第52話 傷つけられた写真③

文字数 1,694文字

一輝(かずき)くんと真理子さんはナニをしていたのかな?」

 正思(しょうじ)が興味津々の顔できいてくる。

「……兄さんは、汚いです……」と秀一(しゅういち)は下を向いた。「……由美子さんと結婚しているのに……」

「許してあげようよ。人ってそんなに割り切れるもんじゃないんだよ」

「……由美子さんもあの日、みずほに来ていたんです……兄さんと真理子さんが抱き合ってるところを見ちゃって、怒ってスマホを持ち出して畑の中に投げ捨てたそうです」

 秀一は由美子から聞かされた話を全て正思に語った。

「なるほど、秀ちゃんが置いていったスマホを由美子さんが持ち去ったってわけか。由美子さんって、ずっと連絡がつかなかったんだよね? 今日、何しに町に来たの?」

「警察に自首したいそうです」

「自首⁈」正思が驚いた。「由美子さんは、なにをしたの?」

「兄さんのスマホをとったからじゃないんですか?」

「それだけ?」

「神社にスマホを置いたのは自分じゃないのに、そのことまで自分のせいにされたくないって言ってました」

「由美子さんは智和さんの家にいるの?」

野々花(ののか)さんの所にいます。町の人には会いたくないみたいなので、おじさんも由美子さんのことは内緒にしてください。
 本家に刑事さんが来てるんです。刑事さんに捕まる前に由美子さんが自首できるように協力して下さい」

「えーっ! 守親(もりちか)さんが、警察を呼んだの⁈」正思がまた驚いた声を上げた。「何があったの?」

「兄さんのスマホの件を調べてるらしいです」

「あの家、表沙汰にするの嫌いなのにね。守親さんが態度を変えるような事情が出来たのかなあ。何か聞いてる?」

 いいえと秀一は首を振った。
 本家に刑事が来ていると聞いて、秀一も驚いたくらいだ。
 町の人間すら限られた者しか本家には近寄れない。

「僕、智和さんに挨拶したら、本家に行ってみるよ。生きている一輝くんと最後に会ったのは真理子さんみたいだし、話を聞いてみる。どうして一輝くんがそんなに涼音(すずね)ちゃんの事を心配していたのか気になってしかたないんだ」

 だけどと言葉を切って、正思が笑った。

「家の中に入れてもらえないかも」

「すいません。オレのせいで気まずいことになってしまって……」

「いいのいいの。僕たちが秀ちゃんを育てるのは、輝子さんの遺言なんだから。一輝さんが亡くなったから、秀ちゃんを本家の跡取りに迎えたいなんて守親さんに言われたって、僕たちは君を放さないよ。さっきも言ったろ、僕は君のお義父(とう)さんになるって決めたんだからね。正語(しょうご)ともどもよろしく頼むよ」

 ありがとうございますと、秀一は頭を下げた。

「もちろん、秀ちゃんが本家の御曹子になりたいっていうなら話は別だけどね」

「絶対に嫌です!」

 秀一がキッパリ言うと、正思が満足そうにうなずいた。

 秀一が本家を避ける本当の理由は誰にも言えない。

 (……真理子さんも兄さんもよくあんな家に住めるよな……)

 灰色の目を持つ真理子も兄も自分と同じものが視えているのだろうと、秀一は思っている。

 家を取り囲む竹林や見事な日本庭園だけでなく、家中至る所に死者が屯する姿を二人も視えているのだろうと——。

 あの時もそうだった。
 真理子と兄が抱き合っているのを見てショックを受けていたら、周囲に死者が集まってきた。
 秀一はすぐにその場から逃げた。
 一刻も早く町から出たくて、旧道を抜けてバイパス道まで走った。
 明るい県道に出て、バスに乗ってやっと一息つけた。

 湯川駅前から羽田行きのリムジンの中ではぐっすり眠れた。
 空港に着いて正語との待ち合わせ場所のカフェの中でも、うとうとしていた。

 ——秀一は、幸せな夢をみていた。

 母親がピアノを弾いていた。
 近くでそれを聴いていたら兄がやってきて『秀一のおかげで涼音ちゃんを助けられたよ』と笑って礼を言った。
 ピアノを弾いていた母親も秀一を見て微笑んで、『いいことをしたわね』と頭をなでてくれた。
 
 正語に起こされた時、秀一は『お母さん』とつい声に出してしまい気まずかった。

 『一輝さんが亡くなった』と正語が口にした時、正語があまりに辛そうで、そのことばかりに気を取られた。

 言葉の意味が頭に入ってこなかった。
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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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