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文字数 1,181文字

たどり着いた家の戸を、老紋様術師、イグネフェルの作り主たるナーシュが叩く。

家の中から女のものとわかる足音が聞こえ、薄い戸のすぐ向こうで止まった。

オーレリアは()るかね。
その呼びかけで戸が開いた。
大きく戸を開け放ったのは、15か6かという年頃の少女。

機嫌が悪く、睨むようにイグネフェルを凝視してから答えた。

おじいちゃんは死んだ。
なんだと。

そんな話は聞いてないぞ。

おととい出てったよ。夜にね。

ヴィオレンタと同じ場所で死にたいって言ってたから、もう戻ってくる気はないね。

お前は止めなかったのか。
どう止められたっていうのさ。

長くないのを自分でわかってたんだ。それに……

少女の目が凍りついていることに、イグネフェルは気がついた。

親類を(うしな)って以来、心をとかす温かい涙は、まだその目から流れていないのだ。

苛立ちながら捲し立てようとした少女は、しかし耐えかねるように言葉を詰まらせた。


孤独な者の沈黙。

人に言葉が届かないことを知っている者の沈黙。


その後、何もかもが面倒だとばかりに、肩でため息をついた。

……とにかく、入れば?
少女が戸口からどく。

父に続き、イグネフェルもその小さな家の中に入っていった。

50を過ぎてた。

死ぬのに早すぎたわけじゃない。

ナーシュは窓から遠い二つのスツールの片方に勝手に座り、隣にイグネフェルを座らせた。少女は立って壁にもたれる。
ミクリラ、お前はこれからどうするつもりなんだ。
いいよ、気にしてくれなくて。
…………。
それより依頼の件だよね。おじいちゃんはちゃんとしていったよ。
………………。
……で、それなの? 『イグネフェル』って。
それとはなんだ! この子は私の……
あー、息子だったね。失礼。
ミクリラはどこか見下げた調子だった。
嫌な小娘だ。依頼を引き継いでるならさっさと中間報告をしろ。
お探しのものは前回目星をつけた場所にある。ソイツはあたしが連れていけばいいわけ?
そうだ。この子は昨日の夕方目覚めたばかりだ。一人で行動させるのは心許(こころもと)ない。

かといって私はこの体だ。町まで連れていってやることもできん。

町の人たちはそいつを殺そうとするんじゃない? そいつを知ってる世代なら。
息子が亡くなった歳より随分若く造形した。すぐには気付かれまい。目立たないようにしてやってくれ。
………………。
あんた、自分が何をしに行くかわかる?
ミクリラはイグネフェルに話しかけた。

えっ……

………………

悪い魔女を討伐しに……。

バーカ、その前に準備ってものがあるでしょうが。

いい?

あんたは自分が使う武器を手に入れに行くの。

死んだイグネフェルが最後に自作した紋様兵器よ。遺作ってわけね。それが保管された場所まであたしが連れて行ってあげる。

そう言って、ミクリラは手早く腰に短剣を差し、短いマントを壁掛けからとった。

それで、出かける支度(したく)は完了した様子だった。

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登場人物紹介

イグネフェル

本作主人公の紋様兵器。魔女を討伐するべく旅に出る。

涙を流す機能がない。

ヴィオレンタ

本作のヒロイン。

セレナル

『世界の涙の魔女』。

30年前の器継承戦争によって魔女の地位を継いだ。

ミクリラ

30年前に名を上げた英雄オーレリアの孫娘。

ナーシュ

イグネフェルの創り主。

30年前の器継承戦争で息子イグネフェルを失い、自身は顔面を奪われた。

ヴィゼリー

西の浮遊要塞の司令官。生ける紋様兵器。

リーセリー

ヴィゼリーが連れている紋様兵器。

オーレリア

30年前の器継承戦争の英雄。ミクリラの祖父。

アグア

東の浮遊要塞の司令官。

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