3/7 あかりはさんざん悩んだすえに
文字数 3,165文字
あかりはさんざん悩んだすえに、思い切ってミニスカートをはくことにした。土蔵を調べるのなら、ジーンズの方が動きやすいに違いなかったが、「今日は暑い一日になりそうです」とテレビの天気予報士が言っていたし、黒い部分をかくすために、長袖のブラウスを着ていたので、せめて脚ぐらいは涼しく見せたい、とあかりは思ったのだ。
階段を降りて、靴をはき、姿見で最終チェックをした後、「じゃあ、行ってきます」とあかりが言ったときには、そこに母親が立っていて、「本当に一緒に行かなくていいの?」と心配そうに言うのだが、その目はミニスカートのヒラヒラを見ている。
「そんな恰好で、大丈夫?」
「うん…寒気はおさまったし、熱もいまは下がっているみたいだから…」
「そお…それじゃ、家で寝てたほうが良いんじゃない?」
「え…い、いや、でも、頭いたいし…鼻もつまっちゃってるし…のども…とにかく、早めに治してもらった方が良いから…」
「そお?そんなに言うなら、行けば良いけど…」
「う、うん…」
「保険証は、ちゃんと持った?」
「うん、かばんに入れた…それじゃ、行ってきます!!」
「気を付けてね!! まっすぐ帰ってくるのよ!!」
「うん、分かってる!!」
心配そうに見送る母親をあとに、あかりは駅へと向かった。
電車内は空いていて、ふたりは並んで座ることができた。ヒカルは学校に行くふりをして家を出てきたので、高校の制服を着ていた。
「ネクタイするんだね…制服…」
「ん…ああ、この辺じゃ珍しいだろ?」
「うん…なかなか似合うね…」
「そおか?」
「うん…」
そのとき、電車がカーブにさしかかり、ガタンと揺れて、ふたりの顔が急接近する。身体が密着し、お互いの体温が相手に伝わる。しばらくのあいだ、ふたりはドキドキとしながら見つめ合っていたが、どちらともなく視線をはずす。
「あかりも…」
視線をはずしたまま、ヒカルが言った。
「あかりも、そのスカート、似合ってるな…」
ヒカルは、会ったときから気になっていたそのことを、はずみで思わず言ってしまい、真っ赤になって、あらぬ方を向いてしまう。
「あ…ありがと…」
あかりも何だか恥ずかしくなって、真っ赤になり、下を向いてしまう。その状態のままで、十分後、電車は目的地に到着した。
駅から病院までは、たいした距離ではないが、歩かなければいけなかった。やっぱりミニスカートにして良かった、とあかりは思うが、それでも長袖のブラウスには参ってしまう。
「あついね…」
「あついな…」
ヒカルがネクタイを緩めて、手をうちわ代わりにパタパタさせて、胸元に風を送る。あかりの鼻にスンッと、汗のにおいが流れてきたが、それは不快なことではなかった。強い日差しのなかを、汗を光らせながら歩くヒカルは、さわやかで、見ていてとても気持ち良かった。
ヒカルくん…キミはどんどんカッコ良くなっていくんだね…身長だって、むかしはわたしより小さかったのに…
あかりは自分の身長(百五十五センチ)にコンプレックスを抱いていた。
「身長、伸びたよね?」
「ん? ああ、そうだな」
「いくつぐらい?」
「百七十、ちょい超えたくらい」
「へえー…いいなあ…」
「うーん…でも、もうちょっとほしいんだよな」
「まだ伸びてるの?」
「いや、止まりかけてる…高校に入学したときぐらいが、いちばん伸びたんだけどな…もうダメみたいだ」
「ふーん…」
「あかりは、中学のときから、変わってないな」
「う…うん…」
あかりの声がすこし沈んだ調子になった。ヒカルはあわててフォローを入れようとするが、「俺は小さいのキライじゃないぜ」とか言うと、また変な雰囲気になってしまいそうだったので、「また伸びることもあるかも知れないんだから、元気だせよ」とありそうもないことを言うに留めておいた。
皮膚科の受け付けを済ませて、ふたりは待合室のベンチに並んで腰を掛けた。待合室は空いていたので、そんなに待たなくて良さそうだった。ヒカルはひとつ息を吐き、何となくまわりを見回す。老婆がふたり、並んで座り、何事かを話している。
ふたりとも同じような恰好をしているせいか、ひどく似ていて、姉妹のように見えた。片方の老婆が右手の甲に、もう一方が左手の甲にガーゼを貼りつけている。何を話しているのか、内容は聞こえてこないが、しきりにゴニョゴニョとやっている。ぼおっと見ていると、鏡に向かう老婆が、自分の像に向かって話しているように見えてきたので、笑いそうになった。
そのことを言おうと、あかりを見たのだが、あかりは妙に緊張した面持ちで、正面をジッと見据えているので、やめにした。別のところでは、一目でアトピー性皮膚炎と分かる男の子が、母親らしき女性に絵本を読んでもらっている。
その肌は白っぽく、カサカサになっていて、いたるところにかき傷が見られた。男の子は、絵本を読んでもらうのが好きなのだろう、床に届かない足を、楽しそうにブラブラとさせている。しかし、たまに眉間にシワを寄せて、右耳の下や二の腕をかくときには、そのブラブラは止まってしまう。かわいそうだな、とは思ったが、別にそれ以上の感情は生まれなかった。
ふと視線を感じたので、そちらを見ると、二十歳前後の男が、こちらをジッと見つめている。目が合い、ドキリとして、視線をはずしたのだが、それは向こうも同じだった。こんなところに高校生の男女が並んで座っているのは、やっぱり変に思われるのだろうな、と、ヒカルは男の探るような目付きを理解した。
「わたし…」
あかりが口を開いた。
「ん?」
「わたし…大丈夫かな…」
あかりは正面をジッと見据えたまま、そう言った。その横顔は、すこし青ざめているように見える。
「何が?」
「これ…」と、あかりは右の袖をまくり上げて、黒い部分を示す。
「これのこと…わたしたち、ミイラの呪いかなにかと思っていたけど…本当はすごく重い病気なんじゃないのかな…」
「え? そんなこと…」
そのとき、また視線を感じたので、そちらを見ると、さっきの男が、あかりの黒い部分をのぞき見ようと、首をのばしている。ヒカルは、これにはムッとして、男を思い切りにらみつけた。それに気付いた男は、すぐに視線をはずしたのだが、ヒカルがにらみ続けていることに気付くと、オドオドとおびえたようになった。
しばらくの後、「サカガミさあん」という呼び出しの声があった。「サカガミ」というのはその男のことらしく、「はい!!」と必要以上の大きな声で応えた男は、これを救いと逃げるように診察室へと姿を消した。
結局、診断結果は、「良性の黒色腫瘍だろう」ということだった。
「黒いおできと思ったらいいよ…これぐらいの大きさであれば、レーザーで今すぐにでも治療できるけど…どうする?」
妙になれなれしい口調で、若い医師はそう言ったが、あかりは、「家に帰って、両親と相談してみます」と言って、その場を済ませた。
治してもらおうと思えば、いつでも治してもらえるのだから、別にあせる必要はないわけで…レーザー治療ってのは、黒い部分を焼き切っちゃうってことだから、当然、ちょっとは傷跡がのこるのだし…
それに、もし、これがミイラの呪いだったとして、その呪いを解くことができたときには、きれいさっぱり元に戻る可能性だってあるわけで…だから、治療を受けるのは土蔵を調べてからでも、遅くないんじゃないかな…
あかりはそう考え、ヒカルも「なるほど、それもそうだな」と言って、同意した。
階段を降りて、靴をはき、姿見で最終チェックをした後、「じゃあ、行ってきます」とあかりが言ったときには、そこに母親が立っていて、「本当に一緒に行かなくていいの?」と心配そうに言うのだが、その目はミニスカートのヒラヒラを見ている。
「そんな恰好で、大丈夫?」
「うん…寒気はおさまったし、熱もいまは下がっているみたいだから…」
「そお…それじゃ、家で寝てたほうが良いんじゃない?」
「え…い、いや、でも、頭いたいし…鼻もつまっちゃってるし…のども…とにかく、早めに治してもらった方が良いから…」
「そお?そんなに言うなら、行けば良いけど…」
「う、うん…」
「保険証は、ちゃんと持った?」
「うん、かばんに入れた…それじゃ、行ってきます!!」
「気を付けてね!! まっすぐ帰ってくるのよ!!」
「うん、分かってる!!」
心配そうに見送る母親をあとに、あかりは駅へと向かった。
電車内は空いていて、ふたりは並んで座ることができた。ヒカルは学校に行くふりをして家を出てきたので、高校の制服を着ていた。
「ネクタイするんだね…制服…」
「ん…ああ、この辺じゃ珍しいだろ?」
「うん…なかなか似合うね…」
「そおか?」
「うん…」
そのとき、電車がカーブにさしかかり、ガタンと揺れて、ふたりの顔が急接近する。身体が密着し、お互いの体温が相手に伝わる。しばらくのあいだ、ふたりはドキドキとしながら見つめ合っていたが、どちらともなく視線をはずす。
「あかりも…」
視線をはずしたまま、ヒカルが言った。
「あかりも、そのスカート、似合ってるな…」
ヒカルは、会ったときから気になっていたそのことを、はずみで思わず言ってしまい、真っ赤になって、あらぬ方を向いてしまう。
「あ…ありがと…」
あかりも何だか恥ずかしくなって、真っ赤になり、下を向いてしまう。その状態のままで、十分後、電車は目的地に到着した。
駅から病院までは、たいした距離ではないが、歩かなければいけなかった。やっぱりミニスカートにして良かった、とあかりは思うが、それでも長袖のブラウスには参ってしまう。
「あついね…」
「あついな…」
ヒカルがネクタイを緩めて、手をうちわ代わりにパタパタさせて、胸元に風を送る。あかりの鼻にスンッと、汗のにおいが流れてきたが、それは不快なことではなかった。強い日差しのなかを、汗を光らせながら歩くヒカルは、さわやかで、見ていてとても気持ち良かった。
ヒカルくん…キミはどんどんカッコ良くなっていくんだね…身長だって、むかしはわたしより小さかったのに…
あかりは自分の身長(百五十五センチ)にコンプレックスを抱いていた。
「身長、伸びたよね?」
「ん? ああ、そうだな」
「いくつぐらい?」
「百七十、ちょい超えたくらい」
「へえー…いいなあ…」
「うーん…でも、もうちょっとほしいんだよな」
「まだ伸びてるの?」
「いや、止まりかけてる…高校に入学したときぐらいが、いちばん伸びたんだけどな…もうダメみたいだ」
「ふーん…」
「あかりは、中学のときから、変わってないな」
「う…うん…」
あかりの声がすこし沈んだ調子になった。ヒカルはあわててフォローを入れようとするが、「俺は小さいのキライじゃないぜ」とか言うと、また変な雰囲気になってしまいそうだったので、「また伸びることもあるかも知れないんだから、元気だせよ」とありそうもないことを言うに留めておいた。
皮膚科の受け付けを済ませて、ふたりは待合室のベンチに並んで腰を掛けた。待合室は空いていたので、そんなに待たなくて良さそうだった。ヒカルはひとつ息を吐き、何となくまわりを見回す。老婆がふたり、並んで座り、何事かを話している。
ふたりとも同じような恰好をしているせいか、ひどく似ていて、姉妹のように見えた。片方の老婆が右手の甲に、もう一方が左手の甲にガーゼを貼りつけている。何を話しているのか、内容は聞こえてこないが、しきりにゴニョゴニョとやっている。ぼおっと見ていると、鏡に向かう老婆が、自分の像に向かって話しているように見えてきたので、笑いそうになった。
そのことを言おうと、あかりを見たのだが、あかりは妙に緊張した面持ちで、正面をジッと見据えているので、やめにした。別のところでは、一目でアトピー性皮膚炎と分かる男の子が、母親らしき女性に絵本を読んでもらっている。
その肌は白っぽく、カサカサになっていて、いたるところにかき傷が見られた。男の子は、絵本を読んでもらうのが好きなのだろう、床に届かない足を、楽しそうにブラブラとさせている。しかし、たまに眉間にシワを寄せて、右耳の下や二の腕をかくときには、そのブラブラは止まってしまう。かわいそうだな、とは思ったが、別にそれ以上の感情は生まれなかった。
ふと視線を感じたので、そちらを見ると、二十歳前後の男が、こちらをジッと見つめている。目が合い、ドキリとして、視線をはずしたのだが、それは向こうも同じだった。こんなところに高校生の男女が並んで座っているのは、やっぱり変に思われるのだろうな、と、ヒカルは男の探るような目付きを理解した。
「わたし…」
あかりが口を開いた。
「ん?」
「わたし…大丈夫かな…」
あかりは正面をジッと見据えたまま、そう言った。その横顔は、すこし青ざめているように見える。
「何が?」
「これ…」と、あかりは右の袖をまくり上げて、黒い部分を示す。
「これのこと…わたしたち、ミイラの呪いかなにかと思っていたけど…本当はすごく重い病気なんじゃないのかな…」
「え? そんなこと…」
そのとき、また視線を感じたので、そちらを見ると、さっきの男が、あかりの黒い部分をのぞき見ようと、首をのばしている。ヒカルは、これにはムッとして、男を思い切りにらみつけた。それに気付いた男は、すぐに視線をはずしたのだが、ヒカルがにらみ続けていることに気付くと、オドオドとおびえたようになった。
しばらくの後、「サカガミさあん」という呼び出しの声があった。「サカガミ」というのはその男のことらしく、「はい!!」と必要以上の大きな声で応えた男は、これを救いと逃げるように診察室へと姿を消した。
結局、診断結果は、「良性の黒色腫瘍だろう」ということだった。
「黒いおできと思ったらいいよ…これぐらいの大きさであれば、レーザーで今すぐにでも治療できるけど…どうする?」
妙になれなれしい口調で、若い医師はそう言ったが、あかりは、「家に帰って、両親と相談してみます」と言って、その場を済ませた。
治してもらおうと思えば、いつでも治してもらえるのだから、別にあせる必要はないわけで…レーザー治療ってのは、黒い部分を焼き切っちゃうってことだから、当然、ちょっとは傷跡がのこるのだし…
それに、もし、これがミイラの呪いだったとして、その呪いを解くことができたときには、きれいさっぱり元に戻る可能性だってあるわけで…だから、治療を受けるのは土蔵を調べてからでも、遅くないんじゃないかな…
あかりはそう考え、ヒカルも「なるほど、それもそうだな」と言って、同意した。