどね」
 ルイ兄さまは、納得したようにうなずいてくれた。
 今は、兄さま、お母様と言っているけど、ここにいる皆様、王族だものね。
 後々の事を考えると否定も出来ないわ。

 ルイ兄さまは、私の近くの椅子に腰を下ろし、侍女から紅茶を受け取っている。
 グラントリー兄さまは、少し離れたところに座ったようだ。あの席が定位置になっているようだけど。

 夜会の時、私を見つけ出してくれたルイ兄さまから、一瞬だけトム・エフィンジャーの気配がした気がしたけど、あれは気のせいだったのね。
 今は本当におっとりとした感じの気配しかしない。

「何? マリー。僕をじっと見つめて」
 露骨に見つめすぎたかしら。
「あと数日で、ルイ兄さまと会えなくなると思ったら、つい」
「つい?」
「お姿をしっかり目に焼き付けておこうかと……」

 ぶっ。
 あっ、向こうでグラントリー兄さまが紅茶を吹いた。
 侍女たちが慌てて、紅茶がかかったグラントリー兄さまの服やその周辺を拭いている。

 言い訳にしては、ひどかったかしら?
 でも実際、王妃様や王太子殿下とお会いする機会があっても、表に出てくることのないルイ殿下と会う事はもう無いと思う。

 お母様は、下を向いて肩を震わせているけど……別に、素直に笑ってくれても良いのに。
 ルイ兄さま本人は溜息を吐いてこう言った。
「今後、僕はマリーの中でどんな風に妄想されてしまうのだろう……」

 いや、別に……何かを妄想するために見つめていたんじゃないから……っていうか、ねぇ。
 言えません。トム・エフィンジャーじゃ無いかと、疑っていたなんて。

 実際、無理なのよね。ルイ兄さまが長期間王宮を留守にするなんて……。
 お付きの侍女や使用人、護衛騎士たちは毎日ルイ兄さまに会っている。
 病気で寝込んでいるとされている時も、侍女たちは部屋にいて、待機またはそれぞれの仕事をしているし。
 マクファーレン領まで、早馬で駆けても一昼夜。領内の滞在を考えたら不可能だわ。
 もし、トム・エフィンジャーに王室が関わっていて侍女たちが口裏を合わせているとしたら、王妃様が私に忠告する理由はないものね。

第二王子(うちのこ)のルイに気を付けて』

 王妃様の忠告。
 結局、意味が分からなかったな……。 
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