謀《はかりごと》 ――月の面
文字数 8,221文字
1
「――見つからぬ、だと?」
俺は、階から身を乗りだし、中庭の土の上に平伏している舎人を怒鳴りつけた。
「どういうことだ!」
「――恐れながら」
すでに日は落ちようとしていた。館の影にすっかり飲まれた庭で、舎人はますます額を土に擦りつけ、くぐもった声で答えた。
「早馬使いによりますと、沼地での乱戦の末、小鷹王子は河に落ちたか、あるいは自ら飛び込まれたかして、まだご遺体は見つかっておらぬと――――」
「河に――――」
俺は、その河を見たことがなかった。
はるか南の「山の一族」の領地を流れるという河。
それは、絵図面の上では、太くうねった墨の跡でしかなかった。
山間を流れる河だというのだから、岩の多い急流なのだろうか。それとも、沼地の辺りではゆるやかに淀んでいるのだろうか。
小鷹が――行方しれず。
俺は、得体の知れぬ昂ぶりで気が遠くなりかけた。
怒りか。不安か。恐怖か。それとも――歓喜か。
自分でも判別の付かぬ感情が胸の奥から吹き上がる。
まだ死んでいない。小鷹がまだ生きている。
俺は歯を食いしばった。
何故だろう。それは確信だった。
きっと生きている。あれは落ち延びている。
そうだ――あれがこんなに簡単に死ぬはずがない。
あれは――まだ死んではならぬのだ。
「引き続き捜索するよう命じておりますので、どうか今しばらくお待ちください――――」
舎人は、絶句してしまった俺が怒りを耐えているように見たのか、ひどく怯えたような早口でそう告げた。俺は黙って頷き、片手を上げて去れと合図をした。
小さな庭に一人残って、俺は拳を握りしめた。
小鷹は――今どこにいるのだろうか。
河を泳ぎ、あるいは流され――どこかの淵に打ち上げられているのか。
あるいは、川岸の岩の間に身を潜めているのか。
いずれにせよ――もし生きているのなら。
あれは――何を考えているだろう。
賢い同母弟のことだ。もうすでに、自らを襲った兵士たちが誰の命を受けて動いていたのか気付いているだろう。
「――憎め」
俺は呟いた。そう口に出すと、ひどく気持ちがすっきりした。
「憎め、小鷹。俺を憎むがいい」
そうだ――きっと、今小鷹は俺を憎んでいる。
俺だけを激しく憎んでいる。
そうだ――それが正しいのだ。
お前が俺を憎むべきなのだ。
俺は大兄日継王子――ただ一人、神々に許された、俺だけが唯一の存在なのだ。
「大兄王子、このようなところにおられましたか」
不意に階の上から声が降った。振り返ると、そこに壮年の男が立っていた。
「――
それは、「野守の一族」の首長、当麻だった。肉付きのたっぷりした体に
「小鷹王子の
「ふん。そうらしいな」
俺はわざと何でもないように言った。だが、当麻は何もかも見通したような目でにやりと笑った。
「『海辺の一族』の方はわたくしどもにお任せを――動きは全て把握しておりますので」
「――勝手にしろ。聞きたくもない」
俺は階を上り、当麻と連れだって回り縁を巡りながら吐きすてた。
「仰せの通りに。雄隼さま」
ぬけぬけと当麻は言った。
その、得体の知れぬ笑みをたたえた顔を見ていると、さっきまで赤く燃え上がっていた心の炎が見る見る冷えて、黒い炭の固まりへと変わっていくような気がする。
「ここを乗り切ってしまえば――雄隼さまの御代は安泰でございますよ」
「俺は――小鷹を恐れてなどいない」
俺はかっとして反駁した。当麻は何も言わず、相変わらぬ薄笑いを浮かべたまま深々と一礼して去っていった。
苦いものが喉の奥からこみ上げてくる。
今になって――俺の胸の奥に、薄い後悔の色が浮かんだ。
何故俺は、当麻の謀に乗ってしまったのだろう。
これではまるで、ありふれた謀略だ。
当麻は何も分かってなどいない。
俺は小鷹を恐れていたのではないのだ。
恐れることなど何もありはしない。
あれは所詮は末王子だ。
母と「海辺の一族」がいかにあれを推したとて、父王も――そして当麻をはじめとする中央の大豪族たちもそれを許すはずもない。
あれが、俺の日継王子の座を脅かすことなど、万に一つもありはしないのだから。
(そうだ――俺は、俺はむしろ――――)
むしろそのことこそが、俺のこの苛立ちの原因だったのだ。
そのことが、今になってくっきりと沸き立ってくる。
俺は――小鷹の何を憎んでいたのか?
俺はどうするべきだったのか?
「小鷹――――」
俺は頭を振った。もう引き返せない。
「小鷹、俺を憎め」
俺は再び呟いた。
「お前が、俺を憎むべきなのだ」
そうだ――俺は小鷹を憎んでなどいなかった。
ただ――小鷹に憎まれたかったのだ。
十二年前――あの新嘗の宴の日。
俺が熊名の片目をつぶした一件以来、周囲の俺への当たりは厳しくなっていた。
『あのように粗野で、癇癪持ちの子を、日継王子にしておいてよいのですか!?』
母のその糾弾は、父の、俺への態度を変えさせた。
「お前は日継王子なのだ」
わたしはお前を自由にさせすぎたのかもしれぬ、と父王は言った。
「お前は、何があっても次の大王にならねばならぬ。全ての首長たちの承認を得て、白木の壇を佳き場所に設け、神璽を受けて即位するのだ。何人にもそれに異を唱えさせてはならぬ」
「それはもはや決まったことでございましょう。大王が兄君を退けてその高御位にお着きになった時から」
俺の言葉に、父王は眉を寄せ、首を振った。
「愚かな息子よ。人の心は移ろいやすきもの、約定とは破られるためにあるものだ。つけいる隙を与えてはならぬ。逆らう理由を与えてはならぬ」
俺の王子宮の警備は増員され、舎人たちの顔ぶれが入れ替わった。親しくしていた若い兵士は遠ざけられ、父王の腹心である老人たちが宮の中を支配した。
俺の一挙手一投足は監視され――俺の王子宮は
しかしそれは、いわば俺が自ら蒔いた種である。
いかな俺でもそれはよく分かっていた。
俺は、苦く思いながらも勉学に励んだ。
酒の席での、たった一度の過ちなど、すぐに取り返せると信じて。
俺は大兄王子だ。
たった一人神々に許された、日継王子なのだから。
けれども――――
いかに生活を正し、行いを改め、口を慎もうとも、俺に再び光が当たることはなかったのである。
なぜならば――傍らに、はるかに輝く者がいたからだ。
俺は――あの同母弟の成人の儀式の日を忘れない。
父王の宮殿の祭殿で、辺りに五色の幕を張り巡らして行われたあの儀式。
正面に並んで座る父王母后の前に、十二になった小鷹はまっすぐに進み出て、母の父である海辺の一族の首長が、その額に小さな金の冠を乗せた。
遠い北の国で幾度も雪にさらし目にまぶしいほど白くなった絹をまとった小鷹は、まだ幼さの残る顔を上げ、父王と豪族の首長たちに、声変わりの始まったかすれた声で、
「高照らす大王の王子として、天津神々の末裔として、天地神明に恥じぬ男となることをここに誓います」
と高らかに陳べた。
母は泣いていた。
それは、立派に成人した息子への喜びの涙でもあっただろうが、むしろ、この日を最後に女部屋から永遠に去っていく子との別れを惜しんだものだったろう。
俺は――父王の右に座し、その儀式を見つめながら、どうしても、自分の時のそれと比べずにはいられなかった。
俺の成人の式は、もっとずっと盛大ではあった。
地方豪族の首長たちもあまねく招かれ、客たちの席は祭館から溢れて中庭にも連なった。半島や大陸の国々からの使節も、こぞって祝いにやってきた。
まだ十一だった俺は、それらを目を輝かせて見た。
人々の祝いの言葉に、父をまねて重々しく頷いてみせ、この世の全てがいよいよ自分のものになるのだと胸を高鳴らせた。
だが――その記憶が今、小鷹の儀式の前で、色あせていくのはどうしたことだろう。
俺の式の時、母はいなかった。その時はまるで気にも止めなかったが、今にして思えば母はその頃、一つ二つの愛らしい盛りの小鷹と、海辺の宮で蜜のような時を過ごしていたのだ。
あの時、人々は確かに笑っていた。高楼に、庭の木々に、祭壇に掲げられた銅鐸が打ち鳴らされ、選りすぐられた楽人が次々に舞を、歌を献じた。
だが――そのうちの幾人が本当に、俺の成人を祝っていたのだろう。
あの日成人したのは、俺であって俺ではなかった。
大兄日継王子という一つの入れ物だった。
祭殿での儀式をすませ、小鷹は中庭へと下りていく。
これから彼は、首都の南西に広がる丘陵に建てられた彼のための王子宮へ、従者たちの列を率いて向かうのだ。
俺は、父の名代として、その同母弟を宮まで先導せねばならなかった。
俺に続いて、小鷹が祭壇の階に姿を見せた時、中庭からどっと歓声が上がった。
庭には、萌黄のお仕着せに身を包んだ五十余りの舎人と、黄染の衣の上に挂甲をつけた騎馬兵、短甲姿の歩兵が合わせて百名、更に五十名の采女や女儒たちが列を成していた。
彼らの目は、先に立つ俺を素通りし、後ろを歩く小鷹に向けられていた。
勿論――それは当たり前のことだ。彼らは小鷹のための従者であり、今日は小鷹の成人の式なのだから。
だが、俺は見てしまった。
庭の端に控えていた俺の従者たちの視線もまた、俺を素通りしているのを。
俺が小鷹の従者たちの前を通り、自分の舎人たちの前に辿り着いた時、彼らはおざなりに日継王子の赤い幡を掲げはしたが、その視線は明らかに、階を下りたところで立ち止まっている小鷹の上に釘付けになっていた。
やがて小鷹の舎人たちが一斉に幡を掲げた。臭木の実で染められた薄青の幡が風になびいて翻った。
舎人の列の中から、ひときわ大きな男が進み出た。熊名だった。
彼は持っていた金銅の鎧を小鷹に恭しく捧げ、まだ幾分大きいその鎧と、山鳥の尾を長々と飾りにつけた眉庇の冑を主がつけるのを手伝った。
緊張と誇りで真っ赤な頬をした馬飼いの童児が、美しい白馬を引いてきた。
小鷹はその馬にまたがり、高々と右手を挙げた。
赤幡を掲げた俺の舎人たちが先導として王宮の門を出て行く。
その後ろから、俺と小鷹は馬の首を並べて歩き出した。
後には、熊名と、俺の守り役である舎人頭の
長い列になった。
春はまだ浅く、風は冷たかった。
王宮から小鷹の宮殿のある南西の丘陵までは、なだらかな平地が広がっている。茶色い土と枯れ草の色が目立つ農地に、低い柵に囲まれた民の家が点在していた。
行列の進む両側に農民たちが集まっていた。
「小鷹さま!」
童女の声がした。見ると、小鷹と同じ年頃の痩せた娘が、手に小さな黄色い花輪を持って道の脇に立っていた。後ろに続く舎人たちが一瞬ざわめき、娘を遠ざけようと列を乱しかけたが、小鷹はそれを片手を上げて制し、腰から太刀を外して、その先を娘に向かって差しのばした。
「小鷹さま……!」
娘は花輪を投げた。小鷹はそれを太刀の先で上手くすくい上げた。
感極まって泣き出す娘の声が後方へと流れ去っていく。小鷹はその花輪を自分の腕に嵌め、何事もなかったかのように真直に前を向いて進み始める。
俺は――その黄色い花輪に射られたように、そこから目を逸らすことが出来なかった。
俺の腕には、本物の金や珠や貝で作られたあまたの腕輪が嵌っている。
けれども、この花の腕輪に比べれば、それらは何と色あせて見えることだろう。
まだ花の季節には早い。この腕輪一つのために、あの娘はどれほど野山を歩き回ったのだろうか。
その時、小鷹が俺の視線に気付いて、顔をこちらに向けた。
目があった。
あの日以来、殆ど口も聞いたことのない同母弟。
俺は一瞬絶句し、それから繕うように言った。
「――下々のものをたやすく受け取るのは感心せんな」
小鷹は驚いたように目を見開き、数瞬の間黙っていたが、やがて再び前に向き直り、
「ご忠告感謝いたします」
とだけ答えた。その声の響きには、何とも言えぬ軽侮の色があった。俺はまたかっと頭に血が上るのを感じたが、かろうじて耐えた。
「ふん――末王子に何かしかける者もおらぬか」
俺はわざと挑発するように言った。
俺は――多分小鷹を怒らせたかったのだ。
小鷹は、流石にむっとして俺を睨みつけた。俺はほくそ笑み、更に煽った。
「どうした。言いたいことがあるなら言ってみろ」
小鷹が何か言おうとして口を開きかけた時、後ろで馬が軽くいなないた。小鷹ははっとしたように振り返る。少し離れてついてきていた熊名の馬がいつの間にかすぐ後ろにいた。
俺は熊名を睨みつけた。熊名は何事もなかったような顔で俺に黙礼をした。
その顔に走る傷。つぶれた左目。
俺が傷つけた顔。
だが、熊名の残った隻眼からは、俺に対する憎しみも反発も見て取れない。
まるで、俺のことなど目にも入っていないかのように。
何という苛立たしさだろう!
やがて、行列はゆるやかな坂道を登り始める。
丘の上に、真新しい白木の宮が見えてきた。
二重の濠と、三角の飾り板を巡らした板塀に囲まれた、美しい宮だった。
千木を上げ鰹木を乗せた高床の本殿。見張りの高楼。舎人や采女たちの平屋住居、馬小屋、犬小屋。
(ちっぽけな宮だ)
俺は心の中で詰った。
実際、それは、日継王子である俺の王子宮に比べれば、半分ほどの広さしかなかっただろう。
小鷹の顔がぱっと輝いた。気がせくのだろう、頬を紅潮させ、馬の歩みを速め始める。
「小鷹さま、お待ちを!」
小鷹の馬が、先導の舎人の列の最後尾に食い込もうとした時、たまりかねて後ろから小貝が叫んだ。だがまるでそれを合図にするかのように、小鷹は馬の腹を蹴った。
「うわあっ!」
小鷹の馬は、二列になって粛々と歩む俺の舎人たちの間を駆けぬけていく。
「待て小鷹!」
俺は叫んだ。舎人たちは驚いて左右に飛びはなれ、掲げていた赤幡は大きく乱れて幾つかは地に倒れた。
「小鷹!」
「王子!」
俺と熊名は同時に叫んで、小鷹の後を追った。
小鷹の白馬は、金色の尾を帚星のように引いて、正門へ続く坂道を駆け上がっていく。
門の前には、出迎えの召人たちがうち並んでいた。彼らも最初は驚いたようだったが、やがて笑顔になり、男たちは両手を挙げて主の名を叫んだ。女たちの打ち振る領巾が飛沫のように揺れた。
小鷹は、まだ開ききらぬ門に駆け込んでいった。
光が差す、明るいその宮に。
2
あの頃――俺は、もう二十歳を過ぎていた。
夜明けと共に起きだし、父王の宮殿に出向いて、来る日も来る日も父と大臣たちと共に政務をこなした。
治水のための土木工事。訴訟の調停。異国の使者との謁見。
人々の目はいつも俺を見ていた。
だがそれは、賞賛や尊敬の目ではなかった。
本当に次の大王としてふさわしいのか。
何か過ちを犯さないか。
彼らは常に俺を計っていた。
何をやり遂げても、誰もそれを誉め讃える者はいなかった。日継王子なのだから出来ることが当たり前で、「出来なくては困る」と言われるか、あるいは、「何だ出来たのか」と眉をひそめられるばかりだ。
父王には、俺と小鷹の間に、他の后に生ませた王子が三人いた。
彼らの母方の
表立って反論を唱えるほどに強い力は持ってはいないが、俺に何かあれば、自分たちの王子が……と思っているのは明白だった。
小鷹に王位が行くことだけはあり得ないのだから。
一方で――小鷹は日々をのびのびと満喫していた。。
年がいくにつれ、少女のようだった美貌にりりしさが加わって、彼はますます人の目を惹きつけるようになった。
すらりとした手足、小柄ながらひきしまった身体つき、椎の実のように粒のそろった白い歯。
誰もが小鷹に夢中だった。
甘やかされて育ったので少しわがままなところもあったが、元々の性質が素直なのだろう、笑顔にはどこか愛嬌があり、何をしても、人々はつい許してしまうのだった。
成人した小鷹は、政の場にこそ招かれることはなかったが、季節ごとのあまたの儀式や宴には、王族の一人として威儀を整えてやってきた。
宴の余興や神事のために、小鷹はよく俺や
彼の矢は常に、人の喜ぶ獲物を射抜き、的の中心に突き立った。
時には宴の席で、剣舞を舞うこともあった。
その姿の美しさ。そして力強さ。
人は口々にほめそやした。
特に気を入れて鍛錬しているとも聞かぬ。むしろ俺が耳にする小鷹の噂は、毎日気楽に遊びほうけているという話ばかりなのに。
俺は――あのようには出来ぬ。
あれがまだ幼いうちは、体格と経験の差で俺が勝ることもあった。
だが――あれが十五を過ぎる頃には、もはやそれは叶わぬことになってしまった。
どれほど努力しても、あれに勝つことは出来なかった。
父は言った。
「お前はもう、競射にも狩りにも参加せぬがいい。くだらぬ意地をはらず、遊びの手柄など弟たちにゆずってやるがよいのだ。お前は日継王子なのだから、あれらが捧げる獲物を嘉して受け取るだけでよい」
俺は――悔しかった。父王は、俺をかばってくれたのか。それともただ体面を保ちたかったのか。おそらくは後者なのだろう。
ある日――俺は、夢を見た。
寝苦しい真夏の夜だった。
闇の中に、二つの燃えるような瞳が浮かんでいた。
俺の臥所の傍らに、小鷹が立っているのだ。
(小鷹――――)
名を呼ぼうとするが声が出ぬ。
小鷹は、にやりと笑い、俺に向かって腕を伸ばした。
金と銀の指輪が、貝釧がきらめく。
帳台に横たわる俺に、弟は馬乗りになり、この首に両手をかけた。
(小鷹――――)
『あなたは、大王になどなれぬ』
小鷹は笑った。
『あなたは、そんな器ではない――おれの方がはるかにその黄金の冠にふさわしい』
『なのに何故、あなたが日継王子なのだ――おれは、それを許すことが出来ぬ』
全ての体重をかけて、弟は俺の喉を押し潰そうとした。その十本の指が、ゆっくりと喉に食い込む。床が、骨がきしみをたてて、俺の気は遠く――――
俺は目を覚ました。跳び起きて、喉に手をやる。
まるで同母弟の指の跡が、そこに残っているような気がした。
(小鷹――――)
だが。
俺が身にその時湧き上がってきたのは、恐怖でも怒りでもなかった。
それは――深い満足だった。
あるいは、強い喜び。
(小鷹が、俺を妬んでいる)
(俺を殺してまで、大王になりたいと思っている)
そう思うと、甘美な震えが体を満たした。
あの美しい同母弟。
あれが、どんなに望んでも手に入れることの出来ぬ、たった一つのもの。
それを持っているのが俺だ。
そうだ。俺は日継王子なのだ。
例えそれが、俺の実力で手に入れた位ではなかったとしても。
それでも、俺は、小鷹の持ち得ないものを持っている。
小鷹に妬まれている。
俺は笑った。
長い間忘れていた、心の底からの笑いだった。
「俺は大王になるぞ、小鷹」
俺は虚空に向けて宣言した。
「そして悔しさに歯ぎしりするお前を、必ず俺の前に跪かせ、永遠の忠誠を誓わせてやる」
だが――それがいかにつかの間の平穏だったのか、やがて俺は思い知ることになる。