1-4 何でも屋兄妹、困惑する
文字数 3,341文字
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「お兄ちゃん、今日は暇だねー」
「こんな日もあるさ、仕方ないね」
ウーガの街、その中央に位置する噴水広場で、オーバリーは妹ウイバリーの言葉に、ぼんやりと答えた。
十二歳と十一歳の兄妹である。
彼らはこの街で何でも屋として働き、生計を立てていた。――と言っても、ろくに技術も持っていない子どものこと、やっているのは小間使いの様なものだったが。
兄のオーバリーは、こうして貯めたお金でいずれ商人として独立したいと思っていた。この仕事はそのための経験値稼ぎであると。
真面目にコツコツと積んだ実績のお陰で、この街の中ではそこそこ名前が知れている二人だったが、今日に限っては開店休業状態だった。
接客系の仕事は、どうしても客数に偏りが出る日がある。繁盛し過ぎて手が回らないこともあれば、今日みたいに凪のような暇な日も、だ。
オーバリーは拾った小石を、噴水に向かって放り投げた。
それがぽちゃんと音を立てて水面に落ちるのと同時に、空を眺めていたウイバリーが素っ頓狂な声を上げた。
「ほえ? あれは……」
「どした妹よー?」
妹の視線を追て、空を見る。
青い空に浮かぶ白い雲。
その白い雲に、黒い点がひとつ。
鳥だろうか――とオーバリーは思ったが、それは直ぐに、違うとわかった。
黒い点はぐんぐんと大きくなる。
「あれは何……?」
「……鳥か、魔物か? いや、人間だ!?」
オーバリーの言葉通り、次の瞬間、空から人が降ってきた。
「な、なんだ!?」「親方、空から人が!」「人が降るなんてへんな天気だな……人ォ!?」
大きな音を立てて噴水の前に着地するその人物。
周囲にいた人々が驚きや戸惑いの声を上げた。
空から落ちてきた人物は、変な格好をしていた。
上半身が裸である。
そして履いているズボンも薄汚れていた。例えるならばミルクとか土とか香辛料とかで汚し、スボンを脱ぐことなく水を頭から被って取り合えず汚れを流したかのような汚れ方だ。
その人物はざわめいている群衆に全く取り合わず、辺りを見回し――オーバリーと目が合った。
「居た! よかった、何でも屋のオーバリー兄妹!!」
「へ!? は、え!? ……ってなんだ、リオンの旦那じゃねぇか」
突然空から降って来た謎の人物に名前を呼ばれたので驚いたが、よくよく見たら知っている顔だった。
初めてリオンがこの街に来て、何がどこにあるのかわからないということで街の案内に雇われたことがある。以来、リオンが街に来ると買い物だったり荷物持ちの仕事を依頼されるのである。
ちなみに、リオンと言う名前はあの破壊神討伐の英雄と同じだが、オーバリーは完全に名前負けしていると思っている。
そもそもリオンとは、ある猛獣を指す古代語に由来し、そこから『強い男』を意味する、男の子に付ける定番の名前だ。
なのでウーガの街には他に何人も、リオンという名前の男がいるのである。
特にこの数年は勇者リオンの影響で、その名を持つ子どもが増えた。
そしてこの目の前にいるリオンは、オーバリーが知るリオンの中で最も弱っちそうな男だった。
筈なのだが……
「だ、旦那は【飛翔魔術】が使えたのかい」
「そんなことはどうでも良い。仕事を頼みたい、急いでるんだ」
こんな真剣で切羽詰まったような顔をしているリオンは初めて見た。
彼は何もない空中から布の袋を取り出し――【収納】のスキルだ――それをそのままオーバリーに渡す。
じゃらりと重たい、硬貨の崩れる音がした。
不躾を承知で覗くと、袋一杯に金色の――
オーバリーはごくりと唾を飲み込んだ。金貨一枚で、平民一家が半年は暮らすことが出来る価値がある。それが、少なくとも百枚ほど。
目にしたことも無い大金だった。
「買い揃えて欲しいものがある」
「な、何を」
こんな大金で、一体何を買いに行かされるのか。
……非合法な薬とか、その類だろうか。方々に出入りする職業柄、街のちょっと後ろ暗い場所についても、それなりのことを知っていた。
彼自身は扱ったことは無いが、それらを買える場所についても知っている。
「それはもちろん決まっている」
「く、クスリかい? でも、やめておいた方が……」
「何? そ、そうか。クスリ……クスリも必要なのか? だが、強すぎるモノは絶対にダメだよな」
「あ、ああ。身体に良くないよ旦那! そういうのに手を出すのはよしなよ! それで人生ダメになっちまう人だっているの、分かるだろ!?」
「いや。俺は別に構わないんだ。だけど必要になる時が来るかも知れない。
「構わない!? そんな、自分を大切にしなきゃ……
「いや良いんだ。だが今は時間が無い。クスリは後だ、それよりも、いいか、時間が無いんだ」
がしりとオーバリーの肩を掴んだリオンは、言った。
目がマジだ。正直怖い。
「一時間以内に、生まれたての赤ちゃんを世話するための用具と服、その他一式を用意しろ。二人分だ」
「……!? あ、え、赤ちゃん?」
「そうだ。双子の女の子だ。髪の色が金色と銀色の、双子だ。かわいらしいヤツが良い。赤ちゃん用のおもちゃもだ。俺は建材屋で木材と漆喰を買って来なきゃいかんのだ。それに正直赤ちゃん用品なんて何を買ったらいいのかわからんからな。いいか、時間になったらここで集合だ」
「も、木材? わ、分かった」
余りに真剣な目の、そして急いで捲し立てるリオンに、カクカクと何度も頷くオーバリー。
「いいか、オムツを忘れるな。では三十分後に集合だ」
「旦那、短くなってなるよ!?」
「シュワッチッッ!!」
聞く耳貸さず、リオンは謎の掛け声と共に【飛翔魔術】で職人街の方へと文字通り飛んで行った。
あとには、ポカンとした顔でリオンが飛んで行った方を見る何でも屋兄妹と通行人たちの姿が残された。
「嘘だろ、【飛翔魔術】でオムツ買いに来たのかあの旦那……?」
飛翔魔術は、一流の冒険者でも扱える者は少ない。
その上使用中ずっと魔力をバカ食いされるので長時間・長距離の使用が可能な者は国内に五指も満たないハズだ。
「よ、よくわからないけどリオンさん、凄い剣幕だったよ……」
ウイバリーが兄の服の裾を引っ張った。
「そ、そうだな! ぼさっとしちゃいられねぇ、行くぞウイバリー!」
「うん! お兄ちゃん!!」
二人は駆け出した。
赤ちゃんの服その他一式を、三十分以内に買い揃える為に。
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そして三十分後。
「アリガトウツリハイラネエトットキナジュエアッッ!!」
「多い、多すぎるよリオンの旦那!! 旦那ってば!!」
「……リオンさん行っちゃったね……」
リオンは奪うように受け取った荷物をそのまま【収納】に放り込むと同時に飛んで行った。
残ったのは再びポカンとする何でも屋兄妹と、突然上空へと飛び上がった人の姿に驚いた通行人たち、そして二人の手元に残された大金だった。
二人が買い求めた赤ちゃん用品やおもちゃは、別に高級品でも何でもなかった。
そもそも上流階級の人々が使用するような高級品は
要するに用意できたのは既製品の安物ばかりで、何でも屋の報酬込みで金貨一枚で十分に足りたのだ。
そして二人の手元に、民家どころかお屋敷を建てることも出来そうに大金が残った。
「ど、どうするのお兄ちゃん……?」
「どうしよう……? とりあえず銀行に預けに行くか……?」
オーバリーとウイバリーの何でも屋兄妹は途方に暮れた。
余談だがこの時の資金を元に二人は、小さな商店を始める。
それは紆余曲折はあるものの、このウーガの街を超え、やがてクシュウ大陸全土を股をかける大商会へと成長するのだった。