24.あるべき世界

文字数 8,024文字

 夜が明け、街が近づくにつれ、その規模を示すように街道には多くの人々が行き交う姿が見られるようになった。
 緊張し、用心を怠らないように心掛けながらも、フライハイトは再び人々の様子に、単純な興味を引かれていた。小さな閉じられた世界に生きてきた彼にとって、見るものは全て目新しい。しかし、フライハイトはすぐに、人々を霧のようにぼんやりとだが確かに包み込んでいる空気に気づいた。それは最初に訪れた町と同じ気配だった。むしろその度合いは濃くなっている。
 人々は一様にくたびれた様子で、覇気がなく、暗い顔をしていた。精気がない理由の一つなのか、彼らの身なりは貧しく、その体は痩せていた。街が近づくにつれ、街道の脇には、フライハイトの村でさえ家畜小屋にもならない壊れかけた家々が現れ、そこに人が暮らしていることに驚く。その荒廃した家の多さは、貧民街の様相を呈していた。
 彼らはただ貧しいだけではなく、路傍に力なく座り込んで、見る者を凍えさせる空虚を宿した目を、行き過ぎる人間に向けている。それは、たまたまそちらを向いているというだけで、実際には何も見てはいないようだった。彼らは何をしているのだろう、働いてはいないのだろうかと、不審を覚える。
 ふと、フライハイトは街道から少し離れた場所にある、崩れかけた家の脇に小さな人影が倒れているのを見つけた。それはぴくりとも動かないが、誰も注意を払ってはいないようだった。かといって、その姿はあまりに不自然で、ただ寝ているとは思えない。
 フライハイトはただならぬ様子を感じて、反射的にヴァールの持つ手綱をつかんで引いた。ヴァールが驚いて振り向き、馬がスピードを緩めた。振り向いたヴァールの目に尖った光があった。それが苛立ちと緊張であることをフライハイトは見て取った。そのことに驚いたが、倒れたままの、子どもと思われる人影が気になった。
「何だ?」
「子どもが倒れている」
 フライハイトの言葉に、ヴァールはそちらをちらりと見たが、すぐに手綱を取り返し、馬を進めたようとした。
「ヴァール!」
 フライハイトは驚き、抗議の声で言ったが、ヴァールは聞かなかった。その理由をフライハイトはすぐに悟った。馬車がスピードを落とした途端、それまで壊れた人形のような恰好で、力なくうずくまっていた人々が一斉に立ち上がり、馬車に向かって集まり始めたのだ。彼らの顔には表情らしいものがなかったが、ぎらつく瞳に殺気に近いものを漲らせていた。さらにばたばたと小屋の扉が開き、遅れてはならないとばかりに、中から人が出てきた。集ってきた人々の間に興奮が広がっていく。そのどこか常軌を逸した雰囲気に、フライハイトはヴァールの緊張の理由を悟った。
 金属の触れる音を聴いて振り返ると、剣士が抜刀していた。フライハイトは眉をひそめた。集団化した人々の興奮は、危険なものではあったが、それでも何かを掴もうとするかのように伸びてくる個々の手は痩せこけてか弱い。剣をふるう相手とは言えない。
「見せるだけだ」
 フライハイトの非難の気配を感じてか、フューレンはかすかに笑みを浮かべ、穏やかに言った。その言葉通り、剣士は剣を彼らに見せただけだったが、十分効果はあったようで、人々はクモの子を散らすように元いた場所へ帰っていった。
「この街の浮浪者は追剥(おいはぎ)と同義だ。ただ、ほんの少し消極的なだけでな。気をつけた方がいい」
 フューレンは言いながら剣をしまった。フライハイトは眉を潜めて剣士を見、そしてもう後方に消えてしまった小さな陰に視線を向けた。その後、そうした行路病者とおぼしき人影は幾度もフライハイトの視界を横切っていった。
 街の中に入ると、フライハイトの違和感はさらに増した。舗装された美しい道路、大きな石造りの建造物、整備された河や橋、見たことのない乗物、そのどれもがフライハイトの知らないものであり、彼の村よりもはるかに進んだ文化を感じさせた。にもかかわらず、荒廃した気配が霧のように街を包み込んでいた。そこにいる人々は、やはり一様に貧しく、皆疲れて不幸な顔をしている。まるで分不相応な衣装をまとったか、体のサイズに会わない服を着ているかのように見えた。
「何故、こんなに貧しいんだ?」
 フライハイトはヴァールに訊いた。
「この国は、もう終わっているのさ」
 ヴァールは前を見たまま言った。
「終わっている?」
「ああ。前王の政治も酷かったが、デュランの治世に変わってから拍車が掛かった。人並みな生活ができるのは限られた人間だけで、その他の大多数は彼らの生活を支えるための家畜に過ぎないという訳だ」
 フライハイトは呆然としたまま街の荒廃を見つめていた。
「どこの街もこんな風なのか?」
「多少の差はあるがな」
 ヴァールの返事を肯定するかのように、フライハイトの瞳に見つめられたフューレンも頷く。
「皮肉な話だな。ブロカーデは国賊として罰を与えられた者の村なのに、それ故に国の荒廃の影響を受けず、ある意味豊かで平和な暮らしを保てたんだからな」
 ヴァールの声を聞きながら、フライハイトはブロカーデ村の生活を思い返していた。自分たちが何者であるかも、外の世界のことも知らず、営んできた暮らしのことを考えた。小さな世界だけで成り立っていたがために、平和で穏やかな村だった。この不思議な外の世界にあるような、倦怠やあきらめなどなく、活気に溢れ、それぞれの人生を楽しんで……そう考えて、フライハイトは息が詰まった。それらが何の犠牲の上にあったのか、そしてどのような犠牲によって失われたのかを意識して、胸苦しさを覚え、足下が揺れた。
 ふいに腕の中の魔術師が身じろき、フライハイトは視線を落とした。そしてその顔を見て驚く。
「傷が……」
 頬を貫通していた杭が開けた酷たらしい穴が消えていた。まだ窪んでその周囲が赤黒く腫れてはいたが、穴はふさがっている。そのうちにすっかり跡形もなく消えてしまうだろう。その人成らざる驚異的な治癒力に、フライハイトは初めて「魔術師」という存在に対する畏怖を覚えた。
 瞼が小刻みに震え、やがて開いた。その瞳は相変わらず虚ろだった。その意思に関係なく、肉体は自動的に回復していくのだろうか。忘れ置かれた灯火がもう必要はなくとも、それを誰かが消すか、油がなくなるまで光を放ち続けるように。けれど、それはひどく虚しい光だった。
 半眼に開かれた瞼が何のはずみか、ふいにぱっちりと見開かれた。開かれた瞳に、フライハイトは目を奪われる。そこにあるのは、澄みきった空の色。彼が幼い頃に見て、その心に刻んだ色彩。その後の人生の中で密かに何度も思い返し、その度に(うず)くような気持ちを湧き上がらせた色。濃い灰色の睫毛に彩られたそれは、持ち主の意思が宿ってない分、宝石のように見えた。
「黒髪だと、父に聞いていたのだが」
 フューレンが不思議そうに言った。確か、ヴァールもそのような事を言っていたなとフライハイトは思った。魔術師の髪は白に近いブロンドだった。長く絶えがたい苦痛と、野ざらしの生活が彼の髪を白くしてしまったのだろうか。
「だからという訳ではないが、魔術師は夜の気配を持っていたと」
 フューレンは、エルンストの言葉を口にした。事実、エテレインは夜を愛し、もっぱら活動するのは夜だったという。エルンストの屋敷を訪れるのも、必ず夜だった。魔術師が好んだ庭園の噴水の側に腰を下ろし、彼と共に夜更けまで過ごしたものだと。
 想い出に、二人の心はそれぞれに波立ったが、やがて魔術師はひっそりと瞳を閉じた。

 街の中心に近づくと、薄く積もった(ほこり)のような荒廃がそこここにあったが、それでも人の数が多い分、それなりに活気もあった。
 街の中に入る前に、フューレンは自分自身の存在が目立つという理由で馬車を降りた。確かに誰からも注意を払われない、いかにも貧しい流浪者のような風体のフライハイトたちに比べ、平服ではあっても身のこなしや雰囲気から軍人とわかる彼女は、一人ならともかく、彼らといることでその組み合わせの違和感が人目を引く恐れがあった。フューレンは馬車を降り、つかず離れずついてきた。
 街の事情がわかっているらしいヴァールが宿を見つくろい、部屋に落ちついたのはその日の夕方だった。宿はフライハイトが見たこともない規模の石造りの建物で、何人の人間が宿泊できるのか見当もつかなかった。
 自分たちの構成が、宿を通して行方を捜している追手に伝わることを警戒してか、ヴァールはちゃっかりフューレンを利用した。フライハイトとフューレン、ヴァールと病に掛かった妻という二組の夫婦として、それぞれ部屋を取り、実際は一部屋をフューレンが使い、もう一方の部屋を三人で使うことになった。
「体を洗った方がいいな」
 部屋に入るなり、ヴァールが言った。泉で体を洗い、それから数日が経過していたが、いまだに彼らの体からはマクラーンの匂いが抜けていなかった。匂いに慣れてしまっていたフライハイトは、今になって宿屋の主や他の客たちが不愉快げに眉を潜めていた理由に気づいた。
 フライハイトはまず浴室にエテレインを運び、その体を丁寧に石鹸で洗った。魔術師の体についていた傷も信じられない早さで治癒し始めているのがわかった。腐り掛けていた皮膚も、見た目こそどす黒いままだったが、化膿していた表面はなめらかさを取り戻している。改めてそのことに驚嘆しつつ、体の傷が治っていくように、壊れてしまった心が癒える可能性はあるのだろうかと考えてみた。少なくとも、目を閉じているエテレインの顔は穏やで、微笑しているようにも見える。ヴァールが宿屋で買った湯に温められて、青白かった頬がわずかに上気している。美しい顔に精気が宿っているように見え、今にも瞳を開き、自然な表情で語りかけてきそうだ。
 エテレインの体を洗い終わるとヴァールを呼び、ベッドへ運ばせ、フライハイトは自分の体を洗った。村で使っていた自家製の油臭い石鹸とは違い、宿屋のそれは汚れがよく落ちるだけでなく、ほのかによい香りがして、マクラーンの忌まわしい悪臭を洗い流してくれたが、鼻孔の奥にしみ込んだ匂いの記憶は中々消えなかった。
 体をふきながら部屋へ戻り、魔術師をぼんやりした顔で見ているヴァールの側へ近寄った。ヴァールは物思いにとらわれて、フライハイトに気付かなかったのか、驚いたようにあとずさった。
「何だ?」
 自分が言おうとした言葉をヴァールが先に言った。
「いや、彼がどうかしたのかと……」
 フライハイトは片手をエテレインの方へ振りながら、ヴァールの反応に驚いたように言った。ヴァールは少し怒ったように眉をしかめ、何も言わずに、浴室へ行ってしまった。その後ろ姿を見送り、彼が街に入ってからひどく神経質なことが気になった。
 最初、ヴァールはこの街へ来ることを避けようとしていた。おそらく、ミーネか或いはその仲間が、この街にいる可能性が高いのだろうと察する。それとも彼の心を患わせているのは、何か別のことだろうか。フライハイトは魔術師に視線を向け、ため息をつく。ヴァールが、そしてミーネたちが、何故魔術師を欲しがっているのか、彼をどうしようとしているのか、まだ説明がなかった。
 フライハイト自身がエテレインに対して抱くのは、単純な感情だけだった。子どもの頃に心の深い場所に刻んだ魔物への畏怖と憧れ、そしてエテレインという「人」に対する同情とその酷い運命への憤り。それは自分自身の運命に対する怒りと混ざり合っているのかもしれない。そして、ヴァールが心の裡に抱えている何かのため。それとも、自分が生きていることについて、理由や目的が欲しいだけなのかもしれない。
 魔術師の痩せた裸体に毛布を掛け、ベッドの横に椅子を持ってきて座り、眠る様子を見守る。
 しばらくしてヴァールが浴室から出てきた。しばらくフライハイトを見つめていたが、ベッドの端に腰を下ろした。ヴァールから石鹸の匂いがした。
「フライハイト」
 濡れていつもより濃い灰色に見える髪を拭きながら、ヴァールが改まった声で言った。
「何だ?」
 呼ばれて問い返したが、ヴァールはそのまま答えない。子どもの頃、そんなことがよくあったなと、フライハイトは思い出す。ヴァールはふいに自分の名をつぶやき、何かと思って待っていると、何でもないと言うのだ。そんな時、ヴァールの心の中に何か言いたくて言えないものが溜まっているのだとフライハイトは知っていた。言葉に出来ないのか、言いたくないのか、その理由はわからなかったが、問いただすことはしなかった。ただ、ヴァールが彼に何かを打ち明けたいと思うこと、そして、それをフライハイトが聞こうとすることが、話の内容そのものよりも重要なことだった。
「この街にはヴィーダーがいる」
 ヴァールはそのまま黙り込まず、言葉を続けた。
「ヴィーダー……とは?」
「反乱組織だ」
「ミーネの?」
「そうだ。あの男がリーダーだ」
 フライハイトはヴァールを見た。ヴァールは背を丸めてベッドに座り、その横顔は髪に隠れて鼻の先しか見えない。膝の上に乗せた両手は左右のそれぞれの指を探りあっている。
「お前もその組織にいたのか?」
 フライハイトの問いに、ヴァールはしばらく黙っていた。
「いたのかもしれないし、いなかったのかもしれない。ミーネとは、確かにつきあいがあったし、行動を共にしていたこともあったが」
 言葉を選ぶようにヴァールは言った。フライハイトは彼の言いたいことが何となくわかった。ヴァールは集団に馴染めないのだ。そこに所属しているという実感を得ることができず、疎外されているという感覚を消すことができないのだ。実際にはヴァールはヴィーダーの一員だったのかもしれない。が、本人は自分が彼らの仲間であるとも、彼らが自分の仲間だとも思えないのかもしれない。
「俺は王都で学んで、ブロカーデの真実を知った。自分が、何者であるかも」
 ヴァールは静かに語り始めた。自分が何者であるか、フライハイトは今もって、自分の責任でも、覚えもないことによって生まれながら罪人であるという事実に馴染めない。ヴァールはそれを知った時、何を思ったのだろうかと思う。
 ヴァールは幼い頃から彼自身の事情とは関係ないことで差別されて生きてきた。ブロカーデの中で生きることができず、村を出た。しかし、その村の生まれであること自体が罪であるということを知り、しかもその村にいた時は村という集団から阻害されていたにもかからず、村を出ると別の枠組みで、彼はブロカーデにくくられてしまうのだ。
「俺は最初、ブロカーデ出身であることを隠した。それは難しいことじゃなかった。あの村は公にはされていないし、知っている人間からも忘れられようとしていた。俺はあらゆることを知ろうとした。その結果、この国のあらゆるものが腐っていることがわかった」
 ヴァールのぼそぼそとした声を聞きながら、フライハイトはこれまでに見た外の人々の様子を思い返していた。
「あの女魔術師が前王に取りついてから、この国はおかしくなった。第二王子デュランがあの女の力で即位してから、王はただの傀儡(くぐつ)に落ち、実権は完全にハイマが握っている。そもそもデュランは治世者の器ではなかった。ハイマが彼を甘やかし、ひたすら享楽的な生活に溺れるように仕向けた。政治を行うことなく、民を思うこともなく……。
 王はハイマにとっての王冠でしかない。そして彼を取り囲む重臣も全て同じだ。この国はハイマによって腐り落ちていく」
「だから、ヴィーダーに?」
 フライハイトの問いに、ヴァールは笑った。喉の奥が詰まるような奇妙な笑い声だった。
「今、俺が言ったのは、ミーネの口癖さ。俺はどうでもよかった。この国がどうなろうと、誰が苦しもうと」
 ヴァールは言った。濡れた髪の間に見え隠れする口許がかすかに歪むのをフライハイトは見つめた。それは本音だろうと思った。国を憂い、或いは他人の不幸のために行動を起こすなど、およそヴァールらしからぬからだ。とはいっても、ヴァールが全く世情に無関心であり、他人に冷淡で、利己的な性格だとは思っていない。ただ単に、どういう事情であれ、誰か或いは何かのため、ただそれだけのために、という行動原理をフライハイトが知っている限り、ヴァールは持ちあわせていない。
「じゃあ、何故?」
「俺は……ただ……」
 ヴァールは困惑しように口ごもった。拳を唇に当て、親指の爪に歯を立てる。昔から、ヴァールは自分自身のことを語るのが巧くはなかった。
「変えてみたかった……、のかな」
 ようやく見つけだしたように、ポツリと言った言葉の曖昧さの中に、他にも理由があるのを感じたが、フライハイトは追求しなかった。それに、全てではなくともある部分、その言葉は真実だと思った。何かを、或いは全てを、彼を取り巻く世界を、変えてみたかったというのは、ヴァールの本音なのだろう。
 黙り込んでいたヴァールが、もうこれで話はお終いだというように、立ち上がった。
「ヴァール」
「何だ?」
「お前はそのヴィーダーとやらと、切れているんだな?」
 フライハイトが問うとヴァールは初めて顔を向けた。
「ああ」
「そうか」
 ブロカーデで起きた事にヴァールが係わっているとは思っていなかったが、どうしても確認せずにはいられなかった。言葉が欲しい時もある。
「出掛けてくる」
 ヴァールが言った。
「どこへ?」
「買い出しだ」
「危険じゃないのか?」
「そんな、へまするか」
 ヴァールは口元を歪めて笑った。彼がそう言うのなら、そうなのだろう。それでもフライハイトは不安を覚えた。ヴィーダーと切れているということは、ヴァールと彼らが敵対しているということではないのか。
「ヴァール。何故、彼らはこの人を狙う? 何をしようとしているんだ?」
 ヴァールはフライハイトを見、横たわる魔術師を見た。
「あいつらは諦めていないんだ。この国を、彼らの考える正しい方向に修正しようとしている」
「正しい方向?」
「ああ。奴らは、ヴィーダーという組織は、第一王子派の生き残りが作ったものだ。ミーネ自身もそうなのさ。もっとも、それは親の世代だけどな」
 つまり、彼らヴィーダーはブロカーデの人々と立場は同じだということになる。その彼らの言う正しい方向というものの意味は、一つしかない。
「まさか、第一王子が王であるべき世界という意味じゃ……」
「その通り。そのために、エテレインが必要だ。どうしてもな。あいつらにとって、エテレインはあるべき世界の重要な要素の一つなんだ」
 王と魔術師、その組み合わせが重要なのだという。そう言いながら、ヴァール自身が魔術師に向けた目つきは、その重要性に疑問を覚えているように見えた。フライハイトも、生ける屍のような状態の魔術師が、果たしてどのような役割を担えるのかと思ったが、それ以上に、ある疑問が湧く。
「第一王子ファステンはどうなっている?」
 フライハイトは訊いた。最初に聞かされた話では、権力闘争に負け、全ての力を奪われた第一王子は行方不明とも死んだとも伝えられていた。現実的には、現王制の第一王子派に対する迫害を思えば、既にその命は奪われていると考えられる。
 ヴァールはしばらくフライハイトをブルーブラックの瞳で見つめた。その顔に奇妙な表情がゆっくりと現れ消えていく。ひどく不安を覚える奇妙な表情が。
 そして彼は静かな声で言った。
「第一王子は、生きている」
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