第三話「僕は学生、吾輩は猫である」

文字数 3,144文字

久世竜胆は学生である。その正体は環境省特別対策室所属のカミガカリだ。

今日も彼は学生生活をそこそこにして事務所に向かう。


尊敬する卜部に会うために。

こんな日に何かしら~
進藤先生は教会の方かな……

ヒールを鳴らしながらパタパタと駆けていく"進藤先生"を横目に事務所へ向かう。

いつもはまっすぐ家に帰っている彼女が教会に呼び出されていたということは何かの任務だろうか、などと思案しているとジャージ姿の女の子にぶつかってしまう。

っと……あぶねーだろ!
おっと失礼。よそ見していたよ

営業スマイルで謝り、手を差し伸べようとするが、この辺では見ないジャージである。

中学生だろうか。

あれ? 君、この学校の子じゃないよね? この学校に何か用事?
は? 別に。違うけど。違うし。なんでもいいだろ!

いや、お節介だとは思うんだけども。

何か大変みたいに見えるから……。


もしよかったら手伝えることもあるんじゃないかと思ってさ

……はあ。きっしょ。なんなんそれ。なんでもない言うてるやん。

もうええやろ。ウチあれやから。用事あるし?

ああ、うちの学校に、ではないんだ?

でもまぁ、これも何かの縁かもしれないから、もし良かったら名前だけでも聞いていいかい?

俺は川中高校2年の久世竜胆っていうんだけど

は? 名前? ウチは……いや名前とか! 関係ないし!?

少女は竜胆から逃げたいように見える。

竜胆はカミガカリとしての直感により彼女からほんのわずかに霊気を感じた。

改めてみると害意は無いものの一般人ではないようだ。

……本当に大丈夫?

いや、俺が呼びとめているからいけないのかもしれないけど。

見たところ中学生っぽいし、困っているのなら人に頼っていいんだよ?

そりゃ、初対面の人間にいきなりこんなこと言われたら困るだろうし、

逆に不安になる部分もあるだろうけどさ

別に……!

困ってへんし。なんなんこいつ。え? 気づいてんの?


ちょ……近づいてくんな!

少女はじりじりと後ずさって逃げようとする。


刹那、竜胆は霊視の力を高め、彼女の正体を見破った。

ふぎゃっ!


あれ? 解除されてるやん!?

うせやん。あ、服大丈夫なんかなこれ

猫の姿のカミガカリが《人型形態》をとっていたようだ。

霊紋が額の真ん中に浮き上がっている。神霊の類だろうか。

……猫?

おるし。そらおるわな。猫で悪いん?

てか何か言うことあるんちゃん?

これは失礼を。

私は環境省特別対策室所属のカミガカリ、久世竜胆と申します。

何かお困りのことでもおありですか?

へー? 自分、わかってるやん

ウチもな、若いなりにそこそこ生きてるやん? 色々あるやん?

そんでな……

猫の名前はウルタールと言うらしい。

道端で猫と話をしていると人目につくので寂れた公園に場所を移した。

その間も猫は家族の愚痴を延々と続ける。

オトンがな、ウチが食後にとっといたデザート勝手に食べとんねん!

むっちゃ腹立つやろ!

そんでしかも謝れへんねん!

そんなに大事なんやったら、名前でも書いとけ ってアホか!

お前ほんならタマシイとかにも名前書いとんのか、っちゅー話やろ?


な? せやろ!?

そ、そうですね……家族のものでも、

勝手に食べるというのはよくないですね……

苦笑いしながら話を合わせる竜胆。

猫は急に声のトーンを落とし、こう言った。

ほんでもーウチもキレてもーてな。オトンもアニキも親戚も全部、


「旧神」に売ったてん

家族内の微笑ましいいざこざに相槌をうっていたと思ったらスケールが宇宙規模になった。

竜胆は自分の思考のはるか上空へ話が飛翔したことを認識した。

その後もウルタールの話は続き、要約すると以下のようなことが起きたという。

1. 家族売却後に宇宙に出るに出られず地球でずっと寝ていたこと

2. 50年前にクトゥルフが目覚めたがどうにかなったのでまた寝たこと

3. 16年前に霊的な波動で目が覚めたこと

4. 旧支配者たちの復活をもくろむ者があり、それを防ぐために活動を始めたこと

えーっと……つまりウルタール様は、旧支配者の復活阻止のために、この街へ?
頭痛のする頭でようやく声を出す。

様づけ!(笑)

せやねん。なんかなー。最近ここになー。嫌な感じがなー。


眷属……か……あるいは、あ、これやこれ

猫はどこから取り出したのか赤い本を見せた。

古い本でかすれているが英語で『PEOPLE OF THE MONOLITH(邦訳:モノリスの人々)』と書いてある。

珍しいことに竜胆はクトゥルフ神話に造詣が深かった。

これは間違いなく魔導書の1つ、しかも禁書に指定されるレベルのとびきりまずいタイプの魔導書だ。

一般人が触ったら気が狂って自殺するレベルの。

なんかウチらの力使った? 使えるようになる?

紙? 本? とかあんねんな!


多分なー。こういうのあると思うねやんかー。

これほっといたら眷属とかめっちゃ召喚しよるやろ?

……しますね

せやろ! やばいやん!?

ジブンらの……なんか……集まり……部活みたいな……人いっぱいのヤツ……


それがなんか、本のこと調べてどうにかしよ思てるみたいやから、

どんなやつがやりよんやろ! 思て顔みにきてんやん

ウルタールは眷属の猫を使役して様々な所から情報を収集していたようだ。

竜胆としても魔導書を野放しにすることは看過できないだろう。

……わかりました。私の方でも確認を取ってみます。

その上で可能であれば、調査に参加しようと思いますが、ウルタール様は……


……何か連絡を取る手段とかはお持ちですか?

私の方でわかったことなどがあれば、ご相談に上がりたいと思います

竜胆は知る由もないが、竜胆の所属する環境省特別対策室では魔導書事件の担当者として竜胆の名が挙がっていた。

早晩、竜胆が担当することになるだろう。

特対の情報も、お役には立てると思いますので

おー……。


連絡……あ、ほんなら猫に伝えてくれたらえーよ!

ウルタールがそう言うやいなや大量の猫がどこからともなく現れた。

中には普通の猫ではない猫又などのモノノケも含まれていたが。

旧支配者の復活が事実なら、一大事どころの騒ぎではなくなりますよね。

我々も他人事では済まされません。

もしよろしければ、お力添えを頂ければ幸いです

そう言うと竜胆は深々と頭を下げる。

ウルタールも竜胆の態度を気に入ったのか上機嫌だ。

おー……ジブン、若いのにエライなー。

ええよ! うちも困るしな!


けどな……

竜胆は急に語尾がしぼんだことを察して提案する。

もちろん、ウルタール様のことは伏せさせて頂きます。

ご迷惑はおかけできませんからね

え? ああ、それはええねんけどな。ウチ、ずっと寝てた言うたやろ?

それな、この島(日本)のな、あの、風防いでくれるようなとこな?


なんやっけ。左の方にある土地。そこで寝ててんけどな?

左の方にある土地、大体京都周辺である。

ウチが寝てるとこの上に、アホがエルダーサイン書きよってな?

寝てる間にどんどん力なくなってたみたいでな?


だいたいジブンに見つかる程度の力しか残ってへんねやんか。

せやからアテにされても困るで!

語尾がしぼんだのは自分の力についてだったようだ。

ちなみに日本最大のカミガカリ組織「退魔師協会」は本部を京都に置いている。

十中八九それが原因であると竜胆は考えたが、敢えて何も言わなかった。

情報はー……猫が集めてくれるよ。

人間、猫にはいらんことよー喋るからな?


あと連絡役ならこいつ連れてったりーよ!

なんか最近疲れてるみたいでな?

連絡役丁度ええやろ!

そう言って現れたのは体格も態度も表情もふてぶてしい猫だった。

竜胆にとって大事な客猫? である、大事にしよう。

その後、竜胆は特対よりこの街で起きている事件をあらましを聞き、そのまま事件解決の任を受けるのであった。

なお、今回は外部のカミガカリと協力するらしく、

後日指定された場所に集合するらしい。

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登場人物紹介

氷室 護(ひむろ まもる) 20歳

吸血鬼の血を引く夜魔で現役大学生。
退魔師協会に所属する新人カミガカリ。
【氷結戦士アイスブルート】として街の平和を守っている。
睦月達雄をおやっさんと呼び、
カミガカリの師匠として尊敬している。

久世 竜胆(くぜ りんどう) 17歳

川中高校に通う高校2年生。
それとは別に環境省特別対策室に所属するカミガカリでもある。
魔術師の家に生まれ、
とある事情から卜部正人に育てられた過去を持つ。
品行方正、容姿端麗、成績優秀と隙のないことから
「超高性能一般人」と呼ばれている。

進藤 まゆみ(しんどう) 28歳

聖堂騎士団所属のカミガカリで暗号名"聖アンジェラ・メリチ"。
天狗の血を引く半妖で川中高校の非常勤講師。
焼けてしまった神社を再建してぬくぬく生きたいと考えている。
現在独身である。繰り返す、現在独身である。

睦月 達雄(むつき たつお)

護の師匠でかつては「魔人戦士デアボロス」と呼ばれていた。
現在はカミガカリを引退し、
「バイクショップ ムツキ」と「喫茶 ムツキ」を経営している。

睦月 サツキ(むつき)

睦月達雄の孫娘。
「喫茶 ムツキ」でバイトをしている。

卜部 正人(うらべ まさと)

環境省特別対策室室長。
竜胆にとって父親のような存在。
任務の度に竜胆の無事を願っている。

テレサ・カラス

聖堂騎士団副長。
年下ながらまゆみの上司にあたる存在。
ニコニコしながら凄まじいことを言ったりする。

スージー

人造神器大好きなクレイジー技師。
ある機関から派遣され、護たちに情報を渡す。

アンジェリーク

暗号名"聖ウルスラ"。
どんな乗り物でも乗りこなせる力を持つ。
性格は適当で戦闘は苦手。

木崎宗次郎

ひょんなことから何故か事件の中心人物となってしまう男。
今回もある商売をしていたところ、事件をおこす。

ジョージ・ヒューズ

アーカム大学客員教授。
ある本が流出した際に行方不明となってしまう。

ウルタール

関西弁でしゃべる猫。
中学生くらいの女の子にも変身できる。
猫を使役して情報を集めているようだが……?

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