第1話 誰かが寝ている

文字数 4,000文字

 チュンチュンチュン、雀が鳴いている。朝ね、起きなきゃ。私はベッドから出てカーテンを開けようとしたら、隣のベッドに誰か寝ている。えっ誰、静かに見ると男性、あっと思い、私はクローゼットから着替えを持って下に。着替えを置き急いでトイレに入って、ほっとしたが、一体誰、何故。急いでトイレから出て着替えてキッチンに置いていたバッグを持ってマンションを飛び出した。未だ朝早いので近くの店は開いていない。少し歩いて駅前のコンビニに行きサンドイッチとヨーグルトを買い公園に行く。
 
 一体誰なの、みた限りでは知らない人のようだった。色々と考えても分からない。家は私の家の筈、何処に何があったのか何時も見ていた事がある。バッグも財布、鍵、何もかも分かる。けど、誰。そうだスマホ。アドレス、メール、写真。私は驚きを隠すことが出来なかった。先程寝ていた男性の写真が沢山写っていた。しかも私と一緒に。メールもさっきの男性とのやり取りが日常会話の様にあり、アドレスにもひとりだけ知らない人が。私は何がなんだか分からず頭を抱えてしまった。暫くの時間が経ち、現実なんだと受入せざるを得ないと思い買って来たサンドイッチを食べながら、これから如何したら良いかを考えた。さっきの人はどうも私の旦那の様だ、家の衣類、スマホの情報、私の薬指。取り敢えずメールした。貴方は今どこにいるか聞いたら、お前こそどこか、起きたらいなかった、腹が空いたから何か作ってくれとの事だ。今駅の方に散歩、直ぐに戻ると返事した。
 
 マンションに戻りドアの前で少し考えた。どう切り出したら良いのだろう。戸惑いつつも、ただいまーと言い中に入ったら、やはり写真の男性で、ご飯が欲しいとの事だ。男性は私の事を普通に接してくれている。私は確信を得て思い切って打ちあけてみた。貴方は一体誰なの、私貴方を知らない。と言ったら男性はポカンと私を見ていたが、暫くしてから、一体どうしたんだ。と聞き返してきた。やはり旦那の様ね。私は貴方の事が全然記憶にない事を正直に言った。ただ、この家、部屋や家具は私の家、それは間違いが無い。男性は私を見て、記憶が無いのかと真剣な顔をして聞いてきた。私はうなずき貴方の事が分からない、他の事は分かると再度言ったところ、医者に行こうとの事になった。男性も準備をしている。私も化粧をするが、やはり旦那だ。普通に着替えているし、あの心配顔が何よりの証拠。
 
 取り敢えず行き付けのクリニックに行く事にした。今日が平日だった事が何より幸いだった。彼は会社とクリニックに電話を入れた。会社は理由を言って休む事にした。支度してからマンションを出て駐車場にいく、ここも確かに記憶がある。駐車の場所、車、彼の好きなハードトップ。車に乗せられて二十分程でクリニックに着く。診察券を出し順番を待っていた。今日は混んでいる様ね。私が独り言を言うと、彼は不思議そうにして、本当に僕が分からないのか、と聞き返してくる。本当に分からない。けど、言うとイライラするから止めておいた。順番が来て診察室に入り診察を受けた。私は今日起きてからの事を話し始めた。先生はじっと聞いてくれた後で紹介するから精神科のある大学附属病院に行った方が良いだろうとの事。会計を済ませた後で引き続き大学附属病院に向かった。車中彼から昨日のことが分かるかと聞いてきたが、そう言えば昨日の事は断片的にしか覚えていない。
 
 昨日のことを頭の中で整理してみると。昨日朝起きてから車だと思うが乗って何処か神社に行った。歩いている最中に誰かと話している様だったが、誰なのか分からない。沢山歩いたから敷地が広い神社だと思う。その後も車に乗って次の所に行った。何回か同じ事をして夕方に新幹線にのり、夜九時ごろに家に着いたような感じがした。一体誰と歩いたのか、それとも一人だったのか。彼に聞いて見ると私は驚いた。結婚して二十五年になる週末に奈良と京都に旅行に行った。東大寺、正倉院展に行き、春日大社、鹿煎餅を買い鹿にお辞儀させて煎餅をあげていた。昨日は京都に移り駅前からタクシーに乗り金閣寺、下鴨神社や南禅寺を見て新幹線で帰ってきた。彼と二人で一緒に回ってきたとの事。記憶には彼の姿が無い。有るのは車、神社、新幹線の断片化だけ。私は余計に気が滅入ってしまった。
 
 大学附属病院に着いて玄関の所で車から降ろされて、中に入って待つ様に言われた。彼は車を駐車してくる様だ。私は玄関を入って待合の椅子に座り待っていた。程なく彼が来て、総合窓口に紹介状を出して診察の手続きをした。手続きを待っている間も私は不安が拭い去れないでいた。会話も殆ど無いあり様だった。窓口から呼ばれて行くと、心療内科、精神科の窓口に行く様指示があり、その窓口に診療票を提出した。時代なのだろうか、随分と患者が多い事に驚いた。これでは少し時間がかかりそう。私は彼が朝ご飯を食べていない事を思い出して、病院内のコンビニで軽食でも買って食べるように促した。食べる時間は充分に有るから心配無いからと言うと、彼もお腹が空いていた様で直ぐに買いに行った。私は一人で待っているが、再び旅行の事を思い出そうとしたけど、やはり何も思い出さない。先週の事はどうかと考えたら、あっと思い出した。私アルバイトし始めたんだわ。連絡しなくちゃいけない、通路の隅に行き電話をした。当分アルバイトは無理の様だから、その旨を伝えた。席に戻って暫くしたら彼も戻ってきた。早かったわねと言ったら、急いで流し込んできたと言うので、顔を覗き込んだら口周りに何か付いている。ちょっと可笑しくなり笑みを溢したら彼も笑って少し和やかな雰囲気になった。そう言えば朝から今迄ずっと緊張しっぱなしだった。
 
 一時間くらい経ったでしょうか、やっと私の受付番号が表示した。中の待合の所で待っていると名前を呼んでくれたので彼と一緒に中に入り診察を受けた。先生には今日の朝の事、旅行の事を話して、一番は彼の事、彼に関する事が記憶から無くなっている様な気がすると話した。彼が言うには別段に記憶が無い事以外は変わってはいない。強いて言えば私が初対面での気分になっているのだろうとフォローしてくれたが笑えなかった。先生がこれからの診察の方向性について話してくれた。先に身体の傷害が無いかを調べる必要がありそう。血液検査、頭部のCTが最低必要との事。検査は短時間で出来るから今日できる、これから手配する。検査後にもう一度診察しましょう。との事で、先に採血の所に行き、空いていたので十分程で終わり、次にCT、放射線科の窓口へ行き待つことになった。ここは以外と混んでいる。病院のパジャマを着ている人も来ているし、ベッドに寝たまま来ている人もいる。三十分くらい待ち中に入り十分程で終わり、また、精神科の窓口に戻り待つことになった。もうお昼の時間になる。診察は途切れ事なく続いている。先生や看護師さんはご飯どうしているのかと変な心配をしてしまう。朝、椅子は患者でいっぱいだったけど、今はかなり空いてきた。ご飯は食べずに待つことにした。お腹はそれ程空いては無くどちらかといえば、不安な気持ちでいっぱいだった。程無く呼ばれて再度先生の診察へ、外科的には特に傷害は無いとの事、考えられるのは精神的に強い外的ストレス等があったかどうか。今のところ通院で良いと感じるが、家庭生活に支障を来す様ならば入院も一つの手だとの事。
 
 私は今日の今日だから家庭生活が心配なく出来るか不安だし旦那と分かっていても見知らぬ人との同居は抵抗があるし、彼には申し訳ないけど入院して経過を見たいと希望した。そうしたら先生は入院手続きを進めるとし、入院の窓口に行く様に言ってきた。具体的には看護師から話しがあるとの事で窓口前で待つ様にした。もう昼過ぎていたので、コンビニでおにぎり、お茶を買って近くの椅子に座り食べた。彼は入院に欲しい物があれば買ってくる、子どもたちにも連絡しておくとなった。食後入院窓口に行き手続きを進める。食事のカロリー、アレルギー確認の後、服用中の薬の有無をみて看護師の案内で病室へと行く。病室は一旦個室を用意して貰い、中の器具使用について教えて貰った。病室からの眺めは良く港が見えるので気分が落ち着きそうだ。彼は入院準備の為に一旦家に帰り夕方また来るとの事。私も持ち物を整頓して窓から見える港を見たら、過去の事を思い出した。それは、私が高校生の時でした、実家は隣の県の田舎町で、両親と姉弟と私の五人で住んでいた。この町の親戚の家に遊びに来た時にここの港に皆で行った事があった。街ではのスイーツは美味しかったし、タワーの展望は眺めがとても良かった。しみじみ。
 
 過去に浸っていたら看護師さんが来て血圧、脈拍や酸素等を測って記録した。入院が何日になるのか分からないけど、この際だからゆっくりと養生しようと考えた。夕飯の時間になると廊下が騒々しくなった。食事の配膳は大変だろうね。私はアレルギーが無いから普通の食材だけど、アレルギーがある人の配膳は気をつけないとね。間違ったら大変ね。今日はお魚だわ、私の好物だから嬉しい。それにしても昨日も一昨日も彼と一緒に食事をしていたんだよね。分からないわ、彼に関する事がすっかり忘れている。こんな事ってあるんだ。よくテレビであるけど私一人取り残されたみたいで寂しい。夕飯を食べ終わってから彼が戻ってきた。洗顔用品一式と多少のお金を持ってきた。貴方のご飯はどうしたのか聞いたら、コンビニで買い家に帰り食べたとの事。なんか申し訳ない。これからどうするのか聞いたらなんとか作るとの事。子ども達にも電話して伝えた。彼は家の事はいいからのんびりと治してくれと言っている。治らないのが一番困るのだそうだ、確かにそうね。
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