第101話 ラヂオ聞く怪?

文字数 7,212文字

「はいっ、こんばんはー。ミナトでーす」
「こんばんは。長地です」
「今宵もね『ラヂオ聞く怪?』始まりま~す」
「はいはい」
「初聞きさんのために毎回言うんですが、この『ラヂオ聞く怪?』、怪異の()と、聞くかい? と言う問いかけのかい(、、)をかけてますぅ――」
「くすくす」
「何笑ってんですか? 長地さん」
「別に笑ってませんよ。だっさいダジャレだなとかなんて思ってもいませんし」
「笑ってるし、思ってるじゃないかぁ――って、ま、いいんだけどね――
 で、この『ラヂオ聞く怪?』、リスナーからハガキやメールで投稿された実際の恐怖体験を、読んで聞かせるっつう番組でっすう~
 今回テーマは、そのものずばり『ラジオ』ってことでですね、先週から募集してたんですけど、結構あるもんですね~」
「あーさっきハガキ読ませてもらいました。このブースに座ってんの怖くなるやつありましたよ」
「え、そうなんすか? どれ? どれ?」
「ミナトくんが怖がるといけないって、ディレクターがボツったらしいです」
「ええー逆に怖いぃ」
「というわけで、そのハガキ投稿してくれた方、申し訳ないです。記念品は贈らせていただきますんで、ご容赦下さい」
「えー、ま、いっかぁ。
 じゃ、一通目いきま~す」
「はいはい」

                  【山道】

 母方の祖父の法事に参加し、帰宅が夜遅くなった。
 辞去したのは午後八時頃だったが、山をいくつも越えるような田舎からの帰り道なので、いまだ山中で車を走らせている。
 本当は実家の両親が行くはずだったが、前日から都合が悪くなり、当日休みの俺が急遽頼まれたのだ。
 昔ほど親戚一同の集まりを重視することがなくなり、断ればいいものをと思ったが、昔人間の両親からするとそうもいかないらしい。
 だが、バスも日に一度という山深い村。
 公共の交通機関より自家用車が良いと、早朝から親父の古い車を借りて出発した。
 慣れない山道の運転は緊張したが、到着後は滞りなく法事は終了し、頼まれた役目を終えた。
 すぐに帰るはずだったが、伯父に引き留められ、結果辞する時間が遅くなってしまったというわけだ。
 時折民家を見かけるだけのくねくねした山道。運転には昼間以上の緊張を強いられていた。
 注意しながら、ヘッドライトの光まで吸い込みそうな闇の中をひた走る。
 カーラジオしかついていない親父の車は退屈だった。維持費の理由で自車を持たない自分には文句も言えないのだが。
 多少の退屈しのぎになるだろうとラジオをつけたが、いかんせん深い山の中、電波が入りにくく、ザーザー鳴るノイズとぼしょぼしょ聞こえる声が途切れ途切れに入って来るだけだった。
 ハハハ
 急に乾いた笑い声がはっきり聞こえ、心臓に冷たい水をかけられたかのようにヒャッとなった。
 なんだ、今の?
 動悸が止まらない。
 だが、たまたま笑い声のところで電波を受信しただけだ。それしかないと心を落ち着けた。
「ったく、そんな偶然、心臓に悪いよ」
 俺は独り言ちて、スイッチを切った。
 しばらく走った後、またノイズ混じりで途切れ途切れの話し声が聞こえてきた。
 周囲はまだ雑木林に囲まれているから、受信しにくいのだろう――
 ん? 俺さっきスイッチ切ったよな?
 今度は冷水を背筋に伝い落とされているかのようにぞぞぞっと寒気が走る。
 ハハハ
 また笑い声がはっきりと聞こえた。
 スイッチを切ろうと急いで手を伸ばした。電源はオンになっている。俺はスイッチをつまむとオンとオフを数回繰り返してひねり、今度は確実にオフにした。
 だが、しばらく走るとまたノイズと人の話し声が途切れ途切れに聞こえ出し――
 スイッチはまたオンになっていた。
 今度は笑い声が聞こえる前に手を伸ばし、三度(みたび)オフにした。
「早くぅ――早く山を抜けてくれぇ」
 無意識にスピードを上げていた俺の目の前にいきなり急カーブが現れ、慌ててアクセルを緩めた。
「危ない、危ない」
 木に囲まれた道とはいっても、そこから外れれば崖下だ。下りでスピードなんか上げていたら、ガードレールなど簡単に突き破って滑落するだろう。
「落ち着け、落ち着け」
 そう言いながら深呼吸を繰り返した。
 ハハハ
 またも笑い声が聞こえた。スイッチはオンになっている。
 もうこうなったら、スイッチは切らねえっ! 勝手に笑ってろっ!
 俺は心で宣言して運転に集中した。
 ハハハ ハハハ ハハハ ハハハ
 ノイズも話し声もしなくなったが、笑い声だけがずっと聞こえていた。
 くそ、負けるかっ。
 そうこうしているうちに最後の峠を越え、道が緩やかになり、今風の住宅が増えてきた。
 町に近づく頃にはラジオからは笑い声が消え、ノイズや人の声も途切れ途切れにならず、何の番組かは知らないが深夜放送のパーソナリティーが面白おかしく笑いながら番組を進行していた。
 きっと、スイッチの部分が故障でもして勝手にオンになったに違いない。笑い声は――たまたま受信して拾ったんだ。でも――行きはそんなことにはならなかったけどな――いやいやいやいや故障だ、故障。それしかない。
 俺は無理やり結論づかせた。
 実家に着くと、両親がわざわざ起きてきた。眠たそうな目を擦っている親父にカーラジオの故障を伝えるとずっと前から壊れているという。
 やっぱりそうだったかと安堵するも、さらに親父が言うにはラジオは完全に故障していて、スイッチを入れようが入れまいが、まったく作動しないということだった。

                  *

「ええ? これって故障のせいじゃなかったってこと? てか、なんかのはずみで直ったんじゃないの?」
「山の怪異が直してくれたとか?」
「そうそう、ラッキーだったじゃんってことで――」
「でも直ったわけじゃなかったら、怖いですよね」
「え? なにが?」
「だって怪異は山中だけじゃなかったってことでしょ。町に戻って来ても鳴っていたって――壊れているのに?
 もし直ったんじゃなければ、いったい何を受信していたのかな?」
「えーっ、やめてぇ――さっさと二通目いきま~す」

                  【形見分け】

「オレが死んだら形見にやるよ」
 そう笑っていた友人、押尾拓斗(たくと)が死んだ。
 その日は残業で、遅い帰り道での車の事故だ。
 右折する対向車と衝突したという。拓斗は軽自動車、相手はダンプカーで、遅い時間ということもあり、どちらもそこそこスピードが出ていて軽は大破した。
 ダンプの運転手は、拓斗が悪質な煽り運転から逃げているようだったと供述した。
 だが、拓斗の軽はドラレコが未設置のうえ、事故現場やその周辺の防犯カメラにも煽り運転されていたという証拠はまったく残っていなかった。
 さらにこの運転手、運が悪いのか、ダンプにはドラレコが取り付けられていたものの故障中で起動しておらず、また夜も遅く、普段でも人通りの少ない道路での目撃者もない。
 煽りを目撃したのは唯一運転手だけで、それもそのように見えたというだけで確信はなく、車種もナンバーも車体の色さえも覚えていない。
 なので、
「煽り運転から必死で逃げていた軽自動車が、こちらに飛び込んできた」
 という運転手の供述を警察はウソだと疑っている。
 押尾夫妻は通夜に駆け付けた僕に泣きながらそう話してくれた。
 棺を開けての別れを頑なに拒否された。それほど損傷がひどいのだろう。車体に挟み潰されていた身体には欠損部分が多々あるらしいと、参列者たちの会話を耳にした。
 焼香を終え、挨拶に向かうと拓斗の母親が僕の手を取った。
「今まで仲良くしてくれてありがとう。それでね、隆二君に拓斗の物を形見分けしたいの。本当はもっと後にするべきものなんだけど、親友のあなたに気に入った物を先に譲ってあげたくて。きっとあなたなら拓斗の形見を大事にしてくれるだろうから――」
「おい、お前、急にそんなことを言われても隆二君も困るだろう。今夜だって急遽駆けつけてくれて――」
「あの――もしよろしかったらですが――」
 僕は父親の言葉を遮り、頭を下げて頼み込んだ。
「拓斗が大事にしていた古いラジオを形見分けしていただけませんか? お祖父様の形見のラジオです。もちろん、おじさんたちにとっても大切なものだと重々承知の上で、無理にとは言いませんが――」
 そう言いながら、溢れる涙を拭うことなく母親の手をぎゅっと握り返した。
「実は――言いにくいことなんですが――生前拓斗が、もし自分に何かあったら、そのラジオを譲る約束をしてくれていたんです。僕がアンティークラジオをコレクションしてるのを知ってくれていて――まさか、すぐこんなことになるなんて――だから無理ならいいんです。ただの口約束だったし――」
「何を言ってるの。わたしたちは構わないわよ。他ならぬ隆二君だもの。ね、あなた」
 母親は夫を振り返った。
「そうだよ。形見分けはこちらから言い出したんだし、なにも遠慮することはない。それに拓斗が約束したことならあの子もきっと本望だよ」
「ありがとうございます。ありがとうございます。拓斗だと思って大事にします」
 低く頭を下げ、今にも泣き崩れそうな僕の身体を押尾夫妻が両側から抱き留め、そして一緒に泣いた。

 帰宅した僕は拓斗の部屋から持参した風呂敷包みを前に置いて床に座り込んだ。
 ふうと大きく息を吐き、包みを解く。
 布がはらりと広がり、中から喉から手が出るほど欲しかったアンティークのラジオが出てきた。
 戦前のものだろうか、優雅に流れる木目のある四角い箱。大きく丸みの帯びた(かど)やいい色に退色したスピーカー部の布地。スイッチやチューナーのつまみも細かな装飾が施され、古風な字体の目盛や針も剥離、破損なく当時のまま残っていて、レトロ大好きな僕の胸はワクワクした。
 拓斗は壊れて鳴らないから価値がないと言っていたが、お祖父さんの形見だからと大事にしていた。僕もそんなことは気にならない。なかなか見つけられなかったものが手に入ったのだから。
 それにしてもあちこち探して見つからなかったものを拓斗の部屋で見つけた時は心臓が爆発しそうだった。
 何でもするから譲ってほしいと頼んだが、いつも気前のいい拓斗もさすがに首を縦に振らなかった。自分を可愛がってくれたお祖父さんの形見だからって。
 僕みたいにコレクションしているわけでもないくせにと言う不満が顔に出ていたのだろう。
 拓斗は半ば呆れた表情で笑いながら言った。
「オレが死んだら形見にやるよ」
 だけど、死なせるつもりはなかった。腹いせにちょっと困らせてやろうと思っただけだ。ただ、引き際を間違えたのだ。
 しまったと思った時は遅く、早々にあの場から逃げ帰ったので、拓斗がどうなったのかは通夜の連絡が来るまで知らなかった。きっと僕の仕業だとすぐばれると思っていた。だからせっかく拓斗が死んでもラジオは手に入らないとあきらめてもいた。運よくばれなかったとしても、ラジオを形見にもらえるかどうかもわからなかったし。
 それがどうだ。
 事故の件もラジオの件もすべて僕の都合のいいようになった。
「ありがとう拓斗。やっぱ親友だな」
 ラジオに微笑みながら話しかけていると、スピーカーからザザザと微かなノイズが聞こえてきた。
 スイッチをつまむと入った状態になっていた。
 壊れているといってたのに――
 いや、それ以前の問題だ。茶色に変色した電気コードはコンセントにつないでいない。
 ザザザ――ピィィィ――ガガガザザァァァ――
 褪せたスピーカーから出てくるノイズが次第に大きくなり、その音に紛れて「隆二、隆二」と呼びかける声がした。
「隆二、お前だよな。隆二」
 チューニングしているかのように勝手に針が上下に動く。次第にノイズが消え、はっきり声が聞こえた。
「オレを殺したの、お前だよな」
「ち、違う。こ、殺すつもりなんてなかった」
「おんまえだんよんなぁぁぁぁ」
 ぎゅりいいいいぃぃ
 (よじ)れた声と耳障りなノイズが鳴り響く。
「違う、違う」
 スピーカーの布からじわりと赤い液体が滲み出し、とろとろと滴り落ちて床に血溜まりを作っていく。
 ラジオからピンと何かが弾け飛んだ。背板を止めているネジだ。一つまた一つと勝手に外れていく。
「おんまえだんよんなぁぁぁぁ」
 ぎゅりりいいぃぃぃぃ
 背板と本体が同時に倒れた。
 中にあったのは、白い目で僕を睨みつける拓斗の生首だった。

                  *

「え? これ実話? 創作だよね? ディレクターさん、このメール選んだの誰? 『ラヂオ聞く怪?』のルールは実際の恐怖体験ですからね」
「ミナトくん、そんなことはリスナーさんたち、百も承知ですよ。だから正真正銘、実話かもしれませんよ」
「えー? そんなの信じられないなぁ――ま、いいかぁ。
 じゃ、三通目――」

                  【混線】

 いきなり激しい雨が降って来た夕暮れのことです。
 その日は朝からずっと蒸し暑くて――あ、私はカーエアコンを入れっぱなしなので快適、っていうより、若干冷え過ぎ気味だったんですが――結構、乗車客がありまして、どのお客様も車内に入るとほっと息をつかれていたので緩めるわけにもいかず――
 私は交通情報や緊急速報を聞くためにボリュームを下げて常にラジオをつけているんですが、その時県内に大雨注意報が発令されていました。
 ただでさえ視界が曖昧になる夕暮れ時にワイパーが追い付かないほどの雨の勢いでさらに視界が悪くなって、どこかに停車して、雨をやり過ごそうと考えていました。
 ですが、向こうから手を上げた男性が小走りに近寄って来るのが見えまして。
 ドアを開けますと急いで乗り込んで来られて、早口で行先を告げました。
 こんな雨の中、本心は嫌でたまりませんでしたが、私もプロです。
「かしこまりました」
 返事してすぐ発進させました。
 大雨の交通情報を聞き逃さないよう、ラジオはつけたままにしていました。
 声や音楽などが車内に小さく流れていましたが、お客様からのクレームはなく安心しました。
 番組の途中、アナウンサーがニュースを読み始めました。その途中いきなり、
 ハハハ
 大きな笑い声が聞えました。
 笑いが起こるような内容でもないし、ましてやニュースの最中に笑うアナウンサーやパーソナリティもアシスタントも普通いません。
 雑音がそう聞こえたのか、混線しているのか、いろいろ考えを巡らせていましたが、運転にも集中しなければいけません。何せ外は相変わらず土砂降りでしたから。
 スイッチを切ろうかどうか迷っている間も、ハハハ、ハハハという笑い声が断続的に続き、ついにはハハハハハハハハハと言う笑い声だけで、他の声が聞こえて来なくなりました。
 あ、これはおかしいやつ(、、、、、、)だと気づきました。
 ルームミラーでお客様を確かめると、向こうも引きつった表情で私を見ています。
「こ、混線してるんですかね。スイッチ切りますね」
 ようやく手を伸ばし、私はラジオをオフにしました。
 ですが、ラジオから笑い声は流れ続けます。
 やっぱり。
 たくさんのお客様を乗せたり、いろんなところを走っていると拾って(、、、)しまうことが多々あります。
 やがてラジオからは、
 おんまえだんよんなぁぁぁぁぎゅりいいぃぃぃぃぃ
 何と言っているのかわからないのですが、人のような声と耳障りなノイズが流れ出しました。
 つまみもひねってないのに、だんだんボリュームが大きくなってきます。
 おんまえだんよんなぁぁぁぁぎゅりいいぃぃぃぃぃ
 お客様に申し訳ないのですが、大雨の上にラジオの恐怖で、路肩に車を止めてしまいました。
「す、すみませんお客様、今しばらくお待ちいただけますか」
 何とかラジオの声を止められないかとスイッチのオンオフを何度も切り替えしながら、後部座席を窺うと男性客は青い顔をしてがたがた震えています。
「俺じゃない、俺じゃない」
 そうつぶやいているのが辛うじて聞えました。
「お客様? 大丈夫ですか?」
 そう聞き終わらないうちに男性は勝手にドアを開けて雨の中に飛び出しました。
 止める間も何もありませんでしたよ。
 あっと思った時には走って来た乗用車に撥ね飛ばされて地面に叩きつけられていました。
 大雨の中、救急や警察に通報し、事情聴取やらなんやらで、それからが大変でしたが、仕方ないですよね。さっさと目的地に向かっていれば、あんなことにはならなかったのに、途中停車してしまった私のせいなのですから――ものすごく責任を感じていました。
 ですが、後から知った話なのですが、あの男性客、自分が思いを寄せていた女性の彼氏を面識がないのをいいことに通り魔を装って殺害していたそうです。
 目撃者の証言と風体が一致したそうで――悪いことはできないと思いました。もしあの事故がなければあのまま逃げ切り、片思いが成就していたかもしれないのですから。
 それからもタクシードライバーは続けていますよ。生活があるもんで。
 ええ。あのような体験はあの時の一回きりです。
 でも――あれはどこからの混線だったのでしょうか。

                  *

 どこからの混線だったんでしょうか――なあんて言われても、ね? 長地さん、これやっぱ三通合わせて創作でしょ? 
 だめだよ、ディレクターこういうのぉ。うちは実際の恐怖体験を売りにしてんだからね。なによ、なに笑ってんの? 薄気味悪い顔して――
 ねえ長地さん、うつむいてないであの人になんとか言ってよぉ。
 長地さん? どうしたの? 長地さん? 
 な、なんなん白目剥いて――冗談やめ――ちょっ、ちょっと思い出したんだけど――最初に言ってたボツったハガキ――ブースにいるの怖くなるとか何とか言ってたやつ――あれっていったい何が書いてあったの? ねっ、長地さんっ、ねえってばっ! 
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