海蛍 3

文字数 592文字

 敏子の身を売った金で、薫は家の手伝いをこなしながら中学・高校を首席で卒業した。しかし、親はこれ以上の薫の勉学を許そうとはしなかった。薫は医者の夢を果たそうと高等学校を卒業後、大学予科(官立医科大予科)を目指し、逃げるように家を捨て上京した。しかし、現実はどこまでも薫には酷だった。血を吐くような思いで敏子が用意した金だけでは、医学を学ぶことが叶わなかったのだ。夢にまで見た学校を目の前に、薫はその門扉をくぐることすら許されず失意の中、振り返ることもなく立ち去るしかなかった。
姉のいない家に帰ることは考えも及ばない。かと言って、姉を身請けできるような金を学生にもなれない自分が持ち合わせているはずもない。彷徨う薫の目に飛び込んだのは、海軍衛生科二等兵の募集告知であった。医師には程遠いが、医学に携わりながら誰かのためにこの身を役立てることが出来るのではと、薫はすぐに志願した。以降、薫は大日本帝国海軍衛生科の一兵卒として苦しい訓練の日々を過ごすこととなった。医師にはなれないものの、衛生兵もまた最前線の戦場で人命を預かる尊い任務だと思い、一日でも早く前線で役立ちたいと苦しい訓練と勉強に明け暮れた。

 戦局が思わしくなく、敗戦の予感を人々が肌で感じ始めた頃。薫は上等衛生兵として軍港のある某所への配属が決まり赴任した。奇しくもこの地は姉、敏子が売られた遊郭がある土地でもあった。
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