紅玉編◆第1話
文字数 4,386文字
「――――」
なぜなら、宿に
サイズはまだいい。
神に
頂けないのは、その正体だ。
『地獄の王たる、この俺様が保証してやるぞ! 神隠しに
そう。
純金の
「……?」
宿の親父が
そりゃ、そうだろう。掌サイズの怪生物の姿は俺にしか見えていない。声だって、俺にしか聞こえない。
「…………」
ため息が
兎にも角にも、宿を出なければ。
皿を一まとめにする振りをして、怪生物をひったくる。
「ごちそうさん!
金貨をテーブルに
「――あ! お客さん、くれぐれも――!!」
神隠しの谷に近づくな――と、言いたいのだろうが、そうはいかない。
目当てはまさに、その神隠しの谷なのだから。
ただし、当面の最優先事項は、掌の中の核弾頭を隠密に、かつ、秘密裏に処分することだった。
「――で? 何しに来やがった!?」
山道の途上、
その応答は至って
『ん? 先日の、優良人材確保成功の……
「――はあ?!」
『報告が上がってたぞ。的確な口利きのおかげで、堕とす必要が無かった――と、な。……あ! 百年の余生をきっちり大往生したそうだ。死に目には、恩人に会いたがったそうだが――』
「ああ……?」
一体何の話をされてるんだ? と、脳内検索を全力回転させる。
『世話を焼いたそうだな? 無事、結婚できたのは――』
そこで
「――ああ! あの……って、糞親父案件じゃねえか――!!」
まさか、金色の怪生物が依頼人とは……!
『うむ。
胸を張って嘆いていたが、それは多分に主君のせい――つまり、自業自得だ! とは、口に出せなかった。下手なことを伝えた日には、融通の利かない旗下共から、とんでもなく恐ろしく、限りなく傍迷惑な、報復と書いて嫌がらせと読む難事を押し付けられる破目になる。旗下共の正体は一騎当無量大数な、地獄の大貴族様だからな。
というか、大丈夫だろうな? 地獄の王に見込まれるとは、とんでもない来世が確約されたも同然、なんだが……。……ま、まあ、好意的な評価だしな。悪い事にはならない――と、思いたい。
いや、それ以前にとっくに俺の手を離れている出来事だ。薄情かもしれないが、やきもきしても仕方がない。
「そ。いい仕事をしているのなら、そりゃ結構だ。糞親父も鼻が高かろうよ。主君の主君に目を細めさせたんだから!」
ていうか、まだ、結婚式から一週間程度しか経ってない。二人は幸せ真っ盛り、なはず。……どうして、百年は未来であるはずの報告を、今、受け取ってるんだ??
……まあ、こういうことが珍しくないのが、俺の歩いて来た道行だったりもするんだが……。
『ん? ……ああ、あの灸はそれで、ということか――』
ふと、怪生物が何やら首を傾げ、勝手に納得した。
「?」
『ん。こっちの事情、というやつだ。……ん? 興味が在ったりするのか?』
冗談ではない。
「無い。
返答は0.1秒も
断言に、少し切なげなため息をつき。
『――で、なぜ向かう?』
話を振り出しに戻した。
隠すほどのことではないので、教えてやることにする。
「……
『底抜けのお人好しか、灸が入り用のきかん坊か、判断に困る――とくるか。……ま、よかろう』
という本音は、
『ふむ。合法的に暴れられる、というのは良いな』
なる相槌にすり替えられた。
「だろう? ただし、加減が重要だ。退治してやって指名手配じゃあ、割に合わん。一網打尽は前提で、生け捕りが理想だな。どうせ、お天道様の下を歩かない
『ほうほう、ほうほう』
悪党を狩る悪党の論理に、興味をそそられたらしい。余計な事を教えてしまった気がした。
「もう、帰れ。用なんて、もう、ねえだろ」
『……んー……、どうせだからなあ。下界をもうちょい、勉強していこうかな? ……なんてな』
(――
可愛らしく小首を
おまけに、「地獄の」と、前振りが付かなくても、王様、なのだ。油を売っている暇が有るのなら、地獄の奥底でだろうと、為政に励むべきではないだろうか。何処へ持ち運びしても、
仏心はここいらで捨てておくべきだろう。
「帰れ。迎えの側近が欲しいなら、呼び出してやる!」
『む! それは却ー下!! こう見えても、灸を据えられる為にのこのこしゃしゃり出来たわけではないっ!!』
「……立場、解ってねえのか……!?」
『(貴様に
…………なんつー、交換条件を持ち出してきやがるんだ…………!! あ、いや! 乗るって決めたわけじゃねえけども!!!
「――おい!!」
『ん? 悪い話でもなかろ? 貴様は思う存分に暴れる、俺様は俗世について知見を深める。うむ! 中々のwinwinではないか!!』
…………
「か! え!! れ!!! 今、すぐ!!!」
地獄の王様は、激怒する代わりに、とんでもない切り札をひけらかした。
『――よし。貴様の糞親父様に
「――――」
開いた口が
何で、そんなことになるんだ!? という悲鳴で。
マジでそんな
こいつ、しっかり嫌がらせのツボを
『なんなら、
……やべえ。とんでもねえ方向に悪化していきやがる……!! 絶対、灸だけじゃ済まねえぞ、俺が!!!
そんな危機感を差し引いても、
不覚にも、
「…………解った! 解ったから――!! 糞親父は、絶対に呼び出してくれるなよ! 頼むから!!」
『はーい♪ 全面勝訴で、交渉成立ー!!』
……あーあ……。誰か、何処かに居たりしないかなあ、こいつに灸を据えてくれる、そんな人。存在でもいいけどさ。
憂さ晴らし――異世界探訪を手配してくれたのが誰なのか。それを失念していたことが敗因であった。
「たく。大人しく帰れよ、俺の仕事を見たら!」
『……何か、不都合でもあるのか?』
「
なぜなら、地獄の王様が地上でだべっていると知れた日には、間違いなく「神様」に御注進が飛ぶ。この場合の「神様」には、神族の
また、地上では、時間的に、あの二人が「糞親父」を挟んで、
地獄の王様のバカンス地に、最も卑近に存在する神族として、大地母神に指令が飛んでくることになる。
そして、今「
…………………。
『わあお! 男を取り合ってるって
怪生物が興味
「神と人でも、それ以前に、男と女だろ? だから、だよ。だから、神と人という格差が在って尚互角の奪い合い――なんつー、空恐ろしい状況になってんの。
……怖くて、熱くて、きつい灸が降って来る、とは、地獄の王様の方が承知している。ささやかな余談であるが。
『……ちなみに、男のほうの、女の
好奇心に駆られながらも、怖いものを
「自分の腕の中で綺麗になっていく女、だとよ。……糞親父のくせして、俺の真似すんなってのよ!」
『ほほう、ほほう(当人には、異論が在るだろうなあ)!』
「ちなみに、だぞ?」
口に人差し指を添えて、釘を刺す。
『
小さな頭を荒っぽく撫でて、
「大人しくしてろよ? 余計な騒ぎも御免だからな!」
そんな風に言われたから、なのか。掌サイズの、恐ろしく物騒な怪生物は黙っていた。
釘差しがとっくに手遅れであることを。
近辺は、とっくに魔の
ただし、それは王の
当然、王の御稜威が届かない程外側では――百鬼夜行、そんな言葉が子供
図らずも、旅人の無事を他意無く祈る宿の主人の願いは叶えられることになった。
昼夜を問わず