2.リリーア・オルトランド私室にて

文字数 2,277文字

さてラクトン、お疲れ様でした。
・・・何やら、皆が呆気にとられている間に流れるように話が進みましたが。
そこはさすが、執事長でしたわね。
俺には良く分かりませんが、あれでよろしかったので?

もちろん、私の望み通り。貴方もばっちりでしたわよ。
「誰に何を言われても引き下がるな」とかもうやめてくださいよ。
なぜか執事長は思ったより怒ってなかったみたいですけど・・

まぁ執事長は全てお見通しだったのでしょうね。
・・・しかし本当に良かったんですかね?
姉姫様が出ていって、たった3日で仕事を丸投げしてしまって。
あら、私もアルバトロスも、おそらく姉様も、初めからこの形に落ち着けるつもりでしたわよ?
初めから・・・というか、姉姫様も?
ええ。だって、私が領主の仕事を代行できるとは誰も思っていませんもの。
いや、そのようなことは決して・・・

書類に署名するだけならまだしも、その書類の内容を精査したり、指示を出したり。

公務に携わったこともない小娘にできるはずもないでしょう?

それは確かにそうですが・・・

あら、はっきりと。

いつもお部屋でお茶をしたり、視察と称してあちこち回ったり。

お嬢様の公務は概ねそんな感じですからね。

まあ良いですわ。


姉様に何かあったとき、次の当主となるのは私ですもの。

それを差し置いて執事に領主の持つ権限を与えるわけにもいかないでしょう?


ですから姉様も形式上、やむを得ず私を代行に据えたのですわ。

この機に公務を勉強されるという手もありますが。

それでは皆の邪魔になってしまいますわ。

公務は遊びではありませんのよ。

・・・

さて、仮に姉様からの当主代行の任命がなかったとしても、執事長としては当主の妹であり、もしものときの次期当主候補にある私を蔑ろにするわけにもいきませんわよね。


さりとてずっと居座られても仕事が捗らない。

できれば自室に控えておいてほしいところですが・・・

まぁ言えませんよね。

お嬢様に「仕事の邪魔だから引っ込んでいろ」とは。

そして私も、よく分からない書類にただ署名をするためだけに、日がな一日ぼーっと椅子に座り続けるのは望ましくないところ・・・
今のうちに少しでも目を通すことを覚えるべきでは・・・

さてこれで。

ラクトンはともかくとして、御姉様、執事長、私。

三者の思惑が一致しました。

ではどのようにして私を公務から解き放ちましょう。

それが先程のやり取りですか。

ですが、結局はたった3日で仕事を投げ出したことになっているのでは?

たった3日とはいいますが、最終的に仕事から離れることが決まっている以上、この3日というのはベストなタイミングなのですわよ。
放り出すことにベストもワーストもないものかと。

放り出したのではありません、適材適所に落ち着けたのですわ。

まぁ、今更何を言っても終わったあとですからね。

・・・それで、3日なのは?

たとえば、1日目で同じことをしたとしましょう。

力量の有無に関わらず、それでは「無責任だ」という印象が先に立ってしまうでしょう。

それでは当主の威厳も何もありませんわ。


では2日目では?

「たかだか1日程度で根を上げるのか」と思われるのではないでしょうか。

それもやはりよろしくありません。


さらに今日を過ごして4日目以降にしてみましょうか。

皆さん優秀な執事ですもの。その頃には私を組み込んだ仕事の流れに慣れてしまっていることでしょう。

捗らない仕事の流れが出来上がってしまい、しかも今更「やめる」と言い出せなくなる、最悪の状況ですわね。

・・・何だかこじつけも良いところのようではありますが、それで今日、3日目を選んだと。

はい。私は不要な時間を取られずに自由に過ごせる時間が確保できる。

執事の皆様方は無駄な時間を取られずに仕事が円滑に進む。


皆が丸く収まるベストなタイミングですわ。

執事長は確かにそうなんでしょうけど、他の執事までも丸く収まったとは思えませんけどね・・・
たとえばウォルスとか?

直接ではないにしろ、オレを通じて皆の面前で食ってかかってきましたからね。

・・・本当にやめてくださいよ。

まぁまぁ。

さて、無事に形式的だけの仕事から開放された私ですが、姉様の留守中、当主代行としての役目を何も果たさず過ごすつもりはもちろんありません。

ええ、まぁ、さすがに約束した書類に署名はしていただきますが。

それはもちろん。

ですが、それとは別にやっておきたいことがあります。

(また妙な思いつきか・・・)

姉様の居られないこの機にスパイを炙りだしたと思います。

・・・スパイ?

ですが、リリーア様の御祖父様、先々代の頃から他国との間で戦らしい戦は行われていないはずですが。

平穏であればでなおのこと。

他国の内情を知り、或いは他国の体勢を内から崩す。

姉様がおっしゃるには、スパイの一人や二人は必ず入り込んでいるものだそうですわ。

(たしかに姉姫様ならやりかねない)

しかし、仮にスパイがいたとしても、火種のひとつもないこの状況で尻尾を出すとも思えませんが・・・

そこで今のこの状況、ですわね。
今の・・・姉姫様不在のこの状況、ですか。

姉様が居る状況で堂々とスパイ活動する方はまずおられないでしょうが、今は3日で仕事を投げ出す少女がいるのみ。


多少派手に動いても大事にはならないこの状況。

スパイさんが動くには格好の状況なのではないでしょうか。

なるほど・・・ですが、ではどのように?


あまり大っぴらにスパイ探しを行うと、それこそ皆の間に不信の種が広がるのでは?

(ドアをノックする音)

失礼します、お嬢様。

あら、エミリーが来ましたわね。

では、お茶など頂きながら、そのあたりのお話をいたしましょうか。

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登場人物紹介

リリーア・オルトランド


オルトランド家当主代理。13才の女の子。
現当主である姉が海外へ人材発掘に向かったため、代わりに領地を守る。が、実務は全て執事長に一任されているため、名目上のただの御飾りである。
本人もそれは分かっているため責任感は一切ない。

エイドリッヒ・ラクトンブレッド


オルトランド家に仕える庭師の息子。
幼少の頃からのリリーアの遊び相手であったため、専属の執事として採用された18才。
こちらも名目上の役職であり、一部からは「ごっこ遊び」と揶揄されているが、本人はいたって真面目な性格であるため、執事の職務を全うするための努力を怠らない。

エミリーナ・ミーアキャット


捨て子。リリーアの姉に拾われ、リリーアと共に育ってきた吸血鬼。メイドとして育てられた16才。
ラクトンと3人合わせて幼馴染み。
生い立ちをものともしない能天気。

シュタインリッヒ・アルバトロス


執事長。当主不在のオルトランド家を切り盛りする影の功労者。その人望は厚い。

ウォルス・バーゼラルド


オルトランド家の平執事。若造がコネで出世したのが気に食わない。

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