第18談 単館系映画からのアルザス地方と戦争の話

文字数 3,323文字

おはようございます。

私は映画ファンと言うより映画オタクですが、コロナ禍で外出する機会がぐっと減って、断然映画館派の私も以前に比べて自宅鑑賞が増えました。
一番映画館に通ったのは10代の頃。20代半ばは忙しくてなかなか行けなかったのですが、30歳前後からまたよく映画館に足を運ぶようになりました。『シティロード』や『ぴあ』片手に、面白そうだと思った映画を観に行く。
アメリカ映画ならウディ・アレン。それに、『ナイトメア・ビフォー・クリスマス』と『ビートルジュース』でティム・バートンにハマって『シザーハンズ』を観たのもあまり大きな劇場ではなかった気がします。

単館系という言葉が生まれたのはいつ頃だったでしょうか?
要するに全国展開されるロードショーではなく、小さな映画館が単館(単独)で上映する作品のことですが。
今や大御所になったクリストファー・ノーランの『メメント』も単館上映でした。
そして、私が気になる映画はそうした類いの作品が多いのです。

東京都心の港区から多摩地区に移住した私の話は首都圏限定になってしまって恐縮ですが、昔の東京の話と捉えてください。
もう四半世紀も前ですが、当時私が住んでいた立川にはシネコンのはしりと言われたシネマシティがありました。しかし、そこでも観たい映画はなかなか上映されず、吉祥寺、新宿、渋谷……と単館上映のミニシアターによく足を運びました。六本木のWAVEにあったシネ・ヴィヴァンと恵比寿ガーデンプレイスのガーデンシネマにハシゴしたことも何度かあります。
まったくアクションもなく、ひたすら盗聴に明け暮れるイスラエルのスパイを描いた『哀しみのスパイ』なんて、シネ・ヴィヴァンくらいしか上映する映画館がない地味〜なフランス映画。ガーデンシネマはウディ・アレンをよく上映していたし、マイケル・ムーアの『ボーリング・フォー・コロンバイン』も恵比寿で観ました。
残念ながらシネ・ヴィヴァンのあったWAVEは取り壊されて六本木ヒルズになってしまい、恵比寿ガーデンシネマも閉店。
その後、ガーデンシネマは「YEBISU GARDEN CINEMA」として再度オープンしましたが、立川のシネマシティがONE・TWOと拡大して、ミニシアター系の作品を上映するようになっていましたし、今はオンデマンドが盛んになって単館系映画が家で観られるようになりました。
オンデマンド上映は、映画鑑賞の地域格差を一気になくしたとも言えるのではないでしょうか?

もちろん、今でも劇場鑑賞派なのですが、テレビモニターがHD〜4Kと高画質になったことで妥協は最小限になってきたし、お金と時間を考えるとなかなか以前のように足を運べなくなっていたところに、パンデミックがやってきました。
と言うわけで、最近は圧倒的にオンデマンドです。

比較的最近観た映画の中で、一番のお気に入りになった『エンツォ レーサーになりたかった犬とある家族の物語』など、単館でさえ上映されなかったため、AMAZON PRIMEでしか観ることができません。
私の好きなヨーロッパ映画は戦時中のことを描いた物が多いのですが、AMAZON PRIMEで観た中で割とよかったそんなタイプの映画を2本紹介しましょう。
両方とも、祖国と侵略してきたドイツの間で翻弄される女性を描いた作品です。

1本は『ガーンジー島の読書会の秘密』というイギリス映画。
これは水瀬そらまめさんが『ポジティブ・ナイン』で取り上げているので、詳しくはそちらで。
私は☆3つ半です。(すみません。ちょっと甘すぎたので他の作品とバランスを取ってあとで訂正しました)


もう1本は『定められし運命』というフランス映画で、これも私は☆3つ半。(これも訂正済み)
タイトルがなんとも地味というか……邦題でかなり損をしている気がしますが、ブロンドの少女のビジュアル(いくつになっても動機が……)が気になって観てみました。

去年、ノベルデイズで歴史・時代小説のコンテストがあった時に書いてみたいと思って調べていたアルザス地方が舞台だったので驚きました。
私が書こうとしていたのは、この地方で誕生したフランスの名車ブガッティと、パリでヌードダンサーとして舞台に立ち、その後レーサーに転身してブガッティのワークスドライバーとしてフランスの顔となるものの、ナチスに協力したと告発され戦後レース界から追放されたエレーヌ・ドラングルの視点から描いた物語でした。
因みにブガッティは、戦後ずいぶん経ってからイタリアの企業によって復活しましたが倒産し、今はポルシェ一族フェルディナンド・ピエヒがVWグループの総帥だった時代に再興して、フランスの衣を纏ったドイツ車として時速400キロを超える高級車を生産しています。北野たけしやキムタクが所有していますが。
かなり脱線しました。ブガッティもエレーヌ・ドラングルもこの映画とは何の関係もありません。

アルザスという地域はフランスの東端に位置しますが、かつては神聖ローマ帝国の領地であり、住民の半数がドイツ語に由来するアルザス語を使うアルザス独自の文化を築いていました。第二次大戦後、徹底したフランス同化政策がとられたため、この映画で描かれることがそのまま「真実」とは言えない部分もあるかも知れませんが。
長い歴史の中で戦争の度に蹂躙されてきたアルザス地方ですが、19世紀の普仏戦争でドイツ領となり、第一次大戦後のヴェルサイユ条約で再びフランス領となり、1940年にフランス領からドイツ領となりました。
ナチスドイツは、フランス語もアルザス語も禁じ、もともとアシュケナージ(東欧系ユダヤ人)の多い地域だったために、住民の選別も押し進めていたようです。
1943年、アルザス人としての誇りを持って暮らしていたファーバリッチと、比較的従順なリゼット(ブロンドの美少女)の二人が、多くの同世代の女性達とともにドイツの労働奉仕施設に強制的に収容されるところから物語は始まります。
まったく対称的な二人ですが、厳しい環境の中で少しずつ互いを理解し合い、やがて無二の友となっていきます。
ナチスドイツに支配された時代の話なので悲惨な出来事も……。でも悪い人ばかりではありません。
ハッピーエンドではありませんが、戦争に翻弄された人々の悲しみや、戦争という名の暴力の悲惨さとともに、命の尊厳や人としての誇りを考えさせてくれる映画でした。

朝鮮半島もまたアルザス地方のように激動の歴史を経験しています。
沖縄もまた琉球王国から日本に併合され、終戦間際に本土防衛の緩衝地帯として多くの方が犠牲となったうえに、戦後長い間米軍の支配下にありました。
日本本土も、東京大空襲では民間人が無差別に爆撃され、広島長崎に原爆まで投下された。
戦争が始まれば犠牲となるのは銃を持たない一般人です。
今も、パレスチナやシリアや、世界中で沢山の民間人や子供達が戦禍の犠牲になっている。

戦後GHQは精神的に日本を支配したという見方もありますが、それでも私たち戦後生まれは悲惨な時代を体験していません。
平和ボケではありませんが、こういう時代が続くと平和のありがたみが薄れてくるのではないでしょうか?
最近「先の戦争で日本は正しいことをした」と言うように、過去の戦争の反省を忘れて大東亜戦争を正当化する論調をあちこちで見かけます。
親日家の多い台湾では、戦後の国民党支配下があまりに酷かったために戦前戦中の日本統治下を懐かしむ人も多かったと言います。でも、それは例外的なこと。
戦争でどれほどの人が命を落とし、自由を奪われたか。
第二次大戦に突入する前に、日本はドイツ、イタリアと三国同盟を結んで、ナチスの片棒を担いでいる。
戦争に「正しい戦争」などありません。

いつの日か差別や偏見や争いのない時代が訪れることを祈りながら、私たちは決して戦争の記憶を風化させてはいけないと切に思います。
近々、私も戦争を体験した両親のことを書きましょう。

いやぁ、またも朝から3千字超え。
単館系映画の話から戦争の話に飛び火して、長くなってしまいました。


老人は死なず、戦争のない時代に生まれ育ったことにただ感謝するのみ
(2021.7.17)
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