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文字数 2,617文字

……ディ……フレ……――フレディ!
うおぁあ!?
 突然の寒気に、俺は奇声を発して飛び上がった。
あぎゃッ!
ガツン、と嫌な鈍い音。後頭部に鈍い痛み。ベッドから落ちたと気付くのに三秒はかかった。
いってえ……頭……
俺が頭をさすりながら顔を上げると、
もー、なーにしてるんですか

 そこには白髪のイケメン――同居人の一人、アルカード卿(通称アルさん)の顔があった。事態を飲み込んだ俺は、枕元に置いてあったスマホで時間を確認した。




 時刻は十一時三分。ああ、そりゃアルさんが起こしに来る訳だ。久々の朝寝坊だもんな。……と、ぼんやり考えている俺の額に指を押し当て、アルさんは言った。

心身の健康を保つのに睡眠は確かに重要です。しかし、それは規則正しければこそ! 不規則に、睡眠時間の短い日と長い日とを繰り返してたらダメなんですよ!
……ああ、ハイハイ
ハイは一回!
はぁーい
伸ばさないの! もー、起きて来ないんで心配したんですからねー!
はは、ごめんごめんって
もー!

アルさんはブチブチ言いながら、ベッド脇の小机に置いてあった包帯を俺に手渡してきた。

朝ごはんはもう片付けちゃいましたよ。というか、ルドルフとジェンが食べちゃいました。十時のおやつは残してあるから、もし食べるようなら冷蔵庫の三段目ね。
はいよ、どうも

アルさんとはもういい加減長い付き合いなので流石に慣れたが、いやはやそれにしてもお節介なことオカンのごとしである。……いや、アルさん男だし、俺には母親いないし、実際のオカンがどうなんだかよく分からないけど。

顔を上げると、アルさんの姿はもう無かった。階下から、他の同居人を呼ぶアルさんの声がする。やれやれ、家の中なのに随分忙しい人だ。フルタイムの仕事って大変なんだろうな、と思う。



全身の包帯を巻きなおし、服を着直して自室の戸を開けると、

おっ、ふれでぃおはよう~!

おはようって言うかおそようだね、どうしたんさ?

隣室から男とも女ともつかないひと影が現れた。同居人のひとり、鬼の紅葉(もみじ)ちゃんだ。
おはよ。何でか分からないけど、えらい寝坊しちまってな……

紅葉ちゃんからしたらめちゃくちゃ遅い時間だよな

あたりまえだのなんとやら!

こちとら元農民なんでね、日の出とともに起き日の入りと共に寝るって暮らしに慣れてんのさよ

なるほどねェ
元農民、ねェ。この間珍しく大寝坊したときはサーカス団員だったから朝晩の区別がよう分からんとか言ってなかったっけ? ……というツッコミは喉の奥に飲み込んで、曖昧に笑って濁しておいた。
ここ、《ヴァンパイアの館》では、俺ことアルフレッド・スミス(通称フレディ)含め、七人(?)の者が暮らしている。なんで疑問形か? 数え方がこれでいいのかわからないからだ。

さっきの「鬼」の紅葉ちゃんもそうだが、ここの住人はみな人間じゃない。

俺を起こしに来たアルさんは「吸血鬼」だし、この俺は「ミイラ男」。ほかのみんなも人間じゃない。


……で、結局ここが何かっつーと――まあ、行き場を無くした怪物たちを支援する、ある種の福祉施設みたいなものだと思ってもらえればいい。たぶんこの説明がいちばん正解に近いと思う。

そーいうメタい説明やめたほうがいいと思うよ!
っていうメタいコメントを返すのもどうかと思うよ……?

絶対今の紅葉ちゃんの言葉のほうが圧倒的にリスキーなんだけど……

などと意味不明なやりとりを交わし、俺は階段を降りて居間へ向かった。
わあ、すっごーい!
居間のドアを開けるやいなや、美魔女のロカちゃんの歓声が耳に飛び込んできた。

アルさんが一緒になって何やら箱をいじっている。

おはよ。何してんの?
あ、フレディ! やっと起きてきたのね?

おはよ!

面白そうなボードゲームを取り寄せたんですよー!

世界最古のボードゲーム、『セネト』ですって!

古代エジプトのファラオも愛したゲームですって!

また変なものを……。

やれやれとは思ったけど、まあ二人とも楽しそうだからいいのかな。


それにしても、……

これ、何? ボードっていうか……箱?
ね、ね!

ワタクシもよくわからないんですよー!

どうやって遊ぶんでしょう……あ、ルールブックがここに!

ワクワクするわ!

このオリエンタルな感じ!

お、おう……そうか

流石に、寝起きにこのテンションはちょっとキツい。




騒ぐ二人をよそに、俺は冷蔵庫の中を探った。

今日のおやつは……あった。ややお高めなピーチゼリーだ。朝飯としては心許ないが、もうすぐ昼飯だと思えば我慢できる。

顔を上げると、相変わらずアルさんとロカちゃんが何やら騒いでいた。ルールブックを見て、なるほどーとかそういうことかーとか何とか、いちいち歓声をあげている。……アンタら歳いくつだっての。



でも、やっぱり楽しそうにしている様子ってのは気になるもので、俺はピーチゼリーを食べながらまた二人に近づいた。

遊び方、わかった?
ええ、ルールブックにはこのように書いてありましたよー!

ここにこのように駒を並べて、……

なるほど、どうもすごろくのようなものらしい。

アルさんとロカちゃんはきゃいきゃい騒ぎながら遊び始めた。マジで歳いくつだ、コイツら。子供か。

じゃあ、ワタクシから始めますね。いきますよー!
二人はルールブックに沿って、楽しそうに遊び出した。

しかし俺は、なんだか……なんだか妙な感覚に陥った。

何か、モヤモヤする? というか、何というか……何か、何かが引っかかるのだ。喉に魚の小骨が引っかかったような、すっきりしない感覚。これは――

アルさん、ロカちゃん。それ、ルール違うよ
考えるより先に口が動いていた。
あれ、そうですか?

でも、ルールブックは……

いや、多分ルールブックのほうが違うんだよ。

ほら、実際は……

俺の手が、トン、トンとアルさんの駒を動かす。
こういう動かし方をするもののはずなんだ
すると二人は納得が行ったらしく、手をポンと打ち鳴らした。
なるほど!
確かにこの方がゲーム性アップだわ!

それにしてもフレディ、よく知ってるのね!

ロカちゃんが、エメラルドのような瞳をさらに輝かせて俺を見上げる。

俺は頭が追い付いていなくて、つい眉間に皺を寄せてしまった。

……どうしたの?
いや……何でも……

少し、当惑していた。

どうして俺は、この『セネト』とかいうゲームのルールを知って……いや、

“覚えて”いたんだろう。

アナタが生きていた頃も、このゲームはあったんですね。
……そうだね、たぶん。
俺はただ、曖昧にそう答えるしかなかった。
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登場人物紹介

名前:アルカード

通称:アルさん

一人称:ワタクシ

性別:男

種族:吸血鬼


概要:白い髪、白い肌、紅い瞳が特徴的な、ルーマニア出身の吸血鬼。いわゆる「ドラキュラ公」の息子…だけど、そのことは秘密(らしい)。

紆余曲折あって、現在は日本の都心からちょっと離れた微妙な片田舎で、怪物支援施設【ヴァンパイアの館】を運営している。

怪物福祉協会認定の“ウラ社会”福祉士。【ヴァンパイアの館】の管理責任者、常勤カウンセラー、指導員。

性格はおおらか、朗らか、THE・善人。

吸血鬼だが血は苦手。長年血を飲んでいないためか、日光にあたっても無問題。血の代わりにしばしば薔薇を摂取( )する。ラーメンの上にも薔薇の花びらを散らすので、【館】の住人たちにはドン引きされている。比較的真人間(人間じゃない)だけどたまに変な人(人じゃない)。

好きなブランドはATELIER B○Z。いつも貴族みたいな恰好をしている。実際貴族なのだが。


作成者:波多野琴子

名前:アルフレッド・スミス

通称:フレディ

一人称:俺

性別:男

種族:ミイラ


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。現在の住人の中では最もアルカードとの付き合いが長い。ロンドンの博物館から逃亡していたところを保護された。

他の住人と違い、何らかの問題や生きづらさ(既に死んでるけど)を抱えているわけではない。利用者というよりはむしろ居候ひとりのスタッフのような存在。

クールでありたいけどクールに徹しきれないツッコミ役。みんなの兄貴分。

ロックとマンガとサブカルチャーを愛し、常に流行を追っている。わりと私服はパンク系。……と、あたらしいもの好きっぽいけど、実際はものすごく大昔の人らしい。まあミイラといえばアレですよね、古代エジプトとか。残念ながら、本人は生前のことを全く覚えていない。覚えていないことを残念がってすらいない。


作成者:波多野琴子

名前:紅葉(もみじ)

通称:紅葉・紅葉ちゃん

一人称:おいら

性別:?

種族:鬼


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

開国直後、とある見世物小屋でこき使われていたところをアルカードに保護された。

故郷を追われたり人々に嫌われたりこき使われたりと散々な目に遭ってきたため、PTSD様の症状に悩まされている。【ヴァンパイアの館】の住人たちとの共同生活を通して療養中。

暗闇や夜が大の苦手だが、それ以外の明るい空間・時間帯にはわりとヘラヘラと楽しそうにしている。

のんびり屋でマイペース、【館】のムードメーカー的存在。

絵を描いたり観たりすることが好き。最近ユ○キャンで水墨画のテキストを取り寄せたとか。ただしおっちょこちょい(というかアホのこ)なので高確率で墨や画材をぶちまける。


作成者:波多野琴子

名前:ロカ

通称:ロカ、ロカちゃん、ロカっち など

一人称:私

性別:女

種族:魔女(?)


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

金髪・緑眼が特徴的な美しい女性。長年ヨーロッパの各地を転々とし独り暮らしをしていたようだが、限界を感じたらしく協会に助けを要請し、【館】を紹介されて入居してきた。

過去のことを頑なに語ろうとしないが、アルカードには「一種の多重人格障害のようなもの」とだけ伝えたことがある。とにかく詳細は謎。

そもそも魔女なのかどうかも謎で、魔術というよりはむしろ錬金術のようなものに傾倒しており、よく何かの実験をしては部屋を爆発させ、アルカードを悩ませている。

基本的には元気なポジティブお姉さん。【館】の盛り上げ役。そしてボケ役。

アルフレッド曰く「ロカちゃんとアルさんが並んで喋ってるとツッコミが追い付かない」とのこと。


作成者:波多野琴子

名前:関建(Guang1 Jian4、グァン・ジェン)

通称:ジェン

一人称:オレ

性別:男

種族:僵屍(キョンシー)


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

いかにも中国人っぽい恰好をしている。実際中国人。清代の人で、蘇州出身。

【館】が中国にあった頃、湖南省は武陵の奥地にて発見・保護された。

過去のことをあまり話したがらないので、彼の過去については保護の現場に立ち会ったアルカードとアルフレッドしか知らない。

かなり重い過去を背負っているのだが、普段はそれを感じさせないほどに(或いは感じさせないように)ハイテンションに振る舞っている。

性格は繊細、それでいながら楽天家。

「いろいろあるけど、まあどうにかなるヨ」といったスタンスで生きている(※死んでる)。

「~だヨ」とやけにカタコトで話す癖があるが、実は真面目に話そうと思えば流暢な日本語を話すこともできる。「でもさ、ホラ、なんとかだネ~って話したほうが、いかにもちゃいにーず!って感じするでしょ?」とは本人の談。


作成者:波多野琴子

名前:ルドルフ

通称:ルドルフ、ルド、ルディ

一人称:おれ

性別:男

種族:オオカミ人間


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

住人の中で二番目に若い(生きた年数で言うなら一番若い)。

家出少年、ならぬ家出オオカミ少年。

アメリカで両親と一緒に暮らしていたが、いろいろと思うところがあったらしく家出し、各地をさすらった挙句【ヴァンパイアの館】に辿り着いた。

基本的に人間の顔に狼の耳・しっぽを出した状態で生活しているが、必要に応じて狼になることも人間になることもできる。中間ぐらいの格好でいるのは「こうしているのがいちばん疲れなくて良いから」とのこと。

基本的に無口・無表情だが感情の起伏は激しい。

口では喋らないけどTwitt○rなどのSNSではめちゃくちゃ騒ぐタイプ。

いかにもな現代っ子で、常時スマホを手放さない。いろいろなソシャゲに手を出しまくっている関係で、ハロウィンやらクリスマスやらのイベントが重なりまくる時期はそれなりに大変そう。よくジェンと一緒にスマ○ラをやっている。


作成者:波多野琴子

名前:みずは

通称:みずは、みーちゃん

一人称:みずは

性別:女

種族:川の精?


概要:【ヴァンパイアの館】の一人。住人の中では、今のところいちばんの新参者。といっても、既に【館】で暮らし始めて五十年近くになる。

種族が何だかいまいち判然としないふしぎな子。本人もよく分かっていないようだが、どうやら「川の概念が身体を得たもの」らしい。高度経済成長期に進められたダム開発によって涸れ川となった川に一人佇んでいたところを保護された。

紅葉がさすらいの旅をしていた頃に会ったことがあるとのことで、軽く千年ぐらいは生きているようだが、なぜかいつまでも四歳ぐらいの幼女のままである。

冬でもいつも浴衣姿。本人曰く「川っぽくていいでしょ」とのこと。

最近はセカンドブームが到来したムシ○ングにハマっているらしく、【館】でもかぶとむしを飼っている(ちなみにそのかぶとむしの名前は『イワレビコ』。ネーミングセンスが無い古い)。

天真爛漫、マイペース、自由人(人じゃない)。


作成者:波多野琴子

名前:ハトシェプスト・クヌムトアメン

性別:女


概要:古代エジプト第18王朝第3代ファラオ・トトメス一世の娘。後第4代ファラオ・トトメス二世の王妃。さらには自ら第5代ファラオとして君臨する(即位名はマアトカラー)。

名前:ネフェルジェセル

性別:男


概要:王女ハトシェプストの側近の一人。乳兄弟。

彼女がファラオとして即位した後も彼女の傍で仕えた。

王女が拾って来たある子の世話係も兼任する。

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