第4章 第1節 「収束するキャリア」

文字数 15,836文字

 平成20(2008)年1月4日──。
 葦原は外科医局のカレンダーを一枚破りとり、クシャクシャに丸めて、ゴミ箱に捨てた。今年度、そして3年1期で動く七刄会の今期人事も残りわずかとなった。人事改選期に当たるこの3ヶ月はいつもあっという間に過ぎていく──時計を確認して、一般診療棟10Fの大会議室に向かった。
 新年仕事始めの病院長挨拶を聞いていると、横から久斯が小声で話しかけてきた。
「葦原先生、あけましておめでとうございます。またまたよろしくおねがいします」
 今年度そして初期研修2年間で最後の3ヶ月間、久斯は外科に選択ローテートでやってきた。事前のリクエスト通り、葦原の下につけることにした。
「おう、よろしくな。アッペ、ヘモ、ヘルニアは執刀させるからよ」
「はい、十分に勉強しておきます」
 病院長挨拶、1月1日付で着任した米国帰りの濱野俊新設救急科部長の紹介・挨拶に続いて、白神先生の異動が発表された。
「現在、総合診療部で診療そして研修医教育に大活躍の白神先生ですが、この春より七州大学病院にご異動されることになりました。当院を有名研修病院に押し上げてくれた研修医教育のカリスマである白神先生のご異動は痛恨の極みではありますが、先生のさらなるご活躍に期待したいと思います」
 白神先生が病院長からマイクを受け取って話した。
「白神です。平成16(2004)年にこちらに着任してから、早いものでもう4年ですが、この春から、七州大学病院総合診療部の立ち上げに携わることになりました。現在、日本でもようやく臓器・病態に囚われずに患者に向き合う総合診療(ジェネラル・プラクティス)の考え方が広がり始めているところですが、この度、七州大学から、その流れをより強力に推進していきたいとのお話を頂戴いたしました。私自身、総合診療は興味と関心のある若手医師だけが学ぶのではなく、医学医療の欠かすべからざる基本として医学部教育の時点から教えていく必要性を感じておりましたので、歴史と伝統のある七州大学で総合診療を本格展開できるこの千載一遇の好機に全身全霊で当たる所存です」
 拍手が起こった。葦原も拍手した。それが止む頃合いに、白神先生が続けた。
「なお、当院の総合診療部は濱野先生が発展的に引き継いでくれますので、どうぞご安心を。また、春からも定期的にこちらにお邪魔して診療に携わっていきますので、今後ともよろしくおねがいします」
 改めてマイクを受け取った病院長から、せんだい市民病院の中央診療部門の一部署であった救急部と総合診療部が統合の上、「救急総合診療科」と改組されて、濱野医師が率いていくことが発表された。それに拍手しながらも、葦原は憮然としていた。春からは、白神先生は七大に進む。大学医局に属さず、アメリカ臨床留学をしていただけで、ゆくゆくは日本の大学の医学部教授になるのだ。
 アメリカンドリーム──そんな言葉が浮かんで、葦原はとても恥ずかしくなった。


 1月第2週──。
 外科は、胃全摘術(トタール)──狩野執刀、葦原第一助手、久斯第二助手──が今年の手術はじめで、無事に終わった。
 夕方、葦原が医局でくつろいでいると、不意に話しかけられた──救急総合診療科部長の濱野医師だった。
「外科の葦原先生ですね。濱野と申します。少しお話を伺いたいのですが──」
 訊きたいというのは、どの疾患はどこの病院が強いのかといった、この辺の病院の外科診療事情だった。白神先生にそうするようにと勧められたのだという。
「この辺の病院の外科は全て七大外科医局の関連ですから、役割分担してやっていてですね──」
 総合医局に貼られている市内医療機関連絡先一覧の紙をコピーして、メモしながら説明した。
市民病院(ここ)なら肝胆膵、血管に強いのは災害医療センター、大腸や腹膜なら七州労災、胃や食道なら医師会総合ですね。それともちろん、基本的な外科的急性腹症(サージカルアブドメン)はどこでも対応可能です」
「素晴らしい──」
 濱野医師は大げさなジェスチャーを交えて、言った。
「高機能初期救急対応ゲートウェイからの振り分けにうってつけです」
 濱野医師の提唱する新体制はここで救急車をまず全例受け入れて、初期対応・診断をした上で、必要十分な病院に転送して継続診療をしてもらうというものだ。確かに、この地域の外科診療ではさっきのような疾患の種類(ジャンル)程度(レベル)に応じた引受先が暗黙知として膾炙している。そうしたシステマティックな役割分担は濱野医師のアイディアには理想的だろう。いきなりやってきた部外者に七刄会を利用させるようなのは、いや、本音を言えば、簡単に手柄を立てさせるようなのは

のだが、相応の医療施設に相応の患者が行くのであれば、医者にも患者にも文句はない。
「医局のパワー、恐るべしですね」
 感心したように濱野医師は言った。濱野医師のアイディアは要は、市内の病院に横串を刺すように、大学病院を中心とする救急診療科の医局体制があれば、他診療科を巻き込んで構築していけるものだった。そして、七大救急医局があれば彼は今ここにはいないはずだから、必然というべきアイディアとタイミングを備えた救急医なのだろう。
「いまの七大には救急の医局がありませんから、チャンスかも知れませんね」
「ふむ、救急の医局がないんですね。なるほど……」
 そう言って思案顔をした濱野医師のキャリアの必然性はさておき、救急の医局がないからチャンスだなんて、けしかけるようだったのは我ながら失言だった。こんなのを同期の神経内科医・西宮にでも聞かれたら、七大卒でも七大医局員でもないアメリカ帰りの医者が歴史と伝統のある七大医学・医療の秩序を破壊していくのを応援しているようだと、首を絞められかねない──葦原は言い直すことにした。
「濱野先生、日本の救急医療をよくしてください。それを期待しています」
「全力を尽くします」
 アルカイックスマイルを浮かべて濱野医師は総合医局から立ち去っていった。
 彼もここで数年働いて

をしたら、七大で教授にでもなるのかもしれない──そしてそれは、十分にありそうだなと思った。彼は確か、葦原と同年代だ。40歳をすぎて、教授就任適齢期の入り口が見えてきている。選ばれしものたちのキャリアは、紆余曲折しながら、そのゴールへと向けて収斂しはじめているのだ。アメリカの医大病院にいたとなれば、日本のアカデミックキャリアにも互換できるだろう。白神先生の成り上がりをそばで見てしまっている以上、卒後臨床研修制度で大揺れの医療業界ではもはや従来の出世の方程式は成立しないのだとも思わされた。
 偉くなるものがいて、そうならないものがいる。誰かを利用して偉くなるものがいて、偉くなる誰かに利用されるものがいる。自分はそれでは、教授になる誰かにとって役立つ踏み台なのかと考えると、それは一医局員として、一勤務医としてごく当たり前のことだったのに、今の葦原はなぜか、受け入れがたくも思うのだった。


 1月第3週──。
 痔核根治術──久斯執刀、葦原第一助手、狩野第二助手──が無事に終わった。
 痔核(ヘモ)脱腸(ヘルニア)それから虫垂炎(アッペ)の手術は七刄会ではいずれも外科ビギナーの手術とみなされるが、久斯は過去の外科ローテート中に訪れないアッペ初執刀にこだわってどれもやらずに来たので、これ幸いとやらせてもらったのだった。久斯は意気揚々と一足先に患者と病棟に戻った。
「久斯のやつ、うまくやれてましたね」
 手術部更衣室で狩野がそう言った。
「まあな。研究医志望にしては上出来だな」
「それですけど──葦原先生、久斯のやつ、どうするんですか?」
「どうって……俺はどうもしないよ」
「なんか、外科をやらせてもいい気がしますがね」
「はあ? なんでだよ。あいつは東大に戻って、基礎医学研究をやるんだろ」
 外科に何度も出入りはしているが、久斯が初期研修をしているのは今後の研究医生活に活かすための「臨床志向(クリニカルマインド)」を涵養するためのものであり、ここに来たのもホームシックになって出身地に戻ってきただけのはずだ。
「久斯のやつ、春から東大に戻るってちゃんと決まってるんですかね」
「……俺は知らんぞ」
 入局希望者も含めて、何人かの研修医の進路相談に乗ってやったことはあったが、久斯からはそういう相談はなかった。研究医になるのだからそれも当然と思っていた。
「まあ、あんだけ調子よくて、論文も書けるんだから、どこでもうまくやれるんでしょうけどね。俺も大学院生の頃は、けっこう研究も悪くないなって思ったものですけど、やっぱり、上には上がいるっていうか、七大卒のやつほど頭よくないんで、手術でやっていくことにしました。適材適所っていうんですかね、久斯には俺の分まで頑張ってほしいですね」
「人聞きの悪いことを言うもんじゃない。手術を巧くやるのもすごく頭を使うんだ。そんで、狩野、お前は手術が巧い。ちゃんと頭を使っている証拠だ」
「……葦原先生に言われると嬉しいです」
「ただ、狩野は、術前評価が甘いところが課題だな。腹を痛がっている患者をとりあえず手術室に連れていけば、そこでなんとか巻き返せるだろうって発想は危険だ。あえて寝かせておくことが最善ということもある。外科の術前評価というのは、周術期アウトカムの最大値の見極めだ。ゆめゆめ疎かにしないように」
 手先の器用さだけで言えば、狩野が一番だが、それだといずれ頭打ちになる。定められた術式をパパッと履行するだけではなく、患者のアウトカムを守るために外科医の発想は常に柔軟でなければならない。外科医はなにを守ろうとしてメスを入れるのか──それがわかれば、もっと伸びるはずだ。切らずに生かすが医者の道、なのだ。
「狩野、Aキャリアを目指せ」
「はい。精進します」
 狩野にあとを任せて医局に戻ると、医局秘書から外線が入っていると言われて、代わってもらった。
「鷹羽です、葦原先生ですか」
 あまりの驚きに電話を持つ手が震えた。鷹羽先生だ!
「はっ、はい、葦原です。鷹羽先生、ご無沙汰しております!」
 電話先の鷹羽先生はどうやら笑っているようだった。鷹羽先生が戻ることは聞いていたが、こうして話すのはもう、何年ぶりだろう。
「元気そうでなによりだ。葦原先生が元気だと安心するな」
「それはこっちのセリフですよ。それに、水臭いですよ。葦原先生って誰ですか。葦原でいいです」
「そうか、じゃあ、葦原。いきなりですまないが、ちょっと面倒事を頼まれてくれるか」
「合点承知」
「HLPDが必要な患者さんがいる──第一助手(まえだち)を頼めないか」
「おほほ、

ですね。合点承知」
 鷹羽先生が大学にいた頃、難易度の高い手術を業物とか大業物と呼んでいたのを真似して言った。HLPDはHPDのさらに上の手術だ。これが()れるのは七刄会でも鷹羽先生くらいなものだ。
「じゃあ、来月、よろしく」
 鷹羽先生はまだ大学の所属ではないというので、手術は市民病院でやることになった。
「合点承知」
 諸々確認し、電話を終えたところに、久斯が病棟から戻ってきた。
「久斯、お前はラッキーだぞ──鷹羽先生の最上大業物が見られるぞ」
「鷹羽先生って誰ですか。最上大業物ってなんですか。気持ちが悪いですよ」
 無礼な久斯に言い聞かせるように、葦原は言った。
「鷹羽先生ってのはな──」
 鷹羽一誠。七刄会上医伯。86年七大医卒、93年七大院卒。中部班Sキャリア。次の七大医科研教授。
「七刄会一の超人(スーパーマン)さ」
 七刄会次期総裁の最有力候補が、戻ってくる──葦原は苦しいくらいの胸の高鳴りを抑えることができなかった。


 1月第4週──。
 腹腔鏡下横行結腸切除術──長野執刀、葦原第一助手、久斯第二助手──が無事に終わった日の夜、ダイニングバー『ワン・アイド・ドラゴン』で、葦原は心臓外科の同期、市島と酒を飲んでいた。
「助教授昇進、おめでとさん」
「サンキュー。でも、いまは准教授っていうんだよ」
「知ってる知ってる」
 市島は春から医学部講座助教授──正確には七州大学大学院医学系研究科外科病態学講座心臓外科学分野准教授──に昇進することが決定した。名実ともに心臓外科のナンバー2だ。そして、心臓外科は教授(ナンバーワン)が60歳を超えてそろそろ代替わりだ。
「そろそろ教授が退官という時期に、准教授昇進ということは、そういうことですか」
「わからんよ。前の助教授も有力候補だったが、この春から栃木国立大学の教授に

だしな」
 栄転という言葉がむなしく聞こえたのは、それがその前任者にとっても、これからそういう可能性のある市島にも本意とはいえないからだろう。
「贅沢な悩みじゃないですか、市島准教授。七大含めて、いずれ一国一城の主には変わりない」
 市島にとっては七大教授以外に正解はないとわかっていながら、葦原はそう言った。
「まあな。いま考えても仕方ないしな。そうだ、俺は次期七大教授候補様だ、飲むぞ」
 すっと人影が差し込んだ。
「遅れてすまん。市島、准教授昇進、おめでとさん」
「祢津、遅いぞ──って、お前も今度、准教授だろ」
 祢津が来た。市島が言うように、祢津もまた4月から准教授に昇進する。
「俺は鼻高々だよ。七大の准教授様おふたりとこうして酒が飲めてさ」
 祢津のグラスも届き、乾杯した。
「いいよな、お前たちは。教授になるっていう目標があってさ」
 葦原がそう言うと、市島と祢津は顔を見合わせた。
「葦原は手術ができれば幸せなんじゃないのか」
 二人して同じようなことを言ってきた。
「そうとだけ考えてきたけどよ。なあ、市島、祢津、教えてくれ。教授にならない医者たちはなにを目指してるんだ」
 教授になれない医者にキャリアなどない──日辻が言っていた言葉が最近、頭の中で駆け巡っている。
「そりゃ、お前、患者のためだけに働くんだろ」
 祢津と市島に異口同音にそう言われ、葦原はムッとした。医者として当たり前の話は同期同士ではしないものだ。
「お前たちが言うか? 出世街道驀進中のお前たちが!」
「だからだよ。普通の病院で手術だけしていられればどんだけ気が楽か。手術が終わったその日に家に帰って、家族の相手をして、その日のうちに寝たいよ」
 市島がそう言い、祢津も続けた。
「同感。家族よりも学部生の相手をして、患者よりも大学院生の面倒を見て、結論の出ない大学の会議に駆り出されて、学会委員会の仕事に振り回されて」
「そうそう。人の来ない市民公開講座に出張っていって、金にも業績にもならない和文記事を書かされてさ」
「外科とは言わない、せめて医者の仕事をさせてくれって、いつも思ってるよ」
 うなずきあう二人に葦原はあえて訊いてみた。
「そこまでして、教授になりたいものなのか?」
 市島がグラスの中を見つめながら言った。
「なりたいとか、なりたくないとかじゃない。気づいてみれば、教授にでもならないと割に合わない人生を歩んでいたってだけだ。いろんなものを犠牲にしてきた。家族にも我慢の掛け通しだ。教授になってはじめてプラマイゼロだ。ここまできて、その辺の病院の部長じゃあ、積み上げたキャリアになんの意味もなくなってしまう。大学でやることなすこと、診療も教育も研究も雑用も巡り巡って、教授席という椅子を担ぎ上げ、磨き上げることでしかない。そうと気づいて、心ある医者なら大学に愛想をつかすもんだろうが、俺は長年自分で担いで、磨きつづけてきたその椅子に座りたいんだ」
 祢津もうなずいて言った。
「俺も期待に沿いたいとは思ってるよ。医局のポストを使って給料付きで海外留学させてもらったし、帰国後も優先的に業績が挙げられるようにもしてもらってきたんだ。誰かを蹴落としたつもりはないが、背負わされているものには自覚的なつもりだ」
 無頼な市島や優等生の祢津の本心が聞けたのは嬉しかったが、その覚悟に葦原は今さらながら戦慄させられた。教授になって初めて自他ともに赦されると考えているのだ。葦原に彼らのような覚悟があっただろうか。それ以前に、キャリアに向き合うという自覚があっただろうか。ラクをしてきたつもりはないが、慣習的な七刄会キャリアの役割分担の中で、立場に甘えてきた面があることは否定できない。
「ま、出世競争は大人の青春なのさ。どうせやるなら、優勝を目指さないとな。準優勝、准教授じゃ、悔しいじゃないか」
 市島が大学医学部時代、東日本医学生体育大会バドミントン男子個人準優勝だったことを祢津が指摘して、古傷をえぐられたと市島が文句を言いながら盛り上がっているのを聞きながら、葦原は別のことを考えていた──祢津や市島はいずれはどこかの教授になる。なるほど、いま話したような愚痴や苦労も笑い話や武勇伝になる。医者として歩んできたキャリアが医者としての文脈で肯定されるのだ。
 葦原はグラスの中の液面にうっすらと映って揺れる自分の顔に問いかけた。
 教授になれない医者に物語はあるのか──。


 1月第5週──。
 肝右葉切除術──大和執刀、葦原第一助手、久斯第二助手──が無事に終了した。
 外科医局に戻ると机の上に封筒が届いていた。すぐにそれが辞令だとわかった。今年度末は3年1期の中部班人事改選期に当たる。医伯監会議の結果はすでに伝わってきていて、大学病院では牛尾が中部班診療准教授に昇格し、和田が同診療講師に選出された。一方で、学外病院に出た七刄会外科医の行き先は香盤表人事で既定路線だ。伊野ら学外出向副主任医長は大学病院に戻り診療医員、押切副部長は繰り上がりで外科部長、大和部長はみやぎ県北医療センター石巻病院外科部長になる。葦原は封筒を開けたが、自分のそれも、予想通りのものだった。

『辞令 七刄会医伯長 葦原 建命 殿
    宮城県医療機構みやぎ県北医療センター石巻病院外科副部長の業務に任ずる。
 発令 平成20年4月1日 七刄会総裁 外神悠也』

 学外病院から別の学外病院への辞令を受け取ってみて、初めて得心いったことがある。大学の教授には学外関連病院に対する人事権はない。それは当然、各病院の病院長が持っている。一方で、公然の秘密として、学外関連病院の人事は大学(教授と医局)が握っている。だからだ、この辞令には「七州大学」とは一言も書かれていない。「七刄会」という組織の中だけで通じる機微として処理されているわけだ。
「辞令か?」
 声をかけてきたのは大和部長だった。
「ええ。部長、先ほどはありがとうございました。勉強させていただきました」
 大和先生は七刄会中部班きっての肝切除の名手だ。とにかく出血が少ないし、病巣ギリギリのところまで切り込んでいくので、他院で手術不能(おてあげ)とされた症例もこなしてしまう。秘訣を訊いても教えてくれないが、意地悪なのではなく、自覚していないのだろう。外科医には巧い人と巧くなった人がいるが、巧い人はこんな感じだ。だから、外科医は盗む目が必要なのだ。これからもっと盗ませてもらおうと思った。
「そういえば、ブンイチはどうするんだ?」
「久斯ですか? どうって、東京に戻るんですよ」
「そうなのか? なんだかこのままお前についてきそうな感じだが。どうだ、東大卒の割にはちゃんと働くし、七刄会(うち)でこのまま使ってやったらどうだ。論文も書いてくれるし」
「いやいや、ご冗談を。久斯は東大で研究医になるんですよ」
「そうだったっけ」
「ええ。そんなことより──吉良先生の話、聞きましたか?」
 大和先生と同期同専の吉良先生はこの春から京大の教授になる。創立以来、さまざまな大学医学部に教室門下生を教授として輩出してきた七刄会の歴史の中でも、一番の大出世だ。
「おうよ。俺の医者人生で一番のサプライズだ。やってくれたよ、あいつは」
 大和先生は嬉しさと悔しさの混じった顔だ。医学部同期の出世はアドレナリンだ。
「よし。俺は石巻センターでもどんどんやるぞ。お前が鍵になるからな、頼むぞ」
「かしこまりました」
 葦原はもう一度、辞令に目を向けた。七刄会総裁のお名前がある。先日の話が本当なら、次の任地で3年経てばそれが新しいものに変わることになる。そして、自分が医局長になる──可能性がある。それはきっと出世話なのだが、降って湧いたようなもので、まるで現実味がなかった。


 2月第1週──。
 直腸低位前方切除術──長野執刀、葦原第一助手、久斯第二助手──が無事に終了した後、総合医局に戻ると、白神先生が何度か出入りしていた。驚くべきことに、手首と膝まで覆うほどの長白衣を着用していた──たまらず、声をかけた。
「白神先生、珍しい格好してますね」
「引っ越し作業で汚れるのが嫌でして」
 白神先生は恥ずかしそうな顔をした。
「それで白衣を──それにしても、もうですか?」
「ええ。濱野先生への引き継ぎも終わりましたし、大学からは早く来てくれと急かされておりましてね」
 白神先生はこの春から七州大学病院特命教授となり、いずれは医学部講座教授(フルプロフェッサー)にもなるのだ。
「お世話になりました。うちの医局の後期研修プランは白神先生のおかげです」
「お役に立てたようであれば、光栄です」
 医局原理主義的後期研修否定派から改悛した葦原をからかうこともなかった。
「そういえば、葦原先生は65年生まれの90年卒ですよね。私もそうですよ」
同齢(タメ)でしたか」
 同齢でも大学医学部や、研修医時代、医局の同期でない限り、

語にはならない。白神先生も別にそれを期待して言ったわけではなさそうだった。
「葦原先生は今後もこちらに?」
「私も年度末で異動です。今度は県北の方に移ります」
「医局人事というやつですか。今後、大学に戻られる予定は?」
 大学は「戻る」という表現をされる。医者にとっての本拠地が大学で、それ以外はすべて出向先だと思っているからだ。七大出身でない白神先生がそう言うのは意外だったが。
「いえ。後は定年までずっと外回りです」
「もったいないことです」
 そんな言葉が出てきたのも意外だった。白神先生はすっかり大学側の住人になってしまったのか──裏切られたような気分になった。
「我々は学外に出てからが本番ですから。それより、白神先生が大学に行くほうが意外です。アカデミアとは距離をとって、臨床第一でやっていくと思っていましたから」
「大学もまた臨床の現場ですから、私の中で矛盾はありません。そもそも帰国の際、医学部の講座を任せたいとお誘いいただいて、私は最初からそのつもりでこちらに来たんですから。内々に決まっていた聖馬可国際病院の総合診療科部長を断ってね」
「へえ、聖マカを蹴ってまで……あそこだって、医学部新設を目指してるんでしょ。そこで、いずれ教授という選択肢もあったのでは?」
「私はこの国に総合診療を根付かせたいのであって、いつともしれない医学部新設物語に付き合うつもりはありませんよ」
「ふうん……でも、最初から、偉くなるつもりだったんですね」
 少し嫌味を言ってしまったが、白神先生はアルカイックスマイルで応じた。
「葦原先生、私はなるだけ、なれるだけ偉くなりますよ。人間、己の信念のためには偉くなる責務がある。私は日本の医療には総合診療が絶対的に必要だと考えているのです。日本の医療レベルは世界有数なのに、これほど受療者の不満が多いのはなぜか──それは医療が臓器別診療だけに進化・特化してしまって、医療者と受療者との間に溝や隙間が多いからです。私はその架け橋となる総合診療を広めるためにならなんでもやります。呼ばれれば田舎の講演にでも行きますし、学術的業績にならないとわかっていても市販の書籍も書く。下世話なメディアに踊らされるとわかっていてもテレビに出て総合診療(ジェネラル・プラクティス)の言葉と理念を世の中に響かせてきます。大学に呼ばれることこそ本望だ。医学部学生に医療の根幹としての総合診療を教え込めるんですから」
 柔和な表情とは裏腹に、白神先生の確固たる覚悟が見えた。ぐうの音も出なかった。白神先生は時勢の勝ち馬という暴れ馬を必死で乗り回そうとしてきたのだ。
「どうやら、葦原先生はご自身のキャリアに満足されておられないようだ。医局人事で動かされて、不本意なのでは?」
「……臨床医にキャリアもなにもないですよ。目の前の診療に専念するだけです。医者は医局に自分のキャリアを委ねるくらいでちょうどいいんです。医者がみんな、生き馬の目を抜くようにキャリア競争をしたら、患者が置いてけぼりになってしまう。それに、私なんか手術しか能がない人間です。研究をしないと偉くはなれないのです。研究をしないで偉くなってはいけないのです」
「アメリカでは、研究(ピペット)ではなく手術(メス)の巧い外科医が偉くなるんです。教授の肩書の横に医学博士(PhD)がついてないのが普通ですよ。医者(MD)は患者を救ってなんぼです。患者の力になってきたかどうかが医者のキャリアそのものなんですよ」
 手術が巧くて教授になれるのか。それが本当ならアメリカはよい国なのかも知れない。
「うちに来ませんか? それなりの待遇はお約束しますよ。こう見えて、私は先生の腕を買っているつもりです」
「アメリカン・ジョークですか。俺は外科なんで遠慮しますよ」
「外科も内科も総合診療に包摂されるんですよ。専門性(スペシャリティ)の穴ぐらから一歩踏み出してみてはいかがですか」
「お気持ちだけ頂戴しておきます」
「ふふっ──また、お会いしましょう」
 握手を求められた。その手を握る前に、葦原は人差し指を立てて、ずっと抱いていた疑問をぶつけてみた。
「そうだ、白神先生──最後に一つ、いいですか?」
 白神先生の主催する各種セミナー、特にあのスパレジコンテスト優勝者の短期留学の費用などはどこから出ているのかわからずじまいだった。製薬会社などのスポンサーはついていなかったはずだ。なにかよいやり口があるなら、七刄会の後期研修にも取り入れたいところであった──白神先生は苦笑して言った。
「自腹ですよ。出版の印税やら講演会の報酬やら全部それで持っていかれて、おかげでいつもすっからかんです。妻にはいつも言われていますよ、医者と結婚したのに、こんなはずじゃなかった、結婚詐欺だってね」
 葦原はその手を両手で握って本心から言った。
「おみそれしました」
 そうして、白神先生はせんだい市民病院から去っていった。


 2月第2週──。
 肝葉・肝十二指腸間膜・膵頭十二指腸切除術(HLPD)──鷹羽執刀、葦原第一助手、伊野第二助手、久斯第三助手──が市民病院外科で行われた。HPDの更に上をいく超過大侵襲手術であることもそうだが、適応となる症例も執刀できる医者も極端に限られるとあって、大学や近隣病院からも見学者がたくさん訪れた(楡井はビデオ撮影していた)。事前に鷹羽先生と入念な打ち合わせをしていたこともあり、手術は流れるように進行し、夕方に無事に終わった。
「鷹羽先生、お見事でした」
「いやいや、毎度のことながら、葦原のおかげだ。相変わらずだな」
「またまた」
 滅菌ガウンを脱ぎながらねぎらいあったが、HLPDを8時間で終わらせるというのは化物というよりほかはない。この3年間、大学を離れていたとは到底思えないくらいだった。鷹羽先生の復帰復活を医局内外に証明するのにふさわしい手術となった。
「春からは大学ですね、鷹羽先生」
「ああ。医科研にいる。またいろいろと頼む」
 鷹羽先生は今日一晩、患者に付き添うとのことで、集中治療室近くの医師控室を案内した。大手術終了後の外科医には孤独が必要だから、葦原もそれを止めはせず、解散となった。
「久斯もおつかれさん」
 総合医局に戻る道すがら、久斯をねぎらった。
「いやー、巧い方でしたね」
「おっ、わかるか」
「ええ。それに、なんだかいかにも教授になるよって感じの人ですね」
「おっ、それも、わかるか」
 そう、鷹羽先生を見れば、誰もがこの人は偉くなっていく人だと思うだろう。
「年次総会ではお見かけしたことがなかったように思いますが、こういう医者を隠し持っていたとは……七刄会は層が厚いですねえ」
「いなかった人にも気づくのか。目ざとい以上のものがあるな、お前さん」
 鷹羽先生は故あって医局を離れていた。その理由は公表されていない。そうなったときに真田先生も理由は言わなかったから、葦原も訊きはしなかった。目上の人間のプライベートなど知る必要はない。鷹羽先生は今、こうして戻ってきた。目下の人間にとっては、こういう人が医学医療の最前線にいるなら、それでよいのだ。
「葦原先生もいい線いってそうなんですがねえ」
「お前、相当疲れてるな。もうあがれ」
 葦原も帰宅し、早々に床についた。鷹羽先生が泊まりで患者に付いている以上、自分だけ枕を高くして寝てはいられないというのもあるのだろうが、久々の最上大業物の達成感と疲労感も、葦原を快眠にいざなってはくれなかった。
 鷹羽先生が戻ってきた。七刄会中部班SSS(トリプルエス)キャリアの鷹羽先生が戻ってきた。大本命が戻ってきた。今日の手術を見て、葦原も実感した──鷹羽先生が七刄会次期総裁候補として戻ってきた。すでに研究業績とアカデミックキャリアが十二分にあり、なおかつ手術の技量も申し分のない鷹羽先生が戻ってきてしまった。
 数年前まで、鷹羽先生とともに大学で手術をしていた頃には感じることのなかった胸のざわめきに、葦原はその晩、まんじりともできなかった。


 2月第3週──。
 鼠径ヘルニア根治術──久斯執刀、葦原第一助手、長野第二助手──が無事に終わった。外科ビギナー手術の1つとはいえ、この手術は存外難しい。腸管の嵌頓がなければ命に関わる病状ではないものの、腹部筋膜の構造を根本的に理解できていないと手術時に苦労する。
「久斯、よくできてたな。ちゃんと勉強していたな」
「長野先生にわかりやすく教えていただいてましたので」
「そうか、長野もグッジョブだな」
 久斯は患者と一緒に病棟に戻った。葦原が更衣室で着替えていると長野も来た。
「長野、サンキューな」
 事前の指導もさることながら、今日の介助もよかった。長野はよい指導医になれるだろう。
「葦原先生、ブンイチのやつ、うちに入れたらどうですか?」
「ん? なんでだよ、久斯は東大で研究医になるんだぞ」
「本当ですかね。でも、七刄会(うち)で外科をやりながら、研究もできるでしょうし」
「研究やるなら基礎一択だろ。いたずらに臨床に振り回されることなく、研究室(ラボ)で論文を量産したほうがいいさ。それが久斯の辿るべきキャリアだ」
「ですかね」
 そう言って、長野は引き下がった。久斯のことはどうでもよいが、長野はこの、あっさりしているところが物足りない。
「長野も、大学に戻っても、伊野、狩野に負けないように頑張るんだぞ。長野も学位論文は全米外科医学会誌(JASA)に載ったんだろ。俺と同じ、JASA仲間なんだから」
「それは光栄ですが、俺はミスなくやっていければいいです」
「長野は勘違いしているな。手術は常に最高を目指さないとノーミスは得られないぞ」
 長野は、狩野と反対で、様子を見すぎるきらいがある。切らずに治せるならそれに越したことはないが、切らなければ治せないなら、なるだけ速いほうがよい。切らずに死なすは医者の罪、なのだ。長野はもう、誰かが用意してくれた安全を確認した上で動き出すのから、指導者として自分で率先して誰かの安全を作ってやるところに踏み出していく時期に来ている──その辺の機微を説明してやると、長野は納得いったように、大きくうなずいた。
「……俺、考えを改めます。葦原先生みたいな外科医になれるようにがんばります」
「後手に回るなよ、長野。Aキャリアを目指せ」
 長野はもっと伸びる。こういう外科医が明日の七刄会を担うのだ。


 2月第4週──。
 腹腔鏡下胆嚢摘出術(ラパタン)──藤堂執刀、葦原第一助手、久斯第二助手──の準備が始まっている。この手術の七刄会先達者(パイオニア)である藤堂先生の手術に入れたことは、将来研究医になる久斯にもきっとよい思い出になる──と思っていたのだったが、久斯が滅菌ドレープをかけ終わるやいなや、藤堂先生は久斯に執刀するように言った。
「よろしいんですか、藤堂先生」
「ああ。滅菌ドレープのかけ方ひとつで、ちゃんと勉強しているかわかる。やらせよう」
 そのセリフで葦原は10年前にタイムスリップしたような気持ちになった。同じことを葦原も言われて、以後、その執刀を任されるようになったのだった。
「よかったな、久斯──ほら、動け」
 そうして久斯が腹腔鏡下胆嚢摘出術の執刀を開始した。藤堂先生が操作鉗子の使い方を丁寧に教えながら、また、いつ開腹になっても即応できるようにスタンバイしながらではあったが、無事に終わった。
 術後、葦原は副院長室にお邪魔して、七刄会後期研修プラン改め「七大グランドサージャリー」について話した。
「……という取り組みをスタートする予定です」
 最後まで話し終えると、藤堂先生はうなずいた。
「そういう時代ということだな」
「ええ──しかし、最終目標は入局者の確保には違いありません。俺はいっそ、この後期研修を通じて外科志望者をみんな七刄会に入れるくらいの気持ちです」
「それがいいな。七州のメスはすべて七刄会から発するだ──期待しているぞ、葦原」
「はい、ありがとうございます」
「ところで、今年はたくさん入局するようだが、さっきのあれも入れてだったか?」
「久斯ですか? 彼は東大卒研究医志望なので、東大に戻って研究します」
「あれは見込みがあるぞ。ピペットよりメスだろう」
「うーん、彼はピペットでもメスでもなく、パソコンで論文(ペーパー)ばっかり書いてます」
「七大外科は旧帝大外科学教室の中でも随一だ。東大でも九大でも入れてやればいい。東大卒に七大のメスをもたせてやれば、鬼に金棒じゃないか」
「はあ。しかし、彼はもう、大学院は卒業してますからね」
「そうか──」
 失礼だとは思いつつも、葦原は咳払いをして話を変えた。七刄会後期研修については藤堂先生のお墨付きをもらえたようだが、葦原が肩の荷を下ろすのはまだだった。元はと言えば、この入局者確保は──その重要性については骨身に感電するほどに理解したつもりだが──雷神藤堂と風神伏見の競争が背景にあったのではないか。
「ところで、藤堂先生のお次は……?」
 さすがにもう、どこの病院長になるかくらいは内々には決まっているはずなのだが、藤堂先生の来期の行き先は大和先生あたりからも聞こえてくることはなかった。万が一それがなかったとしたら、上司にここで定年後の花道を用意できなかった葦原らの責任だ。
「リベリアだ」
「リベリア……?」
「アフリカの西側だ」
「アフリカ? アフリカに七刄会の関連病院ありましたっけ!?
 藤堂先生は大笑いした。
「あるわけないだろ。海外で医療支援をやるのが夢だったんだ。なまじ役職がつくと、途中で香盤表を抜けるわけにはいかないからな、この年まで日本から出られなかった」
 あまりに意外すぎる話で、葦原はどう言ってわからなかった。
「えー……そうだったんですか。えー……どこか市内の病院の院長になるものだと」
「管理職に興味はない。伏見の見栄っ張りはそういうのが好きだろうが、俺は外科医だ」
 自分が恥ずかしくなった。藤堂先生は私欲ではなく、医局のために若手医師を確保しようとしていただけだった。
「藤堂先生、もうしわけありません。私は大変な思い違いをしておりました。藤堂先生があまりに入局者確保に熱心だったので、私はてっきり、なんていうか……」
「定年後の天下り先確保に必死とでも思ったか? 大和あたりのバカが考えそうなことだ」
「ははは……」
 大和先生のニヤリ顔が浮かんだ──あれでいつも混乱させられている気がする。
「入局者確保に熱心なのは医局員として当たり前だろう。医局ってのは若いのがたくさん入れば、それだけでうまくいく。いい医局になる。教授でも医局長でもなく、医局員が医局を作るんだ。葦原、それを忘れるなよ」
「はい」
「もう時効だろうが、真田が心配していた。あれは3年前だったか、お前が学外に出たからよく見てやってくれって。ふてくされて辞めたりしないようにってな」
「真田先生が……」
「土産のつもりか、七電病院長ポストの話まで持ってきたんだぞ。そっちの方は断ったがな」
 ずっと、面倒を見てもらっていたのか──ますます、自分が小さく思われた。
「もう、お役御免だろ」
「あっ、はい。辞めようなどとは思っておりません」
「よし。俺は定年までやりきった。あとは任せる。そうだな、アフリカに七刄会関連病院を作って、そこの病院長にでもなるか。そうしたら、葦原を外科部長に呼んでやろう」
「えー、生まれも育ちも七州仙台で暑いのが苦手ですし、七州仙台で手術しかしてこなかったので、アフリカでお役に立てるかどうか……」
「医者は身一つでなにができるかだ。先進国で、お膳立てされた手術をきっちりこなすのは当然だ」
「肝に銘じます」
 そう言って、藤堂先生は笑った。呵々大笑する雷さまは直視するにはあまりに眩しすぎて、葦原は視線をそらした──その先に、赤い

が目に留まった。
「藤堂先生、あれって、もしかして──」
「今年は辞令の代わりか、外神総裁から直接あれが贈られてきた」
「わあ、はじめて見ました。本当にもらえるんですね」
 医局奉職30年・定年の記念に七刄会医局員に贈られるとされる七刄会伝説の赤いちゃんちゃんこだった。教授になったもの、開業したもの、途中で医局から離脱したものはもらえない。キャリアを勤務医として医局に捧げたものだけがもらえるのである。
 灼熱の大地に不似合いな赤いちゃんちゃんこ姿で一所懸命に働く藤堂先生の姿が浮かんだ。
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©INOMATA FICTION 2019-2020
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登場人物紹介

葦原建命(あしはら・たてる)

 七刄会医伯正

 七州大学病院外科診療助手(中部班)

久斯創(くし・つくる)

 せんだい市民病院「アラサー」初期研修医

 論文モンスター

 

真田善次(さなだ・ぜんじ)

 七刄会医伯総監

 七州大学病院外科特命教授

 七州大学医学部外科学講座医局長

藤堂壮平(とうどう・そうへい)

 七刄会医伯監

 元七州大学病院外科診療助教授・中部班最高執刀責任者

 せんだい市民病院副院長

 「雷神藤堂」「七刄会ラパ胆のパイオニア」

大和達郎(やまと・たつろう)

 七刄会医伯監

 元七州大学病院外科診療助教授・中部班最高執刀責任者

 せんだい市民病院外科部長

 「肝臓手術の名手」

押切慶二(おしきり・けいじ)

 七刄会医伯監

 元七州大学病院外科診療助教授・中部班最高執刀責任者

 せんだい市民病院外科副部長

 「七刄会PD最速」

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