第11話「放課後の式神ファイト倶楽部」その弐・・・推定読了時間約7分

文字数 4,308文字

 その瞬間、視界が乱れる。

 そして、自分の体の中心に引き込まれる衝撃。体の内部と外部がひっくり返るかの様な感覚に襲われた。
 それらが一瞬にして起こり、ほんの一秒か二秒後には、景色が変わっていた。


 晴天を横切るカモメ。白く輝く雲。

 大きく広げられ風を受けるマストと帆。

 ワックスが染み込んだ板の床。

 目が回りながらも立ち上がる桃眞。

 そこは、大きな海賊船のようだった。
 船の外は何もない綺麗な海。波も穏やかだ。


 皆が歓声を上げている……。


 頭を押さえ振り返ると、赤い何かが桃眞の頬を掠めた。
 慌てて後ろに下がり、その正体を見た時、桃眞は絶句した。


 大きな赤いカマキリがそこに居たのだ。

 桃眞の身長の倍はあろうか……。

 その横で、両手で印を結ぶ慎之介。

 そして、甲板の向こう側には、青い毛が逆立つゴリラ。

 両手で印を結んでるのは、三年生の横谷 俊(よこや しゅん)


 桃眞は、甲板の端にいる生徒達の元に向かうと、櫻子に声を掛けた。

「櫻子ッ、コレ何ッ」

「何って式神よ」

「これが式神ッ!?


 ゴリラが甲板を走り、飛び上がる。

 マストにしがみ付くと、タイミングを見計らい、カマキリの頭上に飛び掛かる。

「上だッ」

 慎之介が叫ぶと、カマキリは上を見上げ、大きな鎌を振りかぶる。

 飛び降りる加速度を乗せたゴリラの渾身のパンチは、カマキリの鎌を打ち砕いた。そのまま、カマキリの体を甲板に沈みこませた。

 絶命したカマキリの体は、人形の紙となり、凹んだ床の中心でボロボロになっていた。


 額に汗が滲む慎之介が「クソッ、参りました」と負けを認める。

 横谷が印を解くと、ゴリラも人形に戻る。
 お互いが一礼し、生徒達の元に戻った。


「す、すげーな」と驚く桃眞を見て、「あれ、アンタ式神が見えてんの」と声を掛ける櫻子。

「そ、そうなんだよ、だからコレの事を言いくてさ。櫻子にも後で……」

「じゃあ、次は雉宮(きじみや)と、狩麻(かるま)姉妹」と漣樹が次の対戦ペアを告げる。

 その言葉に違和感を覚える。

「姉妹?」

 すると、櫻子と入れ違いで返ってきた慎之介が口を開いた。

「アイツらは双子でな。いっつも一緒なんだ」

「そんなの有りなの……」

 そう言い、自分の足元をみると、犬神が座っている。

「お前が犬神……」と桃眞が言ったが、犬神は振り返る事もなく、ただ鎮座している。


 白に桜の柄をあしらった狩衣を纏う櫻子。

 対面に立った狩麻姉妹。
 二人とも瓜二つの姿だ。

 小さなドクロのイラストの刺繍が散りばめられた紫色の狩衣。目玉のアクセサリーが付いた烏帽子の下からは、胸元まで伸びる黒黒としたストレートヘアー。

 違う所があるとすれば一人は、ピンクのアイシャドー。一人は緑のアイシャドー。
 透き通るような白い肌と、妖艶な眼差し。

 
「独特なファッションセンスだなぁ」と妙に感心する桃眞。

「どっちかが、汐恩(しおん)、どっちかが魅恩(みおん)だ」と説明する慎之介。


 漣樹が再び術を唱えると、瞬時に景色が変わった。


 闇夜。

 一同が立っているのは、大きな朱色の木製橋。
 聳え(そび)立つ、和風の城の石垣から、対岸に渡る橋である。

 等間隔に灯された灯篭の灯りが煌々と輝いていた。


 汐恩と魅恩が交互に会話を始めた。

「ねぇ、汐恩」

「何、魅恩」

「どれでいく?」

「何を出す?」

「グロいの?」

「怖いの?」

「んー」

「んー」

「怖くてグロいの!」

「うんッ、怖くてグロいの!」

 そう言うと、一人が懐から人形を取り出し、もう一人が両手で印を結び念を送る。

 そっと、人形を宙に投げる。

 ゆらゆらと宙を舞い、橋の上に落ちた途端。そこから、般若の仮面を被った白い装束の女が現れた。

 血塗れの装束のあちこちに、無数の釘が体に刺さっている。
 痛みに苦しんでいるのか、低い呻き声をあげて体をよじる。

 その手に握られた(なた)……。血がこびり付き、錆ている。

 それを目の当たりにしていた生徒達が、ゾッとし、後退りした。


「さすが、女子寮ナンバーワンッ」と、櫻子は狩麻姉妹の法力を称えると、懐から人形を取り出す。

 足元に置くと、両手を結び念を送る。

 そこから現れたのは、白いウサギだった。

「おい、マジかよ。あんなの無理だろ」と心配する桃眞に、「見た目に惑わされるな」と慎之介が言った。


 桃眞が良く見ると、ウサギは、ゆっくりと懐から鈍く光る斧を取り出す。


 ずり……ずり……
 般若の血と泥に染まる足が、橋の上を擦る。

 怒りと苦悶がないまぜになりながらも、無機質な感情を称える仮面。そして、また、ふと……足を前に突き出す。


 ゴリ……ゴリ……
 ウサギは、自分の体よりも重そうな斧を引きずりながら距離を詰める。


 その刹那。

 一気に振り下ろされた鉈が、床をかち割り、突き刺さった。

 間一髪飛び避けたウサギが斧を振り般若の首へ斬り込む。が、斧は、首の中心で止まる。
 力が足りなかったのだろうか? 首が異常に硬かったのか……。


 細く不気味な手が、ウサギを掴もうとしたが、俊敏な動きを見せ、般若の女を翻弄し体を這いまわる。

 その間に、何度も斧で斬り込む。 
 飛び散る鮮血。
 悲痛な叫び声をあげる女。

「ムカつくね」

「うん、ムカつくね」と、防戦一方の状況に苛立つ狩麻姉妹。


「ヒットアンドアウェイよッ」

 ウサギが正面から、般若の面を斬りかかったと同時に掴まれた。

「しまったッ」と叫ぶ櫻子。


 次第に力を増す手の中で、ウサギが藻掻く。

 その前で、ゆっくりと仮面が半分に割れた。
 現れた素顔に一同が絶句する……。

 皮膚が(ただ)れ落ちた赤黒い顔に、口が縦に大きく裂けている。

 ギョロっと飛び出た丸い瞳。

 無数の唾液と血に塗れた腔内から、無数の触手のような舌が蠢いている。


 そして、次の瞬間、口から触手が飛び出すと、ウサギの体に絡みつき、一気に腔内に引き込んだ。


「あ、あいつ喰ってる……」と青ざめる桃眞の前で、櫻子が地面に崩れ落ちる。

「くっそぉー」


「やったね」

「やったね」

 そういい、汐恩か魅恩かが印を解くと、般若の女は人形へと戻る。
 そこには、バラバラになった櫻子の人形も散らばっていた。


 一同が気を取り戻すのに暫く経った。


「どうだ、阿形 桃眞。体験入部がてら俺と一勝負は」と漣樹が桃眞を煽る。

「いや、俺はいいよ。式神なんてまだ習ってないし」と両手を振って拒否した。

「なんだ、お前もソコの猿田と同じで腰抜けか? 食堂で突っかかって来た時の威勢はどうした」

 その言葉にカチンと来た桃眞。

「慎之介は関係ないだろ」

「どうする。やるのか? 逃げるのか……」と桃眞の目を見ながら挑発する。


 とは言っても、式神の召喚の仕方なんて習ってもいない。

 返答に困っていると、「おい、猿田。阿形に教えてやれ」と漣樹が指示をする。

「いや、流石に短時間では無理だろ」と答える慎之介。

 そんな答えは受け付けないと言った表情で、無言を貫く漣樹。

 選択肢が他に無いと悟った慎之介は、桃眞を連れて、橋の対岸へと移動した。


「式神の原理や説明をしている時間はない。ただ、式神の召喚の仕方だけを教える」

 そう言うと、慎之介は懐から人形を取り出すと、桃眞に手渡した。

 そして、式神召喚のレクチャーを始めた。


 その間に、漣樹が再び場所を変える。

 術を唱えると、真昼のコロッセオ闘技場へと景色が変わった。

 中央の闘技場には、漣樹と、桃眞。そして今、レクチャーを進めている慎之介。
 その他の生徒はギャラリーとして観客席に座っていた。


 それから暫くして、慎之介が闘技場を離れた。


 櫻子の隣の席に座る慎之介。

「ねぇ、大丈夫なの」と訊ねる櫻子に、「多分……」と答える。

「あとは、アイツの法力次第だ」

「でも、アイツ……何か雰囲気変わったよね」と桃眞を見ながら喋る櫻子。

「何で、法力があるんだ……。今のアイツには法力を感じる」と慎之介は神妙な表情で、そう言った。


 漣樹は、黒い狩衣の袖から人形を取り出した。

「準備はできたか」

「たぶん……」と桃眞は返事をした。


 漣樹が人形を投げ捨て、両手で印を結ぶ。
 すると、人形が大蛇へと姿を変えた。

 頭だけでセダンタイプの乗用車程の大きさがある巨大な蛇だ。とてつもなく……デカイ。
 圧倒される桃眞。


「あの野郎、素人相手に本気かよッ」と焦る表情の慎之介。

「寺沢さんて強いの」と訊ねる櫻子に、「一応、兄貴は元怪伐隊の隊長だからな。アイツも今の学生の中ではトップクラスだ」と答える。

「マジで……」

 櫻子の手に汗が滲んだ。

「阿形……。見た目に惑わされるなよ。量より質だ」と慎之介は呟いた。


 もう、敗北感が全身を支配していたが、何とか奮い立たせる桃眞。

「俺だって、安倍晴明に直接術を習ったんだ。こんな状況……覆してやるッ」

 そう言うと、人形を地面に投げ捨てる。
 両手を、慎之介に習ったように結び、心の中で術を唱える。

「出ろッ。俺の式神ッ!!

 そう叫んだ桃眞に一同が固唾を飲む。


 ……………………


「何か出た? 失敗?」と言い、辺りを覗き込む櫻子。

「いや……多分。成功……してる……と、思う。今のアイツの力み方からすると」と答える。

 すると、他の倶楽部生が口々に喋りだした。

「おい、アレ見ろよ」

「エッ、アレ……か?」

「どれ?」

 何人かが指差す先を、目を凝らした。

「あ……」と声を漏らす慎之介が、櫻子に分かるように指を指し示す。

 そして、ソレを見た櫻子がぼそっと呟いた。

「毛虫……」


 にょき……にょき
 にょき……にょき……


 一生懸命に体をくねらせては前へと進む毛虫。
 ギャラリーがずっこける。


 その様子に、馬鹿笑いをする漣樹。

「お前、マジかよ。何だソレ」

「う、うるせー。これでも今、カナリ集中してんだぞ」と顔を赤らめる桃眞。

「まぁ、面白いモン見せて貰ったよ。じゃあ、体験入部のお土産として、腕の一本くらいへし折っとくか。行けッ」と漣樹は大蛇に指示をした。


 地面を抉りながら這う大蛇。
 毛虫が一瞬で消し飛ぶ。

 その衝撃で印が解けた桃眞が、勢い余って尻餅をついた。

 大きな口を開ける大蛇。長く鋭利な歯から唾液が垂れる。桃眞の体がすっぽり入ってしまう程の大きさだ。

「や、ばい」

 大蛇の口が桃眞の体を覆い尽くそうとした。
 観客席から、悲鳴にも似た声が上がる。


 次の瞬間……。


 強烈な閃光。


 仰け反る大蛇……。
 腕で顔を伏せる漣樹。


 光が収まると、桃眞の前に大きな青い炎が渦を巻いていた。

 次第に一点に収束する炎が、犬の形になる。
 前足だけで桃眞の体に匹敵する程の大きさだ。

「犬神……?」

 直感で桃眞には分かった。


 太く低い声が犬神から発せられる。

「こんな所で死なれては困る。お前を殺すのは我なのだから」

 そう言うと、犬神は大蛇を睨みつけた。



 つづく


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