第1話 九十九の御宿

文字数 951文字

 坂入さん、ランチ久しぶりですね。
これお土産です、入浴剤。ゴールデンウイークに秘湯に行ってきたの。湯の華温泉郷っていうところ。

 坂入さん、行ったことあります?

 今まで私の悩み事を聞いて下さってありがとうございましたの感謝を込めてです。ささやかですが。

 うん、家族三人で。
修介さん、最近は早く帰ってくるし、家族サービスに努めてくれるようになりました。
不倫しているんじゃないかって、坂入さんにはずっと相談して愚痴を聞いてもらっていたけど、もう大丈夫みたいです。

 ううん、ホテルじゃなくて泊ったのは老舗旅館。
九十九(つくも)御宿(おんやど)」っていう皇室御用達の旅館で、これパンフレットなんだけど。
調度(ちょうど)類も趣きがあってとても見事なの。茶器や食器、花瓶、香炉(こうろ)とか掛け軸とか。
 ロビーの囲炉裏(いろり)で川魚や五平餅(ごへいもち)をいただいたりして、昔話みたいだって(わたる)も喜んで。

 渉の喘息(ぜんそく)も、最近落ち着いてきたんですよ。

 露天風呂は「昼は渓流を眺めながら、夜は満天の星空を仰ぎながら」って、この(うた)い文句のとおり。また秋に行く予定です、紅葉が素晴らしいみたいだから。

 坂入さんもご家族で行かれたらいかがですか?

 坂入さん、あまり食欲ないんですか?
食後のコーヒー持ってきてもらいましょうか。

 それからたくさん記念撮影したんだけど、何枚か変なものが映っちゃって。
修介さんはカメラの不具合じゃないかって言うけど。

 女の横顔。これなんかアップで映りこんでいる。坂入さんに似ていますよね。
みんなに見せたら、坂入さんにそっくりだって大騒ぎ。
坂入さん、生霊を飛ばしているの? って、みんな怖がっていましたよ。

 え? 私はただ旅行の写真を見せただけですけど?

 まあ生霊を飛ばすほど修介に執着しているとしても、この写真じゃ証拠に使えませんけどね。
ちゃんとした証拠を集めました。坂入さんが修介とやりとりしている画像データとホテルに入る写真。修介も認めました。

 まさか坂入さんが修介の不倫相手だったとはね。
「どうしたの、悩み聞くよ」って優しい顔して近づいて、よく憶えている。
修介と二人で私のこと笑っていたんでしょ? 鈍感女って。

 知っています? 妻帯者と知りながら関係を持つのは不法行為(ふほうこうい)になります。

 坂入さん宛てに、内容証明郵便出しました。慰謝料請求します。

 私は引きませんよ。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み