序① ヤバすぎる古典の発見

文字数 3,097文字

おい、どうなってるんだ!

『オペラを見て死ね シーズン2』は、まだ先だろ?

だよねー。
私たち、何で呼ばれたのー?
どうもどうも~!

皆様こんにちは。


ここの作者が気まぐれで、またクラシック音楽をチャットノベル化してみたくなったんだって。私たちは急遽、案内人として呼ばれました

ったく。魚(人)使いの荒い作者だぜ
そうなのです。カール・オルフ作曲『カルミナ・ブラーナ』について書きたい衝動が抑えきれず、このサイトの皆様にお付き合いいただくことにしてしまいました。不遜ですみません。
「カルミナ・ブラーナ」って音楽のタイトル? どういう意味?
まずは、そこだよね。


こちらの写真をご覧ください。ドイツ南部(当時はバイエルン選帝侯領)オーバーバイエルン州、ミュンヘンの郊外にある、ベネディクトボイエルン修道院です。

1803年に、ここである出来事がありました。

写真は、クリストファー・デ・ハーメル『世界で最も美しい12の写本』より
おー、きれいな修道院じゃないですか
お坊さんが出てくる話?

超絶つまんなそ~

聞いてよ(笑)!

こちらの王様が、時代背景を語ってくれるんだって

(19世紀初頭、バイエルン選帝侯マクシミリアン4世です)


どうも、皆さんこんにちは。

私はお偉い啓蒙君主。この私が即位したからには、特権階級を弾圧してやらねばのう

え、何。見せしめ?

自分はちゃっかり王様なのに?

そういうこと。誰かに犠牲になってもらわなきゃね。


というわけで、これまで徴税を免れてきた修道院をターゲットの一つとする。

その収入は庶民の教育に当てるのじゃ。


ひゃー、おれって最高にかっこいい王様! 惚れそう……

何だかずるいけど、ま、「要領のいい人」は、いつの時代にもいるからね~
この時期、ドイツ圏の多くの修道院が取り壊しの憂き目に遭ったそうです。この修道院は取り壊しを免れましたが、代わりに国有化されることになりました。独立独歩はもう許されないというわけです

この時に発見されたのが「カルミナ・ブラーナ」の写本なんですね~

(当然ですが、歴史紹介にもここの作者のアレンジが入っていますのでよろしく)

静かな田舎の修道院に、役人たちがドカドカと乗り込んできます。

(勅命を受けたアレティン男爵ヨハン・クリストフ)

今日からこの修道院は、国王陛下の所有物となる。


それからここの蔵書は、ヴィッテルスバッハ宮廷図書館のものになるぞ。

ただちに目録を提出せよ

修道士たちは、ぐっと悔しい気持ちを噛み締めます。

だって相手の貴族は、古書の価値も分からないまま命令してきているのですから。

恐れ入りますが、閣下。

古書の目録は、一部の物についてしか作成されておりません

ったく。だいたいこのかび臭い図書室は何だ。

ろくに整理もしていないな?

目録ぐらい、とっとと作れ!

……かしこまりました

目録化されていない図書とは、禁書部屋の蔵書のこと。

謎めいた古い写本が、そこにはたくさんあるのです。数百年もの間、触ってはいけないとされてきました。

ほとんどの人にとって「開かずの扉」だった禁書部屋のドアが、今開きます!

ギイー


ドアの前で、固唾を呑む修道士たち。

国有化は悲しいことだと思っていた。

だけどこれはもしかしたら、貴重な写本に触れられる大チャンスかもしれないぞ

この修道院、歴史は8世紀にまでさかのぼります。大きな権力を握った中世から近代にかけて、数多くの知識人がここを訪れました。
中世の修道院では美しい写本が製作され、また他所の土地から取り寄せられて、修道院は知識の集合体としての役割を担ってきました。この修道院も同じです。

しかし修道院が文化の中心地だった時代は終わりました。

今は市民革命の進む19世紀。


若い修道士は恐る恐る調べ始めますが……

やがて一冊の写本に手を止めます。

な、なんだ、こりゃ。

異様なオーラを感じるぞ

重厚な革の表紙を、金属の留め金が押さえています。


そうーっとめくると……

中世の羊皮紙に、美しい文字で何か書かれています。

う~ん。ラテン語かな。よくわからないぞ。

おい、誰か読んでくれ

(同僚です)

よ~し、任せろ!(ってほど得意でもないが)

……ふむふむ、これは詩歌だな……

……ラテン語だけじゃなさそうだぞ。古い時代の言葉には違いないが……

……
おい、何て書いてあるんだよ?
やべえ。エロ過ぎる……
まじ⁉ 見せて
こらこら、ここは修道院だぞ。

そんな不道徳な写本があるわけがないだろう(と言いつつ、少し興味あり)

112枚の羊皮紙。表にも裏にも、古い歌が書かれているようでした。


そこにあふれていたのは、めくるめく愛と性。お酒の話や理不尽な社会への怒り、単なる愚痴もあります。中世の人々による、生々しいほどの言葉の爆発です。
その魂の叫びに人々は圧倒され、息を呑んでその文字を見つめました。

上のページに書かれているのは、ロマンティックな出会いの歌で~す♪

甘い春のさなかに、主人公の男は美しい女羊飼いに一目惚れし、追いかけていきます

ほほう。恋愛物だね?
……っていうか、我慢できずに、野原でやることやっちゃうの。

結構、野蛮な感じ

……マジ?
そんなだから、禁書部屋に隠してあったのかもね
あっちもこっちも、エロばっかりだな
興奮する! 鼻血出る!
駄目駄目!!

君たち、こんな不道徳な写本は読んではいけないぞ。

禁止する!

(私だけ、後でこっそり読んじゃおう)

過激であけすけな表現に度肝を抜かれつつ、熱心に見入る人々。

ところがこれを、最初の男爵が横取りしてしまうのです。

これは貴重な文化財だな。お前ら、よくぞ発見した。こんな田舎の修道院に置きっぱなしで良いわけがないから、私が持って行くぞ
え~! ずるい!!(号泣)
確かにずるいんだけど、この人が持ち出してくれたお陰で研究が進み、この写本の詩歌がいかに文学的で美しく、相当なレベルに達しているかが分かってきたのです。
この写本、今ではドイツの大切な文化財となっています。


この官能的で素晴らしい詩は、一体誰が書いたのか。

聖職者だ、ゴリアール(遍歴学生)だ、と後の歴史家たちは論争を巻き起こしました(いくつかの詩については有力候補がいるものの、やはり特定には至っていません)。

現在、写本の成立時期は13世紀前半、詩歌の成立時期はもっと古く、11〜12世紀とされています。

さらにさらに!

何と一部の歌には、ネウマ譜が付いていました

ネウマ……何だって?
もしかして、超~昔の楽譜のことかな?
当たり!

ネウマ譜とは、10世紀頃から使われ始めたグレゴリオ聖歌の記譜法だよ。

音の長さや高さを正確に示したものじゃなくて、歌い方のメモのようなものなんだって。


下の画像を見て! アルファベットの上にニョロっとした記号があるでしょ?

え、これが楽譜?
きれいだけど、何が何だか分からないね
うん。当時は口承伝承でメロディーが歌い継がれているものだったんだって。


後世に曲を知らない人でも分かる方法で書かれるようになりました。それがこちら↓

だいぶ楽譜っぽくなってきたけど、音符が四角だな
そう。これは四角譜と呼ばれているの。

これは五線譜になっているけど、古いのは四線譜もあるよ

丸くて棒の付いた音符が登場するまで、紆余曲折があったんだね
さてさてこの写本ですが、1847年にヨハン・アンドレアス・シュメラーという人が編さん、出版しました(ちなみにシュメラーを説き伏せ出版させたのは、ヤーコプ・グリム。おとぎ話収集で有名な兄弟の片割れです)。


この時のタイトルが「カルミナ・ブラーナ」。ラテン語で「ブロン(修道院の建つ土地の古名)の歌」という意味だそうです。


というわけで次回は、この古い歌を近代音楽に仕立て上げたカール・オルフの話でーす!

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