エピソード文字数 3,815文字

『接近遭遇』の撮影日。変わらず、学校でのシーンになる。そろそろ第一話も放送される。

 ところで、セブンスシングルのタイトルも、ドラマと同じく『接近遭遇』なのだ。どうやって使い分ければいいだろう。たとえば、握手会でファンに「『接近遭遇』、いいね!」と言われたら、困ってしまう。「ドラマと楽曲、どっちの話?」というわけだ。

 この曲は、七架とのダブルセンターで、ドラマの内容を反映した振付になっている。一言でいえば「接近する」のだ。手は繋ぐし、背中は合わせるし、微笑み合うし、とにかく近い。ドラマの雰囲気とは裏腹に、けっこうポップな曲調でもある。

 七架は恥ずかしがるのでは、と心配していたけれど、案外そうでもなかった。むしろ楽しんでいるように見受けられる。これも、「決まったとおりにやればいい」という安心感から来る結果だと考えられる。

 以前に、桐生さんが「東城は伸びる」と言っていたけれど、本当にそのとおりだった。さすがの洞察力、先見の明だ。今後、七架はどうなるだろう。楽しみと不安が、半々の気持ちだ。

 これから撮るのは、アヤとナナが教室で語り合うシーン。つまり、けっこうセリフが長い。私と七架の二人だけ。非常に静かな空間だ。

 椅子に座って、しばらく待機。七架は私の後ろの席。

「なんか、本当に放課後みたいだね」ぱっと思いつくことを言う。

「放課後?」

「同じ制服着て、静かな教室で。最近はこんな機会ないけど、中学のときはあったな。ナナカは、学校どう?」

「まあ、いちおう行ってるけど……、もしかしたら、通信制に変えるかもしれない」

「そうなんだ。私も考えてるの。というか、そうせざるをえないって感じで」

「うん、だよね……。ナノは、その、秋ヶ瀬に専念するなら、そうなるよね」

「専念……、そうだね、進学しないならってことでしょ?」

「そう」

「今のところ希望はないの。まあ、今決めても、もう遅いだろうけど。すでに頑張って勉強してる人たちには敵わないし。あ、学校にね、優しい友達が一人いて、その子と会えなくなるのは寂しいかな。もしかしたら、それが決断できない理由かもしれない」

「そっか……、難しいよね。秋ヶ瀬、というかアイドルって、いつまで続けられるんだろうって、よく思う……。普通のタレントさんと違って、こう、年齢とか見た目の問題もあるし。辞めどきっていうか、引き際っていうか、どうやって見極めればいいのかな?」

 私は、七架を見つめてしまう。彼女もこんなことを考えたりするのか、と驚いたのだ。いや、それは失礼だろう。むしろ、七架のような子ほど、内心いろいろと考えるはず。

「そうだね……、一つは、アイドル以外の道を見つけたとき、かな。その、モエカみたいに。これは年齢とは無関係だよね。極端な話、リンちゃんが学業に専念したくなったら、辞めちゃうんだろうし」

「うん、そうだね……」

「あとは、複雑な事情で辞めざるをえないとき。家庭的なものとか、あるいは問題を起こしたとかね。いちばん難しいのが、アイドルは続けたいけど、自分にできることはもうないかも、って思ったときかな……。たぶん、これが年齢的な制約だと思う。ほら、そろそろ二期生も入るじゃない? 若い子のほうが有利なのは明らかだし」

「だね……。十七歳って、どうなのかな。もうピークは過ぎてる?」

「どうだろう……。成人年齢が十八歳になったから、そのぶん相対的に若さが短くなったとはいえるのかな。でも、アイドルを辞める平均年齢って、二十歳くらいみたい。まあ、だからといって、二十歳で辞める人が多いわけじゃないか。平均だからね」

「えっと……、じゃあ、やっぱり高校卒業のタイミングがいちばん多いのかな?」

「そうかもね。ただ、それは引退の場合で、芸能活動を継続するなら、二十代前半に卒業する人が多いみたい。ものすごく売れてる人なら、ある程度稼いだから引退します、っていう人もいるかもしれないけど」

「いるのかな、そんな人……」

「うーん……」

 唸っておいたけれど、私だったらやりかねない。たとえば、仮に数億円を稼いだとしたら、もう充分生きていける。芸能界に未練もないだろう。

 そうか、秋ヶ瀬を辞めても、芸能界に残るという選択肢はあるのだ。今まで、あまり考えなかった。なぜだろうか。やはり、「芸能人になりたい」「有名になりたい」という欲求が、そもそもなかったからだろう。秋ヶ瀬だけだし、秋ヶ瀬しかない、と無意識に思っているのだ。

 秋ヶ瀬を辞めたら、か……。

 どうしようか。

 七架はどうするの、と訊こうと思ったとき、スタッフさんから声がかかる。必然的に会話は中断。再度、髪や衣装を整えてもらい、まもなく本番になる。

 七架は、机に腰掛けるように立つ。私は少し離れて、直立不動の姿勢。

 さて、切り替えなければ。

 彼女は、東城七架ではない。

 霜月ナナだ。

 そして私は、一色アヤ。

 息を吐き、無表情に。

 静けさが訪れる。

 スタート、の合図。

 一秒、二秒……、

「話とは、何でしょうか」アヤが呟く。

「まずは、来てくれてありがとう。感謝します」
ナナが静かに言う。「率直に。あなたとお友達になりたいの」

「お友達……」

「いいかしら?」

「お友達とは、何ですか? 定義がわかりません。何をもって、お友達といえますか?」

「一緒にお話して、一緒に遊んだりすれば、お友達なんじゃない?」

「お話はしています。しかし、遊んではいません。つまり、遊べば、お友達でしょうか?」

「そうね。何をする? 一色さんは、何が好き?」

「好きな遊び、ということでしょうか? 私は遊ぶことがありません。ただ勉強をしているだけです」

「そう……、困ったな」

 そこで、間が空く。もしかして、セリフが飛んでしまっただろうか。七架の目が宙を泳ぐ。

 でも、それが本当に困っているように感じられた。

 彼女は、霜月ナナなのだ。

 これで正解。

「じゃあ、勉強を教えてくれる?」

「勉強は遊びですか?」

「私がそう定義すると言ったら?」

「それは、霜月さんの自由です。ただ、私にも適用できるでしょうか?」

「どうかしら。勉強が楽しくなったら、遊びといってもいいんじゃない? 楽しければ、それは遊び。遊んでいるなら、それは楽しい。どう?」

 ここで、視線を逸らす。やや首を傾ける。

「わかりません」

「じゃあ、それは私が教えてあげる」ナナが微笑む。

 オーケー、の合図。

 息が漏れる。きっと七架も同じだろう。

 カメラが止まると、ナナは一瞬にして「七架」に戻る。ここが面白いところだ。なんというか、人格が変わる、くらいに思える。霜月ナナを演じているというより、霜月ナナに乗っ取られているのだ。私は、そもそも一色アヤと似ているから、その変化を感じにくいだろう。

 こうして、アヤとナナはだんだんと親密になっていくわけだ。まさに「接近」。ただ、一色アヤが何者なのか、私もまだ知らない。私だけは知っていたほうがいいように思える。演じるうえで不自然にならないか、という心配だ。それか、アヤ本人も自分の正体を知らないのかもしれない。そもそも、なんのことはない、宇宙人でもなんでもなく、普通に人間だった、というオチもありうる。

 さきほどの続き、勉強をするシーンに移る。机を二つくっつけて、隣どうし。ダブルセンターのこともあるし、七架は隣にいてくれるのがしっくりくる。

 教科書や筆記用具を机に並べる。教科書には、きちんと名前が書かれている。ただ、アヤもナナも、そのままカタカナ表記なのだ。リアリティに欠ける気もするけれど、フィクションなのだからかまわないか。

「あ」七架が声を上げる。

「ん?」

「このまえ気づいたんだけどね……、霜月ナナって、ナノなんだよ」

「え、どういうこと?」

「霜月って、十一月のことで、それでナナだから、十一月七日になるでしょ?」

「あぁ、なるほど。気づかなかった」

「だから、なんか、嬉しくて。ナナのこと、ナノのことも、もっと好きになった……」

「そっか……」

 七架は顔を赤らめる。可愛いのだけれど、こちらは妙にそわそわする。もしかして、そのうちキスでもされるのではないか。瑛琉のときは頬だったけれど、七架は……、

「あ、でもね、もう甘えない」

「え?」

「ナノの手を掴んだり、ぎゅってしたり、そういうのは、少しにする。もう子供じゃないもん。そう……、少しずつ、一緒に並んで歩ける関係になりたいから。みたいな……」

「ふふ、そっか。でもね、私はまえから、ナナカは隣にいるって思ってるんだよ?」

「ほんと?」

「うん。だから、ほら、ちゃんと並んでる。ここでも、ステージでも、隣どうし。でしょ?」

「うん……」

 私は、左手を差し出す。

「手を繋ぐくらいは、いいんじゃないかな。並んで歩くなら」

「うん……」

 七架の右手が触れる。

 そう……。

「こっちにおいで」とは言わない。

「向こうへ行きな」とも言わない。

 私は……。

「一緒に行こう?」

 七架は、私の目を見て笑ってくれた。
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