ムーブメント 5-1

文字数 783文字

 週末には新嶋から返信の手紙が届いていた。
 俺は手紙を一通り読んだ上で、送り返す文面を書き出した。
 近況で便箋三行を埋め、更に文章を後続させる。
『そういえば、新嶋って汰瀬といつから喋るようになった? 俺がそっちいた時あんまり喋ってる感じしなかったんだけど』
 ペンをくるくる回して自分の字形を眺める。これだと内容が少なすぎる。
『あと、いつから水泳始めた? 前に汰瀬から聞いて初めて知った。』
 感情のこもらない尋問文は、読んでいて嬉しい気持ちにはならない。次の行にペン先を移す。
『夏休みになったら市民プールとか行きたいな』
 書き足した一文は自然と出てきて安心した。
 あれから一度もプールで泳いでいない。仮に泳ぎに行くことになったら、水着を買うところからだ。
 俺はペンを机に置き、便箋を二つ折りにした。引き出しから封筒を取り出す。
 これを投函すると、返事を読めるのはまた一週間後だ。
 封をする直前で手を止め、一度封筒に入れた便箋を取りだした。新嶋に訊きたいことが沢山あった。どうせなら全部訊いてしまった方が楽なのではないか?
 俺は新しい便箋を取りだし、ペンを走らせる。先程よりも書きたいことは次から次へと浮かんできた。
 十日後には夏休みになってしまうことに焦燥を感じ得ずにいられなかった。その前に知っておかなければ、俺が忘れてしまう。
 便箋二枚に収めた内容は、あくまで真面目に書いた。今度こそ封をする。
 椅子の背もたれに寄りかかって時計を見ると十七時五十分を示していた。今から投函しに行っても集荷は明日だ。午前中に出しに行けば間に合うだろう。
 訊いたところで答えてくれるかは分からないが、訊いておかなければならない。駄目だったらまだ別の手段を採ればいい。
「夕飯の手伝いしてー」
 一階から母の声がする。俺は手紙をそのままにして部屋を出た。
 別の手段は持ち合わせていなかった。
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