最終話【中編】

文字数 1,806文字

 お手紙(てがみ)だけ()いて、()身着(みき)のまま、お屋敷(やしき)から()びだした。

 お手紙(てがみ)には、『シロ様。(いま)まで、お世話(せわ)になりました。シロ様のことがだいすき。クレナイ様とお(しあわ)せに』と()いた。ぼくは、作文(さくぶん)苦手(にがて)だけれど、文字(もじ)はいつも、すごいですね、とても(うつく)しいです、ってシロ様が本当(ほんとう)()めてくれていた。だから、最後(さいご)(いま)までで一番(いちばん)きれいに()きたかったのに。

 ()(まえ)がにじんでしまって、上手(うま)くできなかった。

 きっと『がっかり』、しちゃうと(おも)う。



✿✿✿✿✿



 (もり)()けて国境(こっきょう)()えようと、(あし)がちぎれそうな(おも)いで一生懸命走(いっしょうけんめいはし)るたび、足飾(あしかざ)りがしゃらん、しゃらんと()る。シロ様からの(おく)りもの。(たす)けてもらってからしばらくして、『クロに()いそうだな、と(おも)って』と、(やさ)しい微笑(ほほえ)みと一緒(いっしょ)にもらってしまった。それ以来(いらい)、お風呂(ふろ)のとき以外(いがい)はずっとつけていて。……本当(ほんとう)は、()いてこなくちゃ、(かえ)さなくちゃ『だめ』って思ったんだ。

 けれど、できなかった。『シロ様とつながっていた(あかし)』が、どうしてもほしかった。シロ様の『気持(きも)ち』が、ぼくなんかになくても――……。


「あぅっ!」

 視界(しかい)(なみだ)でぼやけていたせいか、()()(あし)をとられて(ころ)んでしまう。

 着物(きもの)をまくってみたら、(すこ)膝小僧(ひざこぞう)()はにじんでいたけれど、そんなに(いた)くない。(いた)くないはずなのに。

「うう〜……っ」

 もう、ぽろぽろ、『(かな)しみ』が、ほっぺたを()らしていた。



✿✿✿✿✿



「くすん、すん……」

 すっかり(よる)になってしまった。

 だいぶ(まる)くなったお月様(つきさま)が、(もり)(あお)()らしていた。

「『だめ』、ゆかなくちゃ……」

 ()()がりかけたとき、がさっと、木陰(こかげ)から物音(ものおと)がする。

 どうしよう。かなり(おお)きな『なにか』が(ひそ)んでいる。『(かな)しみ』に夢中(むちゅう)全然気(ぜんぜんき)づけなかった。


 心臓(しんぞう)が、ばくばくして、それなのに、上手(じょうず)()(めぐ)ってくれないような感覚(かんかく)。ああ、まさか。だって、この(かす)かな『腐臭(ふしゅう)』は。


 ずるぅっ、と()きずるような(おと)とともにあらわれた『それ』は、(はな)のいいぼくには、(すこ)しだけ『へどろ』みたいな(にお)いがする。()()(くろ)(きり)をまとった泥山(どろやま)のようで、(くら)(くら)い、ふたつの目玉(めだま)からは、(しず)かに『(なみだ)』を(なが)していた。



 ――『異形(いぎょう)』!!



 『異形(いぎょう)』。もののけの『憎悪(ぞうお)』や『(くる)しみ』の感情(かんじょう)世界(せかい)(ただよ)う『(けが)れ』が()わさって、(かたち)()したもの。

 いつもお(なか)()かせていて、(よわ)いもののけや『穢れ』を()りこんで、ひっそりと()きつづける、(かげ)存在(そんざい)だ。


 ……きっと(いま)()べられてしまったほうが、この『異形(いぎょう)』の栄養(えいよう)になるし、『じゃまもの』はいなくなる。

 このままぼくが()きていても、だれも(よろこ)ばない。(しあわ)せになんか、ならないのに。


 でもやっぱり、からだ(じゅう)、がたがたと(ふる)えて。

 (こわ)い。シロ様に()いたい。

「シロ様ぁ……っ!!!」

 だれよりも(いと)しいひとの()(すが)ると、

「クロに、()れるな……っ!!」

 まばゆい(ひかり)とともに『異形(いぎょう)』は(はじ)()え。


 (いき)()らせた『そのひと』が、そこに()た。

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登場人物紹介

クロ


 弱っているところをシロに拾われた、オオカミのもののけ。

 シロがだいすき。意外と大人だったりする。

シロ


 鬼の国の王子。

 一見穏やかで、柔らかな物腰の紳士だが、内心ではクロをはちゃめちゃに想っている。

クレナイ


 鬼の国の官僚。

 正直、クロを構ってみたいし、シロにはガチで引いている。

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