第13話   第二章 『森のコテッジ』⑦  似姿

文字数 920文字

 怖がりの人がよく言うじゃない・・湖で泳いでいると、足を引っ張られてしまいそうな気がするって・・。
 晃子は泳げないので、湖で泳ごうなんて初めから思わない。ただ光の絶えた夜の大気の中を泳ぐのは・・比較的、得意。
 
 ルシアンは片手をソファの背もたれに置いて晃子を眺めるようにして見ていた。
 長い指のきれいな手・・見えないピアノで何を奏でるのか・・。
 それから、その手を伸ばしダンサーのように晃子の手を取った。
 滑らかな皮膚の下に、微かに血管が透けて見えた。
 
 似姿・・?古人・・?進化系・・?

「・・ネーム・・ チュヌゥ・・ピアン、トウ・・」
「ネェム・・テュヌ、トウ、ピアン・・?」
「・・タァム」

 ・・時空の中には・・どれもないって・・。


 「靴はどうしたの・・」
 
 ずっと裸足のままだ・・。

「トウ・チュヌ・・」

 途中で・・靴紐が解けて、踵から・・沓・・落ちぬ・・。

「・・アナログ・・」
「トウ・ピアン・・」

 単なるファッション・・。

「・・どの辺りで落としたの・・見つけなきゃ・・」
「・・トウ・・タリア・・」
「・・イタリア・・ちょっと距離あるかな・・」

「で、靴以外はここ、長野に墜ちて来た・・」
「ピアン・・」
「なんで・・?」
「・・チュヌ・・トウ・・」
 
 君に会うため・・。

「ハハ・・酔ったの・・?その手には乗らないわよ・・」
 
 安物の白ワインが、倉庫に仕舞ってあった見事なカットグラスで高級ワインに変わっている。
 でも、ルシアンはいつものように飲むでもなく、片手でグラスを掴んで覆っている。

「テュヌ・・ピアン、トウ」
「ハハ・・」
 
 もう何度も一緒に眠ってるじゃないか・・。
 
 草食系・・?・・酔ってるのは、自分のほうか・・。
 
 それから、ふと尋ねる。

「ルシアン・・あなたは、いくつなの・・」
「・・トウ・・トウ・ピアン・テュヌ・・」 

 愚問だった・・君よりもずっと年上だって。


 厚く垂れこめていた雲は消え去り、夕刻の迫る空に煌々とした冬の月が上ろうとしていた。

「月の光は大丈夫なの・・?」
「タム」
「月の光を浴びすぎると・・良くないわよ」
 
 そして、なぜ・・?と、自問する。

 さて、もうそろそろ帰らなくては・・夕食の時間までには戻ると言って出て来たので。
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