沈没船

文字数 1,628文字

……睡眠レベルはいまだ反転したままだ。
ということは半ば覚醒した状態でダイブを続けていることになる。
いわゆる明晰夢に近いかもしれないが……こんな状況は初めてだ。
……ホールデン?
難しい顔をしてどうしたの?
えっ? いや、なんでもないよ。
それより、いつもなら危険水域を三つぐらいたどり着いていてもいいほどの深度を潜行しているのに、何も現れないなぁ。
そうね。
なんだか拍子抜けしちゃうわ。
でも……。
でも?
ひょっとしたらもう、ワタシに似た怪物たちは現れないような気がする。
だけどね、この先にあるモノは感じているの。
それは今まで怪物たちに感じていた懐かしみよりも大きい。
まるで故郷に感じるような郷愁とでも言うのかしら。
そうか……、きっとキミの感覚が研ぎ澄まされているんだ。
深度が深まるにつれて、逆に意識が明瞭化しつつある。
けれど覚醒とはまた違う。
肉体的では無く、あくまでも精神レベルで。
あ……。
なんだい?
どうした、やはり敵か!
ホールデンの問いに答えるより先に、私の頬を涙が伝った。
ここが本当の水中だったら、涙も溶け消えるだろうけど、懐かしみのあまりこぼした涙は形を保ったまま、暗い水底へと落ちてゆく……。
涙が落ちた水底から光が溢れ出す……!
あれは……、あの水底に横たわる影はもしかして……!
ああ、涙が、光が、照らし出すのは……。
プレシャス!
な、なんなのアレは?
どうしてこんなところに……映像や写真で見たことのある……、円盤が、宇宙船が沈んでいるの!?
あれがプレシャス。
ボクたちの求めていたモノさ。
いや、プレシャスはあくまでも便宜上の呼び名。
深きもの。
旧(ふる)きもの。
旧神(きょうしん)。
様々な呼び名があるが、あの宇宙船の中で眠っているものこそ、僕たちの精神の根底に根付いている生命体なんだ。
生命体?
命のあるモノが私たちの意識の底に眠っているというの?
そんなことって……。
アレは、まだ地球の生命体が海にしか存在しなかった頃。
どういう経緯かまでは分からないが、地球に飛来し、海に墜落した。
仮定を言えば母星から放逐されたのかもしれない。
それはともかく、原初の海では精神と現実の境界もまだあやふやだった。
そこに飛び込んだアレの意識と原初の海の意識とが融合した。
だからアレは、進化して陸地に上がった今でも、我々生命体と深いところで繋がっているんだ。
でも、どうしてそんな大昔のことが分かったの?
記録なんて残せないほどの古代なのに。
うん、記録はいっさい無い。
だけど、ダイブシステムの試験運用の時、その時のダイバーの意識がアレと繋がったんだ。
そして当時のビジョンを視た。
それが妄言ではないことは、データが実証してくれている。
まぁ、それはその一回こっきりだったけどね。
そうなんだ……。
もしかしたら、珍客に興味を示したのかもね。
そうだね。
だから我々を試す意味でも、深きものという末端で関門を作った……ということも考えられる。
まったくその通りだ。
そして、我々人類はその関門を突破した。
えっ、だ、誰!?
この声は……所長……!
……!
ぐっ、ががが……。
ホールデン!
堀田くん、君のダイブシステムに強制介入させて貰うよ。
……我々は、私はこの時を待っていた。
もう一度アレと会えるその時を……。
そ、そうでしたね。
所長がダイブシステムのテストダイバーでした。
だからこそあなたはアレに固執を……がが。
ふっ、その娘が言っていたね。
郷愁を感じると。
そう、我々が、特に人類がここまで高度な精神にまで進化したのは、アレが触媒となったおかげ。
人類の源泉こそアレの意識に、精神に他ならない。
懐かしみを感じるのは当たり前だ。
いったいアナタは、アレで何をしたいの!
世界の再編だよ。
アレを現実世界に召喚し、世界の事象を織り直す!
いや、夢見直すと言った方がいいかな。
召喚って……そんなことが……。
出来るさ。
キミを媒体とすることでね!
ジリリリリリリリリッ!
きゃあああああっ!!
さぁ、新世界の幕開けだ!!
To be continued
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登場人物紹介

深層意識の水底を目指して潜り続ける主人公
未殺人囚No.808

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