誕生日数日前

文字数 4,330文字

 2月3日節分。この日はついなの誕生日である。例年であれば、方相氏としての力が最大限に発揮されるタイミング、鬼子に突撃をかけていたのだが、今年は違った。
「誕生会、するで」
 ついなは自室で前鬼、後鬼を前に宣言した。
「え?どうかしたんでっか?」
「鬼子やこにぽんが祝われてんのに、うちが祝われんのは納得いかん」
「いやそれ自業自得ですやん。毎年鬼子に突っかかって、周りも祝うとかじゃないでっしゃろ」
「せやからや。だからこそ誕生会開くんや」
「それ自分でやるんで?」
「・・・だって、誰もやってくれへんかったら寂しいやん」
 目に涙を浮かべながら気弱につぶやいた。
「泣かんでも。分かりました、やりまひょ」
「そう言うてくれるとお持っとったで」
「で、誰呼ばはるんですか?」
「呼ぶ?いや呼ばへんよ」
「・・・え?そりゃどういう?」
「サプライズや!誕生会といえばサプライズやろ!」
 どうやら本気で言っているらしいついなの様子に、二人はため息しか出なかった。
「それでどうやって来てくれるんでっか?そんなん星飛雄馬のクリパフラグですやん」
「・・・だって、呼んでも誰も来てくれへんかもしれへんやん・・・せやったら最初から呼ばん方が・・・」
「いやいや、ちゃんと来てくれはりますって。何なら人数増やしましょか。学校の友達とかも呼んでですな」
「・・グズッ、うち、学校に友達なんていいへんもん」
「泣かんと。ほら、チーンし、チーン」
 後鬼の差し出したティッシュを受け取って鼻をかむ。
 別についなが学校で苛められているとか浮いているとか、そういうわけではない。方相氏として飛び回っているせいで、出席日数と成績がかなりヤヴァイのは事実だが、客観的に見て関係は良好といえる。誕生会に招待すれば、喜んで祝福してくれるだろう。
 ついなには、どうしても人の好意を信じきれない面があった。これは生い立ちによる所が大きい。鬼子や田中達との付き合いで、だいぶ改善されてきたとはいっても、そう簡単にはいかない。
「ほら、飴ちゃん食べ」
「うん、おいしい」
 受け取った飴を口にし、どうにか持ち直す。
 ついなにとって、ここまで素直に弱い自分をさらけ出せるのは前鬼、後鬼、それにディクソンの3人の前だけだ。本当に心から信頼しているのはこの3人だけ。勿論、宝庵は一番大切な家族ではあるが、方相氏の師匠でもあるため、弱い面は見せるわけにもいかない。
「ま、誕生会やるにしても、問題はありまっせ、とても大きな問題が」
「なんやねん、文句あるんかい」
「それはありまへん、けど、予算はどうなさるんですか?」
 ついなの小遣い300円。
「それ心配せんでええで。この前な、ヤイカガシに教えてもろてん。うちのパンツ、高く売れるねんて」
「あかん!それ絶対あかんやつですやん!」
 確かについなの使用済みパンツなら、言い値で買おう、という猛者が何人も名乗りを上げるだろう。しかし、それを許したら前鬼と後鬼が宝庵に殺されてしまう。
「ほなどないせぇゆうねん」
「田中はんに相談しまひょ。それが一番ですわ」
「ん~・・・しゃあないなぁ。ほならいこか」
 多少不満そうではあったが、ついなは二人に従って出て行った。その姿を物陰から宝庵が見送っていた。
「ついなよ、わが孫娘よ、おぬしの願い、わしが聞き届けてやろうぞ!」
 宝庵は嬉しかった。事情があるとはいえ、ついなには普通の生活を送らせてやることが出来なかった。そのせいで、当たり前の幸福には縁遠くなり、いつしか求めてくることも無くなった。
 それが、自ら誕生会を開くという。自分から普通の幸せに手を伸ばそうとしているのだ。
「やってやる!やってやるで!」

「だーいじょうぶ!まーかして!}
 鬼子家居間、中指立てて田中は高らかに宣言した。
「いやー、今年も鬼子さんに凸するかと思ってたら、そうか、それがいいよね」
 嬉しそうに話す田中。
「ついなちゃんの誕生日、ちゃんとお祝いしたかったのよ今まで」
「ほんまか?ほんまに祝おうてくれるんか?」
「当り前じゃない。友達でしょ」
「うち、こんなん言われたん初めてや」
(いやいや、この子今までどんな生活送ってたのよ)
 知識として知ってはいたが、実際にこんな形で喜ばれると実感として理解できる。
「でもな、誕生会やるにしても予算がな」
「ああ、それなら・・・」
 皆で持ち寄れば安く済む、言いかけて田中は考えを変えた。
「そうね、じゃ、バイトしましょうか」
「バイト?うちにできるやろか?」
「大丈夫よ、鬼子さんも一緒にやるから」
「私もですか!」
 鬼子さん家の居間で話してんだから当然鬼子さんもいる。
「そうよ。鬼子さんも意外と世辞に疎い所あるから、この際一緒に勉強しましょ」

「これ、なんなんですか!」
 というわけでやって来たバイト先。メイドカフェ「メイドズプレゼンツ」メイド服に身を包んだ鬼子とついなの二人がそこにいた。
「二人共似合ってる!すごいかわいい!」
「えへへ、そうかな。うち、そんなに似合うてる?」
「最高!ついなちゃん、私の嫁にならない?」
「田中さん!私の質問に答えてください!」
「鬼子さんも、ほら、さっき店長に教えられた通りにやってみて」
「え?・・・こうですか。萌え、萌え、キューン」
「そうそれ!絶対に忘れちゃ駄目!西洋魔術の奥義で、料理をおいしくする魔法の呪文だから!」
「こんなのでおいしくなるんですか?」
「そこは疑問に思っちゃ駄目よ」
「それ、うちもやったほうがええんか?」
「ついなちゃんには別の事を教わったでしょ。ほら、お客さんが来たから、実践してみて」
 二人の男性が連れ立って入店してきた。
「い、いらっしゃいませ。お兄やん。あっちの席空いとるからサッサと座ってや」
「関西弁、妹キャラ、ツンデレ・・・・」
  \( 'ω')/ウオオオオオアアアーーーッ!
 実際に声を上げたわけではない。この店に来る客はよく訓練された歴戦の勇士。接客された二人だけではなく、今店にいる客全員が、ただ、心の中で快哉を叫んだ。
  \( 'ω')/ウオオオオオアアアーーーッ!
  \( 'ω')/ウオオオオオアアアーーーッ!
「な、なんなんですか。この人達」
 客のただならぬ様子に鬼子が少し引いていた。
「あれでいいのよ。ついなちゃんも、もう少し人との接触に慣れないと」
「・・・そうですね。ついなちゃんのためですね」
「ほら、鬼子さんも接客して。呪文、忘れちゃ駄目よ」
 言われて鬼子も接客に走る。
「ありがとう。いい人を紹介してもらって」
「店長さん、こちらこそ二人を雇ってもらってありがとうございます」
 中学生のついなと齢200は超える確実に鬼子。特についなは違法の疑いすらある。
「いや。継続的に来てもらうわけじゃないし。来てほしいのはやまやまだけど」
「本当に惜しいわね。これは永久保存ものよ」
 接客中の鬼子にスマホをむけ撮影する。
「 萌え、萌え、キューン」
 鬼子の呪文を唱える声が聞こえてくる。
 一方のついなも、慣れない接客に必死だ。
「あ、かんにんなすぐ拭くさかい」
 コップをこぼして対応に追われている。
「ドジっ子属性もあってけなげ、だと」
  \( 'ω')/ウオオオオオアアアーーーッ! \( 'ω')/ウオオオオオアアアーーーッ! \( 'ω')/ウオオオオオアアアーーーッ!
 声にならない心の声が木霊する。
「・・・負けた気がします」
 鬼子が田中に近づいて嘆いた。
「鬼子さん、今日はついなちゃんが主役だから」
「分かってますよ。あんなに楽しそうに」

 そうこうするうちに閉店。
「今日は本当にありがとう。お給料、少しおおくしておいたから」
「ほんま?ありがとうやで!」
 給料袋を受け取るついな。4時間程度のバイトだったが、店長が色付けてくれたので5000円ほど入っていた。
「こ、こんなに・・・うち、大金持ちや。もうなんでもできる」
「・・・ついなちゃん・・・・」
(宝庵、あなた教育間違ったんじゃないの。5000円でこの反応は)
「では、日本さんもどうぞ」
 鬼子が受け取ろうとした瞬間、扉と言わず壁と言わず、いきなり爆発して吹き飛んだ。
「ついな!!!待たせたの!!」
「じいちゃん!どうしたんや!なんでここに!」
「お前の誕生会、わし主催で開いたるで!」
「ほんま!?」
「ほんまや。まずヘリコプターで駅の前に降り立つ。そんでオープンカーで街中パレードや」
「すごい!」
「今年は急な事で間に合わへんかったが、来年はもっとすごいで。無人島を買い取ってホテルや飛行場を建設。そこに世界中のセレブを招待してパーティ-や。アメリカの大統領も呼ぶで」
「待ちなさい!!!!!」
「なんや鬼子。なんぞ文句でもあるんか」
「やりすぎです!どこのアニメですかその規模!日本の半分でも支配してないと無理です!」
 野木坂春香・・・・なぜ鬼子さんが知っているかは謎だ。
「ええい!邪魔をするというなら相手してやるわ!いくで!ついな!鬼子をいてこましたるぞ!」
「おうよ!やったるで!」
「来なさい!」
 まさに一触即発。メイドカフェも風前の灯火。
「ちょっと待って!三人とも落ち着いて!」
 ギリの所で田中が割って入った。
「なにやってるんですか!特にそこの二人!正座!」
 鬼子と宝庵の二人が女子高生に正座させられ怒られる、という非常にレアなイベントが始まった。
「ついなちゃんのためだっていう気持ちは分かるけど、熱くなりすぎ。周りを見てごらんなさい」
 そこにはほぼ廃墟と化した店と、死屍累々の客達の姿があった。
「ついなちゃんの誕生会は私が仕切ります。いいですね」
「それじゃせっかく準備したヘリが・・」
「い・い・で・す・ね!」
「・・・・・はい」

後日、ついなの誕生会はつつがなく実行され、ついなは人生初といっていい幸せな誕生日を迎えた。

「萌え、萌え、キューン」
「アネサマ、それなに?」
「にぽ、これは料理を美味しくする魔法の呪文なの」
「本当?萌え、萌え、キューン」
「萌え、萌え、キューン」
 日本家に出入りする者達には、揶揄われている事を指摘する無粋な輩は存在しなかった。
 こうして、日本家に新たな日課が加わった。
「萌え、萌え、キューン」
「萌え、萌え、キューン」




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