第4話

文字数 1,270文字

 柘榴を頂戴

 と、ハトゥンはおっしゃいます。まるで少女のようにあどけなく微笑まれるのです。エディルネに戻られてからのハトゥンは、メフメト様のためにますます尽力されるようになりました。外国からの使節をもてなし、領地ではサロンを開いて亡命者を受け入れ、学者・芸術家たちの後援となられました。正教会にもマスジドにも寄進をし、ヨーロッパ各国の王族や貴族たちと連絡を取り合い、メフメト様の外交を支えました。まるで皇太后のそれ、才気も野心も無く、静かに息を引き取ってしまった彼女の代わりに、その息子に付き従い、災いになろうと思われるものを除き、社交における立ち居振る舞いを教え、寵を争う若い宮女たちを戒める。人々はハトゥンとメフメト様の関係を気味悪がり、影に批判しましたが、ハトゥンはもう、そんなことに傷つきはしないでしょう。この身を蔑まれることには慣れています。

 私は柘榴を銀の皿にもります。罪滅ぼしなのだろうと、メフメト様はおっしゃいました。ムラト二世には、ハリメ・ハトゥンという寵妃がいらっしゃったのです。しかし、なかなか子供に恵まれませんでした。そんなとき、マラ・ハトゥンが輿入れされました。礼節を重んじられるムラト二世はマラ・ハトゥンを高貴な人質として扱いましたが、愛情はハリメ・ハトゥンのものでした。ハリメ・ハトゥンは身籠られ、待望の男子を産んだのですが、その赤子はついぞ産声を上げることはありませんでした。皇帝の血脈を争う者に、毒を忍ばれたのだと、人々は言いました。

 ムラト二世は悲しみ怒りました。マラ・ハトゥンが毒を持っていることを、皇帝(スルタン)は知っていたのです。マラ・ハトゥンはエディルネに送られる前、若きモレアス専制公-後のコンスタンティノス十一世に(かどわ)かされて、いえ、ブランコビチ家がそれを看過したことは明白でありますが、秘密裏に婚姻させられていたのです。モレアス専制公がマラ・ハトゥンを愛されていたのは事実なのでしょう、だから、エディルネに連れ去られる前に己れのものにしたかったのでしょうが、力を用いて解決されることなどないのです。ムラト二世は、歪んだ愛の烙印を押されてしまったマラ・ハトゥンに同情し、その毒を渡してやりました。

 なんという因果なのでしょうか。ムラト二世は今やハリメ・ハトゥンの子が、マラ・ハトゥンの子と同じ毒で死に至ったのではないかと、己れがマラ・ハトゥンの罪に手を貸したために、罰を与えられたのではないかと疑い恐れているのです。ハレムに居場所を与えられているだけで、ムラト二世には感謝しなくてはならない、とおっしゃるマラ・ハトゥンが、そんなことをしたとは到底思えませんが、ムラト二世の罪の意識が拭われることもないのでしょう。マラ・ハトゥンが柘榴を食べ続ける理由(わけ)は、その甘く淫靡な果皮で己れの身体を呪い、二度と子を宿すことを避けるためなのです。

 それが、私の考えたハトゥンの物語です。ずいぶんいろいろな言いようを聞きましたし、自分で調べてみたりもしましたが、私のなかのハトゥンは、そういうふうに過去をもの語るのでした。
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