第132話 巨石

文字数 2,231文字

 建ち並ぶ大小のテントの間をユウトは一人歩く。一定の間隔で設営されているテントたちはひしめき合い、天幕の白がユウトの視界の大部分を占領していた。空腹を感じながらテントの森を分け入っていくように進み続ける。すると賑やかな声と共に視界は開け、人と物が多く行きかう広場へ出た。

 目の前を横切っていく人々の流れは絶え間ない。ユウトの立っている場所が十数日前までただの草原だったとは思えないほどの活気。仮設の町といっても遜色ない賑わいだった。

 ユウトは目の前の人々の大きな流れに飛び込むと目的地である食堂のテントへ向かう。川の流れに身を任せるように歩みを進めながらいくつかの分岐を経て行くうちに一段と大きな天幕を持ったテントが行き交う人の間から見えた。

 大テントの食堂は円形のテントで外縁をぐるりと開け放たれている。ユウトは差し掛かる天幕の裾で一度立ち止まって食堂を見渡した。広大な天幕の下にはひしめき合うテーブルと広い厨房があり、十数人の調理人が声を張り上げながら賑やかに料理を作っている。そしてその賑やかさに負けないほどの活気がテーブル席から湧き上がっていた。席を埋め尽くす男たちが景気よく笑い語らいながら食事をとる様子は大石橋砦での魔鳥討伐祝賀会をユウトに思い起こさせる。ここ数日の間に出入りする人々の数と同様に賑やかさを増しているとユウトは感じていた。

 数日中に大博打に打って出るユウトの心境とは正反対のここの様子に不思議さを覚えながらユウトはそそくさと厨房に面したカウンターへと進んでゆく。料理や飲み物の受け渡しが頻繁に行われているカウンターの端に整然と小包が並べられた場所があった。ユウトは迷わずその場所にたどり着くと置かれた小包の一つと革袋の水筒を手に持ち、賑やかな食堂を後にする。そして迷うことなくしばらく歩いて見えてきたのは草原に鎮座した一つの巨石だった。

 その巨石は大人が真上に手を伸ばしてようやく届くかという高さの台形をしている。テント群から集荷場を挟んだ場所にあるためか人気もなかった。

 ユウトは歩みを速め軽く助走をつけて飛び上がる。階段を上るような軽い一足飛びで巨石の上面に登ると平たい上面を少し歩いて腰を下ろした。

 手に持った小包を広げる。中には固いパンに挟まれた肉と野菜のサンドイッチ。討伐遠征の野営地で食べていたものと似ているが葉物野菜の量が多く新鮮でさらに薄切りにされたゆで卵が追加されていた。あとは小さなリンゴが一つとブドウが一房添えられている。作り置きされていたためか少し冷めてはいるもののその匂いはユウトの腹の奥の方を刺激した。

 ユウトは腹を満たす。焦る食欲を抑止しつつできるだけ丁寧に食らいついてサンドイッチを食べ終わった。空腹もひと段落ついて遠くのテント群とその手前の集荷場を眺めながら果物をつまんでいるとふと人の気配を感じる。ユウトがやってきたのと同じ方向から一人、巨石に向かって歩いてくるのは騎士の甲冑に身を包むカーレンだった。

 巨石に向かってくるカーレンもユウトの存在に気づいたのかお互いに目が合う。カーレンは一瞬、歩みの速度を落としたがそのまま巨石へ進み続けた。

 ある程度その距離は狭まり、声が届くところまでカーレンは近づいてくる。ユウトはその間、内心どういう対応をするべきかどぎまぎと思考を巡らせていたが思い切って先に声を掛けた。

「やぁ、カーレン。君も食事かな。ここは良い場所だし、オレはそろそろ失礼するよ」
「いいえ、気にしないでください。すこしお話もしたかったですし」

 そそくさと片づけを始めようとしたユウトの手が止まる。かなり抑え込むことに慣れてきたとはいえ心臓の鼓動が早まり緊張の糸が張っていくことに一抹の不安を感じた。

 そんなユウトを他所にカーレンは何食わぬ顔でユウトへ近づいてくる。巨石の元までやってくると立ち止まり空いた手を軽やかに振った。その様子にユウトは楽団の指揮者を思い起こされる。カーレンは振っていた手をぴたりと一度制止しそれからぐっと引いた。するとカーレンの身体はその手の動きに合わせるように浮き上がる。その勢いのままユウトの座っている巨石の頂上にふわりと降り立った。

 一瞬何が起こったのかわからなかったユウトだったが風に流れる魔力の残滓を感知して何となく予想がつく。カーレンは魔力を糸のように扱い自身を吊り上げたのではないかとユウトは考えた。

「・・・すごいな。魔力にはそんな使い方もできるのか」

 思わずユウトは感嘆の声を上げ、カーレンはユウトの言葉の意味に驚いた。

「えっ。わかったのですか?」
「なんとなくだけど、魔力を糸のねじり合わせて・・・何かを支点にして伸び縮み?のような作用を起こしたのかなって思ったけど」

 ユウトの説明にカーレンの顔が緊張したのをユウトを読み取れる。

「でもわかるのはその程度だよ。具体的にどうすればあんなことができるのか全く想像つかない」
「そうですか・・・。できればこのことについて口外せずにいただけると、助かります」

 カーレンはため息をつくようにそう言ってテント群を見渡すユウトと同じ方を向いて座った。

「あっ、ああ約束するよ。一切口外しない」

 ユウトは以前、ヨーレンから魔導を扱う家系の秘密主義について聞いたことを思い出す。カーレンの魔導の技も受け継がれてきたものであるとするなら、その秘密の一端でも第三者に知られてしまうことに憶病になっているのかもしれないと思った。
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