お手紙だけ置いて、着の身着のまま、お屋敷から飛びだした。
お手紙には、『シロ様。今まで、お世話になりました。シロ様のことがだいすき。クレナイ様とお幸せに』と書いた。ぼくは、作文は苦手だけれど、文字はいつも、すごいですね、とても美しいです、ってシロ様が本当に褒めてくれていた。だから、最後は今までで一番きれいに書きたかったのに。
目の前がにじんでしまって、上手くできなかった。
きっと『がっかり』、しちゃうと思う。
✿✿✿✿✿
森を抜けて国境を越えようと、足がちぎれそうな思いで一生懸命走るたび、足飾りがしゃらん、しゃらんと鳴る。シロ様からの贈りもの。助けてもらってからしばらくして、『クロに合いそうだな、と思って』と、優しい微笑みと一緒にもらってしまった。それ以来、お風呂のとき以外はずっとつけていて。……本当は、置いてこなくちゃ、返さなくちゃ『だめ』って思ったんだ。
けれど、できなかった。『シロ様とつながっていた証』が、どうしてもほしかった。シロ様の『気持ち』が、ぼくなんかになくても――……。
「あぅっ!」
視界が涙でぼやけていたせいか、木の根に足をとられて転んでしまう。
着物をまくってみたら、少し膝小僧に血はにじんでいたけれど、そんなに痛くない。痛くないはずなのに。
「うう〜……っ」
もう、ぽろぽろ、『悲しみ』が、ほっぺたを濡らしていた。
✿✿✿✿✿
「くすん、すん……」
すっかり夜になってしまった。
だいぶ丸くなったお月様が、森を蒼く照らしていた。
「『だめ』、ゆかなくちゃ……」
立ち上がりかけたとき、がさっと、木陰から物音がする。
どうしよう。かなり大きな『なにか』が潜んでいる。『悲しみ』に夢中で全然気づけなかった。
心臓が、ばくばくして、それなのに、上手に血が巡ってくれないような感覚。ああ、まさか。だって、この微かな『腐臭』は。
ずるぅっ、と引きずるような音とともにあらわれた『それ』は、鼻のいいぼくには、少しだけ『へどろ』みたいな臭いがする。見た目は黒い霧をまとった泥山のようで、昏い昏い、ふたつの目玉からは、静かに『泪』を流していた。
――『異形』!!
『異形』。もののけの『憎悪』や『苦しみ』の感情、世界を漂う『穢れ』が合わさって、形を成したもの。
いつもお腹を空かせていて、弱いもののけや『穢れ』を取りこんで、ひっそりと生きつづける、陰の存在だ。
……きっと今、食べられてしまったほうが、この『異形』の栄養になるし、『じゃまもの』はいなくなる。
このままぼくが生きていても、だれも喜ばない。幸せになんか、ならないのに。
でもやっぱり、からだ中、がたがたと震えて。
怖い。シロ様に会いたい。
「シロ様ぁ……っ!!!」
だれよりも愛しいひとの名に縋ると、
「クロに、触れるな……っ!!」
まばゆい光とともに『異形』は弾け消え。
息を切らせた『そのひと』が、そこに居た。