7 激しい雨

文字数 7,568文字

 さすがにこれ以上進むのはまずいと――今さらながら――思ったのか、ホルンフェルス王国軍の竜討伐部隊の侵攻は、ちょうど森の中間地点に到達する手前でいったんの小休止に入った。
 自分たちが切り拓いた新たな道をさかのぼって、大勢の兵士や解体業者を乗せた軍用車と、手足の生えた巨塔のごときカセドらたちは、ぞろぞろと祖国へ引き揚げていった。
 彼らが去った跡には、血の海が残された。
 森は、逃げ惑う天秤竜たちの悲しみと恐怖で満たされた。
 谷底で家財を焼いてから十日ほど経過した頃には、わたしたちの家の周囲の巣穴も、一つ残らずからっぽになった。何度か雨も降って、竜たちの暮らした痕跡と残り香さえ、もうほとんど消え去ってしまった。
 潮時だった。
 結局わたしたちは、ここからいちばん近い都市であるタヒナータへ移ることを決定した。とても心苦しく、そして心許(こころもと)ない決断だった。なにしろ、再び人間たちの世界に紛れ込もうというのだから。
 けれどわたしたちには、現実的に言って、他に選択の余地が残されていなかったのだ。
 クレー老師の病状は、もうわたしたちの手に負えないところまで及ぼうとしていた。
 老師は意識を取り戻すたびに、決して口にしてはいけない指示をわたしたちに与えた。
 当然、わたしたちはそれを聞き入れなかった。万が一にでも彼の苦しみを癒し、命を永らえさせる可能性があるのなら、精一杯それに尽力しよう――それが二人の孫とわたしが、心に定めた意志だった。
 要するにわたしたちは、彼を医者に診てもらうことに決めたのだった。もちろん、人間の医者に。
 その一方で、新居探しは難航した。なぜならわたしたちは、人の世で通用する身分証の(たぐい)のものなど、ただの一つも所持していなかったから。
 人間たちにとって、わたしたち一家は文字どおりの意味で完全な異分子であり、社会的に実在していないにも等しい存在だった。まともな不動産屋には相手にしてもらえないのはわかりきっていた。そのため、わたしとルータは二人で(幼く見られがちのイサクには留守番をしてもらった)、いわゆる都市の裏通り――人には言えないさまざまな事情を抱えた、いわくつきの人や物が集まる界隈――を、慎重に当たった。その都度、名前を変え、風貌を変え、口調や態度さえ変えながら、わたしたちは身を落ち着けられる場所を探しまわった。あとから問題や面倒事が持ち上がって揉めたりするようなことがないように、偽った素性に関すること以外の事情は、尋ねられるがままなるべく正直に、仲介業者や斡旋(あっせん)者たちに話をした。
 しかし、重い病を患った家族がいる、医者を定期的に呼ぶことになる、と打ち明けると、彼らの大半は、すぐさま判で押したみたいに「他を当たってくれ」と返した。なかには医者の斡旋と紹介まで請け負ってくれる商魂たくましい業者もいたけど、さすがにそれはこっちから願い下げだった。せめて医者だけは、表通りで腕を振るう人に頼みたい。
 こうなったら、どこかの宿を借りることにしようか、という話にも当然なった。たしかに、それは当面において最もまともな案に思えなくもなかった。気兼ねなく医者を部屋に呼ぶこともできるし、さして詳細に身許を証明する必要もない。
 けれど、ここでもやはり、問題はわたしたちの外見(そとみ)にあった。
 だって、考えてもみてほしい。
 自分の力では歩けないほど高齢の病人が一人と、どこからどう見ても十代にしか見えない少年少女が三人。そんな面子(めんつ)で何日間も、あるいは何週間も、学校や病院へも行かず連泊し続けるという状況の異様さを。きっとまた疑惑の目を向けられ、最後には警察を伴った支配人が扉をノックしてくる羽目になるに決まってる。
 最低限の家財と、雀の涙ほどの各人の私物だけが手許に残され、すっかりがらんどうになってしまった石の塔で、わたしたちは身を寄せあい途方に暮れた。
 日を追うごとに冬は深まり、空気は肌を刺すほど冷たくなっていった。
 例年にはあまりなかったことだけど、このあたり一帯の気象もなかなか安定しなくて、まるで夏の初め頃に見られるような激しい雨が、数日おきに森の上空を横断していった。これなら雪や吹雪の方がましだと思えるような、(みぞれ)混じりのじっとりとした雨だった。
 それに、大気中に(しずく)の乱舞と雨音の響きが充溢(じゅういつ)する状況は、妖精郷探索隊の動向を探る妨げにもなった。
 クレー老師を看病しながら、そしてたびたび街を訪れて家探しに明け暮れながら、その合間(あいま)にもわたしたちはできる限り彼らの行方に目を光らせていた。
 彼らは、まだ森にいた。
 そろそろ食料や燃料の備蓄も尽きて一時帰還する頃合だろうと予想したのだけど、思ったよりもずっとしぶとい人たちみたいだった。おそらくはもう、天秤竜の出没しない森に慣れてしまったのだろう。日が進むごとに、彼らの行動範囲は順当に速やかに拡大していった。見るからに名家の出身とおぼしき例の金髪の隊長を筆頭に、隊員のなかには多少なりと顕術を扱うことのできる者が何人かいるようだった。ちょっとした倒木や岩や(やぶ)などは、容易(たやす)く取り除かれた。
 正直に言うと、わたしは、人間たちにわたしたちの住処が発見される可能性はそれほど高くはないんじゃないかと、()めてかかっていた。実在するのかどうかもわからない秘境を見つけ出そうなんていう、愚かしくも頼りない動機一つのために、この峻厳な難所を越えて深部まで辿り着くなんてこと、そうそうできっこないだろうと。
 でも、彼らは越えてきた。そして辿り着いた。
 もちろんその前にはすでに、わたしたちは全員で家を出ていた。
 といっても、彼らがここに到達した現場を、わたしたちの誰かが直接見たわけではなかった。彼らの足が本当にわたしたちの家があった場所にまで及んでいたという事実を知るのは、その後しばらく経ってからのことだった。


 (こよみ)の上では11番目の月にあたる〈メヴォの月〉、その最後の週の最初の日の、真夜中のことだった。
 わたしたちは四人みんなで、森の家の居間にいた。
 簡単な夕食を終えたあと、クレー老師が眠っているベッドの脇の床に(じか)に座り込んで――というのも、テーブルや椅子はすでに処分してしまっていたから――、ルータとイサクとわたしは互いの額を突き合わせ、新居の候補を記した一枚の紙切れを見おろしていた。
 絨毯も()ぎ取ってしまったあとだったので、石肌の剥き出しになった部屋は、いかにも寒々しかった。それでも、熱と蒸気だけは絶やすわけにいかなかったから、暖炉()わりの(かまど)にはたっぷりと火がくべられ、湯を張った鍋がことことと音を立てていた。それ以外の明かりといえば、わたしたちの眼下に置かれた一本の燭台だけだ。窓の鎧戸は光が漏れないように全部ぴったり閉じてある。石の壁に、身を縮こめるわたしたちの影が、まるで行く当てを失った亡霊のように揺らめいていた。
 うっすらと白い息を吐きながら、わたしたちはそれぞれの体をセーターやらマフラーやらローブやらで包んでいた。ルータとイサクは、よく似た柄物(がらもの)の毛糸帽子をかぶっていた。火のそばで寝ている老師もおなじようなものをかぶっている。どれも、わたしが今年の新年のお祝いでみんなに贈った品だ。今年もまた、何度もこの家で迎えてきたとおりの、静かで穏やかでなんにも起こらないお正月を、ここにいるみんなで過ごしたものだった。その時には、まさかこんなふうに切迫する日がやって来るなんて、夢にも思っていなかった。
 風にみしみしと揺さぶられる暗い塔のなかで、わたしたちはしばらく前から口をつぐみっぱなしだった。というのも、もうとっくの昔に引っ越し先を決めて移動を開始しておいてしかるべき頃だというのに、依然としてわたしたちは煮え切らずにいたからだ。
 でもそれは、無理もないことだった。
 率直に言って、わたしたちの誰もが、ここに列挙された転居先の環境について納得していない――どころか、不満と、気味の悪さと、嫌な予感しか、抱いていなかった。建物の劣悪な状態、立地のいかがわしさ、近隣住人の性質、そしてそもそも、その住居を斡旋する業者や仲介人たちへの不信感……。すんなりと契約書に署名する気になれない理由は、それこそ両腕を肩が外れるまで広げたって抱えきれないほど、たくさんあった。
「……どうすんの」
 座布団の代わりに床に敷いたリュックサックの上で、居心地悪そうににお尻をもぞもぞと動かしながら、イサクが誰にともなくたずねた。
「もうこうなったら、くじ引きで決めようか」
 ルータが鼻をすすって自嘲気味に言った。彼はどうしても手放せなかった何冊かの愛読書を重ねて、それに申し訳なさそうにちょこんと腰かけている。
「それもいいかもしれないね」画材や服ばかりが詰めてある平らな旅行鞄の上に正座して、わたしは皮肉っぽく微笑した。「どこに当たったって、おなじくらい酷いんだし」
 三人でため息をついた。
 少し経って、手にした鉛筆をくるりと回しながら、ルータが口を開いた。
「……仕方ない。それじゃ明日、もう一度だけ街に行っ――」
 この時、塔の外でなにかの物音がした。
 わたしたちは反射的に立ち上がった。
 互いに申し合わせたように口を閉ざして、聴覚に意識を集中させた。
 音に続きはなかった。
 最初に発生した音で、打ち止めだった。
「なんだろう」わたしは眉をひそめた。あまり耳馴染みのない響きだった。
「竜かな」イサクが首をかしげた。
 言われてみればたしかに、それは天秤竜の咆哮――滅多に声を上げることはない生き物だけれど――に、似ていなくもなかった。
 だけど、そんなはずはない。
 この近辺の竜たちは、もうみんな東の方へ集団移動してしまったあとだったし、仮にまだ留まって生存している個体がいるとしても、外敵が不在となっている今の状況下では、とくに吠えるべき理由もないはずだから。
 ……じゃあ、まさかあの妖精郷探索隊の人たちが、たまさか残存していた竜と遭遇し、交戦してでもいるのだろうか?
 いや、やはりそれもありえない。いくら銃火器の力や人間に扱える範疇(はんちゅう)の顕術で立ち向かったところで、あの頑強な巨体と(つの)を誇る天秤竜を生身で(おびや)かすなんてこと、できるはずがない。それにもしそういう状況が持ち上がっていたとしたら、まず間違いなく派手な戦闘の音が続いているはずだもの。
 ちらりと玄関の方へルータが目をやり、そちらに向かって足を踏み出そうとした。
 わたしはさっと手を伸ばして彼を止めた。そして早口で言った。
「わたしが見てくる。ルータとイサクは、荷物をまとめておいて。それと、老師の支度も」
「平気?」イサクが不安げにわたしを見上げた。
「大丈夫。これ、お願いね」わたしは足もとの鞄を指して言った。
「気をつけて」ルータがかぶっていた帽子を脱いでわたしの頭にかぶせた。「なにかあったらすぐ戻るんだよ」
「うん」
 わたしはうなずき、帽子をより深くかぶり直すと、玄関の錠を外して扉を少しだけ開き、その隙間から外へ滑り出た。
 思っていた以上に暗かった。
 というのも、空は満遍(まんべん)なく分厚い雲に覆われていて、月も星もまったく見えなかったから。
 風は強く、四方八方に広がる無限の木の葉が、枝にしがみつくようにしてびしびしと震えていた。あたりには、雨か雪かの予兆の香りが立ち込めている。嫌な夜だった。
 わたしは帽子の両脇から垂れている毛糸の(ひも)を顎の下で結び、一瞬のうちに上空まで飛び上がった。
 眼下に広がる黒々とした森を一望して、わたしはじっくりと目を凝らした。音のした方角は漠然と把握できていたから、主にそちらの方へ顔を向けて。それから水平に飛行しながら、地上の様子を探って回った。
 とにかく暗くて、生き物たちの気配もまるで感じられないので、わたしはなにかを見つけられる自信なんかほとんど抱けずにいた。
 しかし予想に反して、それはあっけなく視界に飛び込んできた。
 地面から隆起した小高い岩山の一つが、土砂崩れを起こしていた。
 わたしたちの家を囲む、連続する切り立った土壁の一部が、ちょうどスプーンでプリンを(すく)った跡みたいに、ごっそりと削ぎ落とされている。足場を失ったいくつもの樹木が折り重なって倒れ込み、砕けて流れた地肌からは、絡まりあう大蛇の一団のような根が露わになっている。その麓にあったはずの天秤竜の巣穴は、どろどろとした赤黒い土と泥水に覆われて、完全に埋もれてしまったようだ。
 きっと、このところ繰り返し降った雨水が地中に溜まっていたのだろう。そうしょっちゅうあることでもないけれど、さしてめずらしい現象というわけでもない。わたしは胸を撫で下ろした。人間の仕業(しわざ)により生じた物音ではなかった。
 それでもせっかく出てきたのだから、一応きちんと現場の状態を見届けて帰ろうと思い立ち、わたしはそろそろと降下していった。
 その時点では、まだ雨は降り出していなかった。
 そして、それは本当に幸運なことだった。目も耳も、それに()き乱されずにすんだのだから。もし降り出していたなら、気付けなかったはずだ――その極々(ごくごく)微細な羽の振動音と、子鼠(こねずみ)のように小さな体が空を横切る残像に。
 わたしはぎょっとして身を硬くし、まるで空中にぽっかり開いた落とし穴に転がり込むみたいな格好で、一気に高度を下げた。
 月のない夜でよかった。でなければ、ローブの裾がはためいて月光を反射し、彼女の視界をかすめていたかもしれなかったから。
 わたしはすぐさま、びっしりと茂る枝葉のあいだに身を潜めた。そして、土砂崩れのあった場所を飛びまわっている一人のアトマ族の姿に、両目の焦点をぴたりと合わせた。
 彼女は一人だった。まわりに仲間や連れはいない。
 アトマはみんな実年齢より若く見えるものだけれど、雰囲気や顔つきから推定するに、年の頃はたぶん30に達しないあたり。やはり彼女たちの種族が全員そうであるように、せいぜいワインの瓶の半分ほどの背丈しか持ち合わせていない。でもその体つきは見事なまでに豊満で、全身の規格の小ささを忘れてしまいそうなほど官能的な印象を抱かせる。塗料で塗ったみたいに鮮やかな黄色の波打つ長髪を、頭の上で一つに束ねている。きりっとした吊り目をしていて、一瞬だけはっきり見えた長い睫毛(まつげ)は、まるで小麦の穂先のようにばしばしと突き出ていた。口は大きく、唇はふくよかで、頬は下手な化粧を施したように(あか)らんでいる。それに、背中の二枚の羽の揺れ方にも、どことなくもつれるような不自然さが見受けられる。たぶん、酔っぱらってる。
 わたしは樹木と一体化するように全身を静止させ、気配を完全に消し去った。だいぶ距離が開いているし、風は強くやかましいし、なにしろ暗いし、向こうはお酒も入ってる。いくら彼女たちがイーノや発顕因子(はっけんいんし)の感知を得意としているといっても、きっとこちらには気づくまい。現に、彼女の額から生えている二本の触角は、まるでやる気のない交通整備員の振る警棒のように、ただわけもなくぶらぶらと揺らされるばかりだ。緊張感なんか、欠片(かけら)もない。
 崩れ落ちた岩山の付近をうろつきながら、彼女はとことん面白くなさそうに、その場をのろのろと一巡りした。たぶんわたしとおなじように、大きな物音を聴きつけて様子を見に来たのだろう――妖精郷探索隊の野営地から。
 彼女は一般的なアトマ族の人たちが好んで着るような自然素材の衣装ではなく、青紫色の仕立ての良い士官服のような衣服を、わざと着崩して身にまとっていた。
 ルータが詳しく伝えてくれた探索隊の目撃談には、アトマ族なんてただの一度も登場していなかったし、まさかあの注意深い彼が、あれほど目立つ存在を見落としていたなんてことは考えられない。とすれば、彼女は後から合流したのだろう――おそらくは、イーノの波動探知と上空からの偵察を兼ねる特別要員として。
 いったいどういった事情でアトマ族が人間の軍隊なんかに協力しているのか知りようもないけれど、ただはっきり言えるのは、夜闇のなかでもそれとわかるほど鮮明なあの青紫の軍服は、決して冗談なんかで身に着けられるものではないということ。あれはまぎれもなく、ホルンフェルス王国軍に所属する者だけが袖を通すことを許された衣装だ。わたしの当惑は尽きなかった。人間の政治的な活動に(くみ)しないというアトマ族の伝統は、いったいどこへいってしまったのだろう。老師がおっしゃるとおり、こうした古来から続いてきた社会通念も、時代の推移と共に変化していくものなのだろうか……。
 一通り見てまわって、物音の発生源がただの自然現象にすぎなかったという事実を確認すると、彼女は特大のあくびをしながら、うんざり顔で空高くへと舞い上がっていった。
 わたしは指の一本も動かさないまま、じっと彼女の動向を目で追った。
 そうして顔を天に向けたその瞬間、わたしの鼻のてっぺんに、一粒の水滴が落ちた。
 ごろ、ごろ、と、あたりの様子をこっそり(うかが)う臆病な獣のように控えめに、頭上の暗雲が喉を震わせ始めた。
 アトマ族の女性は、舌打ちをした――したと思う。
 小隊の探索経路の安全をたしかめる役割も負っているはずの彼女は、そのまま周囲の状況を検分するつもりでいたのだろう。でもついに降り出した雨が、彼女の意気をきれいさっぱり(くじ)いた。(べに)色の頬や大胆にはだけた胸もとに、ぽつぽつと雨粒が落ちる。彼女は自分を抱きしめて身震いすると、一目散にどこかへ飛び去ってしまった。
 わたしは彼女の気配が完全に消失してしまうまで待ってから、次第に勢いを増す雨のなかを全速力で家まで飛んで帰った。
 飛びながら考えた――あの土砂崩れの音を耳にしたということは、ここからそれほど遠く離れていない地点に、彼女の仲間たちが潜伏しているということだ。
 ここは未開の森で、冬で、夜で、雨だって降り始めた。人の身では、たとえ竜たちの脅威がなくたって、今から動くことが危険であるのは自明のことだ。今夜じゅうに彼らが活動を再開することはあるまい。危惧すべきは、明日、陽が昇ってからの彼らの動向だ。前の晩にきちんと調査することができなかった土砂崩れの現場を、羽を持つあの小さな女性は、もしかしたらもう一度確認しに戻るかもしれない。そしてその途中で、わたしたちの家を見つけ出してしまうかもしれない。毎日変わり映えのしない暗鬱な景色ばかり眺めてきた男たちが、あからさまに人工的なものとわかる建造物を発見したなら、きっと嬉々(きき)として根掘り葉掘り暴いてしまうことだろう。
 わたしは飛びながら下唇を噛みしめ、無性に腹が立つのと同時に、なぜだか涙が込み上げてくる衝動を必死に抑えながら、脇目もふらず家の玄関へ飛び込んだ。
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登場人物紹介

◆リディア


≫『独唱編』シリーズの主人公/語り部。人に見えて人に非ざる、ある謎深き一族の末裔。数少ない同族の生き残りであるルータたちと共に、広大な森の奥地に隠遁している。絵を描くことがなにより好き。

◆ルータ


≫リディアとおなじく、現生人類とは異なる神話的な一族の末裔。穏やかで飾らない人柄だが、責任感は誰より強い。大変な読書家。

◆イサク


≫ルータの実妹。リディアとは物心つく前からの親友どうし。かなりの人間嫌いで普段の言動も素っ気ないが、動物や自然を愛する心はとても深い。共に暮らす祖父の身を常に案じている。

◆テンシュテット・レノックス


≫ホルンフェルス王国の名家レノックス家の長子。〈想河騎士団〉副団長の立場にあるが、国王の命を受けてある調査隊の長を兼任する。子供のように穢れなき心の持ち主で、古代神話の謎を解明するのが積年の夢。

◆ヤッシャ・レーヴェンイェルム


≫ホルンフェルス王国軍人。平時は一個精鋭歩兵部隊を指揮するが、現在はある調査隊の副長を兼務する。家柄も発顕因子も持たない身でありながら、その傑出した実力と戦歴の故に国王の寵愛さえ受ける。

◆〈アルマンド〉


≫三年ほど前にホルンフェルス王国が建造に成功した、史上初の完成体カセドラ。同国軍の主力量産型巨兵として、また現世界最強の巨兵として、広くその名を知られている。

◆〈ラルゲット〉


≫コランダム公国が隣国ホルンフェルス王国の〈アルマンド〉に対抗すべく製造した、主力量産型カセドラ。運用が開始されてからまだ日が浅い。

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