始まりは唐突に
文字数 2,945文字
──世界は暗闇に包まれた。
いいや、違う。これは俺が瞼を閉じただけだろう。
何故瞼を閉じているのだろうか。そして、何故、その瞼は接着剤で付けられたように開かないんだろう。
なのに何故、聞き覚えのある泣き声と騒がしい程に喧々たる程に鼓膜を誰かが叩くのだろう。
一体誰が、一体何の為に、どんな理由があって寝ている俺に対して……。
──もう少しゆっくり……寝か……せ────。
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*
「──さい……」
──まただ、また俺の眠りを妨げる声。
しかし、先程の嫌悪を抱かずには居られない声ではなく。すんなりと受け入れ、受け止められる涼やかで優しい声。
──だけど、ごめん。何故だか知らないけれど。俺の瞼は開かないんだ……。
「ください……目を──覚ましてください」
──分かった、やれるだけやってみるよ……。
俺は、女性の言う事に従い、ダメ元で瞼の奥に光を射しこもうとした。
「──え??」
それは、さっきとは異なり、重い瞼は羽根のように“フワリ”と軽々しく開く。
だけれど、
「……此処は一体……」
俺は確か家に居たはず。そして、寝ていたと記憶していた。なのに、何だろうか、この場所は。
天井を感じられない奥ゆかしい天井。いや、これは“空”と位置付けした方が正しいかもしれない。そして、その空にはさながら星のように煌めく無数の“何か”がある。
足をつける地は、地と呼んでいいのかすら分からない。黒く暗いそれはまるで宙に浮いている感覚を覚えてしまう。
この見慣れない場所に、空間に、雰囲気に俺は見蕩れ、美しいと感じざるを得なかった。
ずっと観ていられる不思議な感覚。そして何処か懐かしく暖かい感覚、感情になる。
「──やっと目が覚めましたね? おはようございます。真道陸さん」
「──ッ!?」
その何処か優しい声の持ち主。目を閉じ・銀髪を腰まで伸ばし・赤い宝石を額に付け・白く綺麗な耳にも同じような宝石を付け・白いローブに身を包ませた、美しい女性。そんな女性が僕の名前を呼んだ。
だけれど俺は、彼女を知らないし見たことも無い。故に、そんな彼女が俺の名前を知っている、と、言う事に関しては正直……薄気味悪いと感じてしまう。
「──何故、俺の名前を知っているのですか?」
「私はなんでも知っています。貴方が十七歳の高校生だと言う事。黒く短い髪型をしている、と、いう事も。平均より高い身長を活かしバスケをしている事。動物が苦手だという事。アニメが好きで、万年彼女がい──」
「そこは、言わないでください」
「……あ、そうですか。居ないと言われるのは嫌でしたか……。すいません」
「………………。でも、不思議なんですが、何故目を閉じていて容姿が分かるのですか??」
「──私には視力。と、言うものが無いのです」
──失明と言う事か……。
俺は、聞いちゃいけない事を聞いたと言う罪悪感から、スグに謝罪を入れた。
しかし、彼女は顔を歪めることも無く、穏やかな笑顔で、
「気にしないで下さい。私は心で見るのです」
「──心……ですか?」
「はい。──申し遅れました。私は星々の女神“シエラ”と言います」
俺は何故か、その電波的発言をすんなりと受け止める事が出来た。と、言うのもきっと、この神秘的で不思議な空間が緩和してくれたに違いない。
「……えっと、それで。女神様が俺に何用で? と言うか──何故、女神様に会えているんだ? まさか、死んだのか? いやいやそ──」
「うです」
「へ?」
「──はい?」
「俺が、死んだ??」
「はい、召されたのです。真道陸さん 」
流暢に滑舌良く話してくれるせいか、鼓膜にはすんなりと、気持ちよく入ってくる。が、その言葉には流石に動揺していた。
きっと今の俺の表情ときたら、視点も定まらずに、情けないものとなっているに違いない。だが、それ程までに訳が分からなかった。
「でも、俺、寝ていただけですよね??」
「──そうです。貴方は、賢者タ」
「そこは言わないでください」
「賢者タイムとは言われたくなかったですか……。すいません……」
「…………あの、ちょっと良いですか??」
「何ですか??」
「さっきから態と言ってます??」
「何をですか? なんか、気に触る事言っちゃいましたかッ??」
流石に、この鈍感は駄目な感じがする。
確かに、恋愛物では“鈍感”と言うのは王道だが、人の痛みを気にせず踏み付けまくる鈍感と言うのは、
「あのっ、それより話を続けてもいいでしょうか?」
──だ・か・ら! それよりって! 俺のプライバシーは“それより”に部類されるんですか、そーですか。
俺は、少し大人になる。と言う壁の高さに溜息をつきながら、
「えっと、お願いします」
女神、シエラは指を“パチン”と鳴らす。
次の瞬間、目の前には長方形のビジョンが現れた。
──何これ、便利。
「えっと、これは──ん?? お、れ?」
「そうです、貴方は妹と二人暮らしでしたよね?」
確かにそうだ。俺は、両親が多忙な為に二人暮らしのような感じにはなっていた。
どうやら、本当に目の前に居る、盲目の女神は何でも知っているという事になるらしい。
俺は、ヒッソリと頷く。
「で、それが、このビジョンとどう関係が??」
「見ていてください。口で説明するより、こっちの方が信用に足るでしょうし……」
俺は、良く現状が把握出来ないままシエラの言う事に従う。
「──ッ!? 誰だコイツ!?」
俺が部屋で寝ている所に入ってきた、見ず知らずの男。そして右手には電灯で反射する包丁。
「この方が、貴方を……殺しました」
シエラが言うのと時同じく、ビジョンの中の俺は心臓に包丁を刺され、苦しむことも無く死んだ。
それは、余りにも一瞬で余りにも理不尽で、もはや怒りが混み上がることも、悲しみに打ちひしがれることも無かった。
ようは、言葉をなくしてしまったのだと思う。自分で、疑問形を使うのは些かおかしいがそれ程までに俺の心情は、ミキサーにかけられた野菜のように入り乱れグチャグチャだったのだと思う。
ただ、きっと今の俺の目は死んだ目をしている事だけは分かる気がした。
「そこで……ですね?」
「はい??」
「貴方は、魔法とか好きですよね??」
──お?? 流石分かってらっしゃる。そしてこのフラグはもしや……!
「貴方のように、理不尽に他人に命を奪われた人達には、命の大切さを感じながら生き直してもらいたい。と、言う事で多元宇宙への異世界転移を勧めており」
「お願いします」
「は、早いですね。概要とか聞かなくても??」
「大丈夫です、お願いします。あ、別にチートとかは要りませんから。地道にレベルを上げるのがRPGの醍醐味ですから! やはりレベル八辺りで、転移呪文とか覚えるのかな?」
「そ、そうですか……。なら、良いのですが……最後に胸を見てください」
俺は、早々と胸を見た。
そこにあったのは生々しい刺し傷の跡。
「それは、貴方が最後まで生きた証です。もし、辛くなった時はそれを見て思いとどまってください」
「──分かりました」
その言葉を聞くと、シエラは立ち上がり近寄ると額に手で触れた。
そして、
「貴方に、良き未来があらんことを……」
その瞬間、俺の意識は再び暗い世界へと落ちてゆく。
胸の傷で感じた死の恐怖と、異世界と言う未知の世界への期待感を交互に感じながら、俺はその流れる意識に身を任せ続けた。