第1話
文字数 2,565文字
どうすればまた歌えるのだろう。
歌うと注目されていろんな人が寄ってくる。
私を利用しようとする人。
私に幸せにしてもらおうとする人。
私を崇めようとする人。
そんなことしなくてもみんな、大丈夫なのに……
あれ?隼優 、何してるの。
私、もう歌わないから戦わないで……
やめて! 隼優……!
「ねぇ、鹿屋 くん。今度みんなでテニスコート借りるんだけど、一緒に行かない?」
鹿屋明人 は都内の大学に通っていた。人懐こい性格からか、男女問わず生徒たちに慕われている。
「へぇ~楽しそうだね~ でも、僕ちょっとおなか壊してて。運動はムリかなぁ」
大学の廊下で、昼前の同じ講義に出席していた同学年の学生が明人に声をかけてきた。その女性は明人目当てで誘ってきたが、明人は興味がない。
「鹿屋くんが来てくれたら、みんな喜ぶから、おなかが治ってからでもいいわ。ねぇ、いつなら治りそう?」
「いやぁ、僕、一度壊すと果てしなく治らないんだよ。タチが悪いよね~」
「じゃあ、テニスはやめるわ! カラオケはどお?」
「明人が歌うと耳からうじが湧くぜ。やめといた方が身のためだ」
二人の後ろから声をかけたのは、倉斗隼優 という明人の幼なじみであり、親友だ。
「ねぇ、隼優。もーちょっと上手い断り方ないの?」
「何言ってんだ。おまえの詰めが甘いから相手がつけ上がるんだろ」
隼優と明人は小さい頃から仲良く育ってきたが、さすがに大学を受験するとなると、その学力差は歴然としていた。隼優は元々賢い子だったが格闘技に夢中になると、明人の学力についていくことができなかった。
しかし、明人は高学歴とやらには全く興味がなく偏差値を落として受験することにした。隼優は明人から受験科目を叩きこまれ、たったの半年でそれなりの大学を受験できるところまで偏差値を上げた。これは、隼優が何度も反芻しなくてもある程度覚えてしまうという記憶力に秀でていたせいだろう。
結果、この二人はまた仲良く同じ大学へ通うことになったのである。
「食堂、混んでんな」隼優は席を探したが、どうも座れそうにない。
「カフェテリアに行く?」
二人は軽い昼食でもとろうと、構内にあるカフェテリアに入った。
「あらぁ、鹿屋くん。久しぶりね。新しいケーキ入ってるわよ」
そう言ってウェイトレスがトレイに隼優と明人のコーヒーを載せる。後ろの棚から赤いリボンで括った包みを出してきた。
「あれ、お姉さん、このクッキー何?」
「ああ、それね、販売してたのがもうすぐ期限切れそうだからあげるわ」
……と、言われても周囲のお客さんたちはもらっているような様子がない。
「まったく、おまえはとんでもない人たらしだな。年上にまで色目使いやがって」
「僕がそんな器用な人間に見える? 隼優こそ次々女の子替えてるじゃん」
「あのなぁ、俺は替えてるんじゃなくてふられてんだ!」
二人はこのカフェテリアで名物のナンつきカレーを食べながら話している。
「俺、今日はバイトが夜からなんだ。明歌 の見舞いに行ってもいいか」
明歌は明人の妹である。
一年以上前に原因不明の難病にかかり、季節によっては学校も休んでいた。
明歌は奇妙な才能を持っていた。歌自体にはこれといって特徴はなかったが、歌を聴いた人間によっては、体調が改善し、病気なども治ってしまうケースがあった。
「え~珍しいね。いつも道場とバイトでスケジュールぎちぎちなのに」
「いや、この前俺が貸した本の続きをすぐ持ってこないと小さい頃の秘密をバラしてやるっておどされたからさ」
隼優は小さい頃から明人と明歌と三人で遊んでいた。
「明歌も遠回しすぎて複雑怪奇だなぁ」
「何が」
「隼優。明歌はね、隼優にはあげない」
隼優はきょとんとする。
「なんの話だよ」
「だって、隼優は怪力でそこらじゅうのややこしいやつらを敵に回してる。この前はどっかの国の紛争で子供の護衛に参加してきたらしいね。隼優のそばにいたら、明歌は毎日おびえて暮らさなきゃならない」
「ああ、そういうことか。心配するな。明歌は俺のことなんかただの腐れ縁としか思ってないし」
「でも、明歌を守ってきたのは隼優だろう? 明歌は隼優のことをただの幼なじみだとは思っていないよ」
「どうかな」
昔、隼優はその名の通り、優しげな子供だった。絶対に相手に手をあげることはなかった。ところが、ある日を境に空手の道場に通い出し、元々ひそんでいた力を余すことなく発揮しだした。
そのきっかけは一体、何だったのだろう。親友である明人にも本当の理由はよくわからなかった。
午後の授業が終わり、明人は隼優を自宅へ連れていく。鹿屋家は共働きのため両親は不在だった。
「明歌、隼優を連れてきたよ」
「足音でわかった。隼優の足音は重い感じがする」
「え? これでも少しはやせたんだけどな」
「そういう意味じゃないんだけど……座って」
明人はお茶を入れに階下へ降りた。隼優は持ってきた本を明歌に渡す。
「ほら、これ最終巻だ」
「あっ、借りてた本の続き……もう終わりなの?」明歌は少しうつむく。
「ああ」
隼優は明歌の表情が曇るのを見て辛くなり、ふっきるように目をそらす。
「おまえ……外に出たくないか」
「出たい。でも、長く外にいると疲れてしまうから」
「疲れたら俺がおぶってやるよ」
「い、いい。私こう見えても重いんだから」
「そうなんだよなぁ。子供の頃、何度おまえの重さで転びかけたことか」
「それ隼優だって小さい時でしょ。そもそもおぶるなんて無理なのよ」
「──でも今は違う。おまえをかついでどこだって行ける」
「かついでどーすんのよ! 荷物じゃないんだからっ」
隼優がハハッと笑う。
「しょーがねぇな。河原で花でも摘んできてやるよ」
「は、花ぁ?」
明歌は隼優の額に手をあてる。
「何やってんだよ」
「熱でもあるのかなぁって」
「バカ。熱があるのはおまえの方だろーが」
「そうだった……隼優があんまりおかしなこと言うから一瞬忘れちゃったよ」
明人がお茶を持って入ってきた。
「二人とも何やってんの。隼優も熱があるのか?」
「俺、熱なんか何年も出したことねーよ。空手やりだしてからかなぁ。じーさんが武道やりだすと免疫力が上がるとか言ってたし」
「なんで武道で免疫力?」
「精神力を鍛える面もあるからじゃないか」
「精神力……」明歌は隼優の言葉にふとひっかかるものを感じた。
歌うと注目されていろんな人が寄ってくる。
私を利用しようとする人。
私に幸せにしてもらおうとする人。
私を崇めようとする人。
そんなことしなくてもみんな、大丈夫なのに……
あれ?
私、もう歌わないから戦わないで……
やめて! 隼優……!
「ねぇ、
「へぇ~楽しそうだね~ でも、僕ちょっとおなか壊してて。運動はムリかなぁ」
大学の廊下で、昼前の同じ講義に出席していた同学年の学生が明人に声をかけてきた。その女性は明人目当てで誘ってきたが、明人は興味がない。
「鹿屋くんが来てくれたら、みんな喜ぶから、おなかが治ってからでもいいわ。ねぇ、いつなら治りそう?」
「いやぁ、僕、一度壊すと果てしなく治らないんだよ。タチが悪いよね~」
「じゃあ、テニスはやめるわ! カラオケはどお?」
「明人が歌うと耳からうじが湧くぜ。やめといた方が身のためだ」
二人の後ろから声をかけたのは、
「ねぇ、隼優。もーちょっと上手い断り方ないの?」
「何言ってんだ。おまえの詰めが甘いから相手がつけ上がるんだろ」
隼優と明人は小さい頃から仲良く育ってきたが、さすがに大学を受験するとなると、その学力差は歴然としていた。隼優は元々賢い子だったが格闘技に夢中になると、明人の学力についていくことができなかった。
しかし、明人は高学歴とやらには全く興味がなく偏差値を落として受験することにした。隼優は明人から受験科目を叩きこまれ、たったの半年でそれなりの大学を受験できるところまで偏差値を上げた。これは、隼優が何度も反芻しなくてもある程度覚えてしまうという記憶力に秀でていたせいだろう。
結果、この二人はまた仲良く同じ大学へ通うことになったのである。
「食堂、混んでんな」隼優は席を探したが、どうも座れそうにない。
「カフェテリアに行く?」
二人は軽い昼食でもとろうと、構内にあるカフェテリアに入った。
「あらぁ、鹿屋くん。久しぶりね。新しいケーキ入ってるわよ」
そう言ってウェイトレスがトレイに隼優と明人のコーヒーを載せる。後ろの棚から赤いリボンで括った包みを出してきた。
「あれ、お姉さん、このクッキー何?」
「ああ、それね、販売してたのがもうすぐ期限切れそうだからあげるわ」
……と、言われても周囲のお客さんたちはもらっているような様子がない。
「まったく、おまえはとんでもない人たらしだな。年上にまで色目使いやがって」
「僕がそんな器用な人間に見える? 隼優こそ次々女の子替えてるじゃん」
「あのなぁ、俺は替えてるんじゃなくてふられてんだ!」
二人はこのカフェテリアで名物のナンつきカレーを食べながら話している。
「俺、今日はバイトが夜からなんだ。
明歌は明人の妹である。
一年以上前に原因不明の難病にかかり、季節によっては学校も休んでいた。
明歌は奇妙な才能を持っていた。歌自体にはこれといって特徴はなかったが、歌を聴いた人間によっては、体調が改善し、病気なども治ってしまうケースがあった。
「え~珍しいね。いつも道場とバイトでスケジュールぎちぎちなのに」
「いや、この前俺が貸した本の続きをすぐ持ってこないと小さい頃の秘密をバラしてやるっておどされたからさ」
隼優は小さい頃から明人と明歌と三人で遊んでいた。
「明歌も遠回しすぎて複雑怪奇だなぁ」
「何が」
「隼優。明歌はね、隼優にはあげない」
隼優はきょとんとする。
「なんの話だよ」
「だって、隼優は怪力でそこらじゅうのややこしいやつらを敵に回してる。この前はどっかの国の紛争で子供の護衛に参加してきたらしいね。隼優のそばにいたら、明歌は毎日おびえて暮らさなきゃならない」
「ああ、そういうことか。心配するな。明歌は俺のことなんかただの腐れ縁としか思ってないし」
「でも、明歌を守ってきたのは隼優だろう? 明歌は隼優のことをただの幼なじみだとは思っていないよ」
「どうかな」
昔、隼優はその名の通り、優しげな子供だった。絶対に相手に手をあげることはなかった。ところが、ある日を境に空手の道場に通い出し、元々ひそんでいた力を余すことなく発揮しだした。
そのきっかけは一体、何だったのだろう。親友である明人にも本当の理由はよくわからなかった。
午後の授業が終わり、明人は隼優を自宅へ連れていく。鹿屋家は共働きのため両親は不在だった。
「明歌、隼優を連れてきたよ」
「足音でわかった。隼優の足音は重い感じがする」
「え? これでも少しはやせたんだけどな」
「そういう意味じゃないんだけど……座って」
明人はお茶を入れに階下へ降りた。隼優は持ってきた本を明歌に渡す。
「ほら、これ最終巻だ」
「あっ、借りてた本の続き……もう終わりなの?」明歌は少しうつむく。
「ああ」
隼優は明歌の表情が曇るのを見て辛くなり、ふっきるように目をそらす。
「おまえ……外に出たくないか」
「出たい。でも、長く外にいると疲れてしまうから」
「疲れたら俺がおぶってやるよ」
「い、いい。私こう見えても重いんだから」
「そうなんだよなぁ。子供の頃、何度おまえの重さで転びかけたことか」
「それ隼優だって小さい時でしょ。そもそもおぶるなんて無理なのよ」
「──でも今は違う。おまえをかついでどこだって行ける」
「かついでどーすんのよ! 荷物じゃないんだからっ」
隼優がハハッと笑う。
「しょーがねぇな。河原で花でも摘んできてやるよ」
「は、花ぁ?」
明歌は隼優の額に手をあてる。
「何やってんだよ」
「熱でもあるのかなぁって」
「バカ。熱があるのはおまえの方だろーが」
「そうだった……隼優があんまりおかしなこと言うから一瞬忘れちゃったよ」
明人がお茶を持って入ってきた。
「二人とも何やってんの。隼優も熱があるのか?」
「俺、熱なんか何年も出したことねーよ。空手やりだしてからかなぁ。じーさんが武道やりだすと免疫力が上がるとか言ってたし」
「なんで武道で免疫力?」
「精神力を鍛える面もあるからじゃないか」
「精神力……」明歌は隼優の言葉にふとひっかかるものを感じた。