第102話 夏休みの自由研究

文字数 2,283文字

 裕二と共同で、小学生最後の夏休みの自由研究は動画配信することに決めた。
 研究課題は地元の峠にある心霊トンネル。作られた時代やなぜ心霊トンネルと呼ばれるのかなどの所以(ゆえん)を図書館やネットなどを駆使して調べ、結果を毎日模造紙に書いてスマホで配信。ラストは直接トンネルに赴き、生配信で自由研究を終了するという計画。
 期間は一週間。
 同じように課題に悩んでいたマサルと剛生が僕たちの自由研究の計画を知り、仲間に加わることになった。
 峠のある山の名前は戦国時代の落ち武者が由来だとか、トンネルは戦後いついつに造られたとか、心霊スポットになったのは昭和の終わり頃だとか――調査結果を書いた模造紙は配信が終わった後に表紙をつけ、僕を含めみんなの名前を書いて学校に提出する予定だ。
 一つ心残りなのは、心霊スポットになった理由がどこを探してもわからなかったことだ。原因になるような事件も事故もそのトンネルでは起きていない。
 もちろんそれもちゃんと結果として書き記して配信もしたが、出来れば納得のいく理由が欲しかった。

 そしてきょう最後の七日目、実際にトンネルで心霊現象を検証、生配信する。
 待ち合わせをして峠まで自転車でやって来た僕らはトンネル脇の草むらに自車を並べて停めた。
 近くに便利の良いバイパスがあり、行き交う車はほとんどないが、廃道になっているわけではない。
 僕たちはさっそくスマホを操作し、実況を交えつつトンネルの扁額を撮った。
 僕のスマホはメインカメラで、裕二のスマホは動画を見て視聴者の数やコメントをチェック。
 マサルと剛生の二人には後で編集するために、内部を違う角度からスマホ撮影してもらっていた。もし心霊現象が起きた場合、僕が撮り損なってしまうことを防止するためでもあった。
 実況に関しては一応僕がメインだが、感想は各々自由で構わない。
 しみの浮き出た入口付近の壁を撮りながら、
「ほな、中へ入るで」
 懐中電灯を照らして僕はトンネルの中へと足を踏み入れた。
 同じように懐中電灯を照らしながら、三人が後に続く。
「あんま怖ないなぁ」
 マサルの感想に、
「そりゃ昼間やさけな。こんなとこは夜に来なおもしゃないで」
 剛生が笑う。
「夜なんかに来られんよ。昼間でもこんなとこへ来たら、危ない言うてめっちゃ怒られんのに――わっ、視聴数どんどん伸びてきてるで」
 裕二が僕にスマホの画面を見せた。
「あ、ほんまや。
 ――この子たちかわいい
 ――危ないよ
 ――WWWW
 ――うしろうしろ――やて」
 僕がコメントを読み上げると、マサルが怯えた顔で後ろを振り返った。
「からこうてるだけやん。マサルはビビりやな」
 剛生の笑い声がトンネルに反響する。
「僕、今、気ぃついたんやけど、もしおかんこれ見たら、ここへ来てるんばれるやんな」
 裕二の言葉に「気ぃつくん遅っ」とマサルがぷっと吹き出し、「おかんらこんなもん見るかいな、心配いらんわ」と剛生がまた笑う。
「そやで。もし見てたとしたら、もっと早い時点でなんか言われてるはずや」
 僕も笑った。
「しょうもないもん自由研究にすな! とか?」
 とマサルも笑い、「そうそう」と僕は相槌を打つ。
「もうわかったし、あんまそんな言うなや。視聴者に笑われとるで」
 裕二だけ笑わないで、みなを(いさ)めた。
「そやけどこのトンネル、距離そんな長ないのに出口見えへんな」
「ほんまや、だいぶくねってるんかな」
「まだ出口ちゃうんか? しんどなってきたわ」
 僕たちが口々に何か言うたび、流れてくる声援やWWWという失笑のコメントを裕二が見せてくる。
 しまいにはただの薄暗いトンネル内のだらだらした動画に飽きたのか、流れてくるのは「心霊現象?」「怖い!」「逃げて!」など、からかってくるコメントが目立つようになり、出口の手前に来る頃には「逃げて」「逃げて」「逃げて」という言葉が画面いっぱいに流れた。
 だが、僕らはそれらを気にしている余裕がなかった。
 出口の外が、すっかり夜になっていたからだ。
「なんで? そんな何時間も歩いてないよね?」
 トンネルを出るとちぃぃぃと鳴く無数の地虫の声が聞こえた。懐中電灯の光の輪が伸び放題の雑木の枝を映す。ちらちらと揺れる枝葉の陰に何かが見え隠れしていた。
 みんなの光がそれに集中し、それが錆びた案内標識だとわかった。
 自分たちの住む町の名と300㎞先という消えそうな文字が辛うじて読める。
 えっ、どういうこと?
 意味がわからず戸惑う僕に、震えながら裕二がコメントを見せてくる。
 画面にはたくさんの「WWWW」が流れ、その間に「こんなとこに来るからだ」「もう仲間だ」「遊ぼう」といった言葉が挟まっている。
「も、戻ろう」
 僕が言い終わるか終わらないうちにみんな来た方向へといっせいに走り出した。
 行きよりも短い時間で入口に戻れたが、やはり外は夜のままだった。
 おまけに入口の脇に置いた自分たちの自転車も見当たらない。
 マサルがベソをかき出した。いつもは「泣くなっ」と怒鳴る剛生も黙ったままで、裕二はもうスマホのチェックをしていなかった。
 峠を上って来る赤い光が木々の間から見えた。車の音が近づいて来てヘッドライトが眩しい。
 助かった。パトカーだ。
 僕たちを照らしたまま、手前でパトカーが止まった。
 ドアが開いて光の向こうから声がする。
「ここに子供たちが入り込んでるって通報があったんだ」
 降りて来たお巡りさんが近づいてくる。
「助かったぁ」
 喜ぶ僕たちの目の前、ヘッドライトの光の中に現れたのは見知った警官の制服を着ているが、中身は人に似ても似つかぬものだった。
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