母子夜行
文字数 3,553文字
山奥の古ぼけた山村、一人の小娘が夜道を歩いている。貧相な風体ではあるものの化粧の入った顔はそのぼろぼろの身だしなみとは不釣り合いといえる程綺麗だ。彼女は大きく膨らんだお腹その中の一人の生命 のせいで走ることもままならない。ぼろきれのような服に身を包み貧弱な体を守る男も周りにいない彼女は人攫いに攫われてしまうのも時間の問題だろう。
月明かりもない暗闇の中危険を冒してまで彼女が走る理由、それは追手から逃れるためだ。そう、彼女は追われているのである。
「あっ……」
彼女はなにかに躓き転びそうになった。明かりの一切無い夜道なのだから無理もない。
「やだ……」
妊婦にとって転ぶことも命取りになりかねない。ここまで大きくなったら特に。気づいた時には手遅れだった。
「えっ?」
受け身もまともにとれないまま転ぶ身体が不意に止まった。なにかに支えられているようだ。・・・・・・いや、吊られている?雲から覗いた月明かりが彼女を照らすと、彼女の喉元になにかフックのようなものが引っかかっているのが見えた。フックについた糸は何処へ伸びているのか暗闇のせいで見当もつかない。
「がっ……」
そのまま力なき彼女はなすすべなく連れていかれた。
*******************************
「あっ、子持ちだあ」
古今東西様々な妖怪のパーツが継ぎ接ぎされたかのような珍妙な見た目をした妖怪は掛かった獲物を一瞥するとケースに放り込む。ケースはがたがたと震え中からは多種多様な悲鳴が木霊する。男は異様な様子のケースを気にすることもなく水面に映った世界を凝視し狙いを定めて釣り糸を投げ入れた。
「夜行、あまり妊婦を釣るな」
隣にいた青髪の男の姿をした妖怪が注意する。
「なんでさ」
「とりすぎると
「釣りに誘ったの君、文句言わないで」
指摘に対して見当違いな意見を返す男、夜行。彼らは妖怪ぬらりひょんの誘いから釣りをしているのだ。釣り上げる獲物は魚ではなく人間である。
ぬらりひょんは誘われたのをいいことに身勝手な振る舞いをする夜行を見てため息をつく。
「連れてこないほうがよかったか……」
黄泉の国では貴重な「人間釣り」のできる場所。普段の釣りに飽きていたぬらりひょんはこれ幸いとばかりに釣りをしに行こうとしたがどうやら複数人の組織でしか利用できないことが分かり、ぬらりひょんは仕方なく釣り仲間である夜行その他数人の妖怪を集めてやって来た。しかし、夜行は妖怪の中でも異常な存在だ。なにか問題が起こる可能性はあった。今のように人間釣りの違法行為を犯したりだ。
「まあ、よいか」
ぬらりひょんは説得を諦め釣りに戻る。いくら夜行といえど一晩で全ての妊婦を釣り上げるのは不可能な話だ。一人、二人釣り上げられようとなんの問題もないだろう。
*******************************
釣りを終えて妖の世界へと帰ってきた夜行、その手には袋が握られていた。
夜行は決まった家を持たず行くあてもなく彷徨い続ける妖怪の集合体のようなものだ。たまたまそれが何らかの姿を形作っているだけである。
夜行は適当な誰もいない場所へ歩くと袋の結び目を解いた。中には大きい魂が1つ、小さくか弱い魂が1つあった。
釣り上げられた人間は皆地獄へと預けられるのが決まりだが彼はその法を犯し魂を持ち出した。この女のことが気になったからである。女は釣りあげられてから一言も声をあげることが無かったからだ。釣り上げられた人間は違いはあれど自分のおかれた状況に気づいたときには皆悲鳴をあげていた。しかし、彼女はずっと無言を貫いていた。その違いが夜行の興味を惹いたのだ。
「君はなんだい?」
夜行はひそひそと大きな魂に向かって囁いてみる。
「私は一人のしがない女です」
魂は返事をした。だが夜行は女の自己紹介など求めていない。
「君は何故叫ばないのかい?」
今度は分かりやすく聞きたいことを聞いた。
「叫ぶ理由がないからです」
「何故他の魂は叫ぶんだい?」
「きっと向こう側に戻れないと気づいたからでしょう」
「それがそんなに叫ぶようなことなの?」
「貴方はそう思わないんですか」
「ふうん……」
彼の中には執着するような世界やものはない。たとえ今この世界から消えどこか見知らぬ場所に飛ばされても彼はなんとも思わないだろう。
「じゃあ君はなんで叫ばないの?」
夜行は次に生まれた疑問を質問した。その時、大きな魂が僅かに光り輝いた気がした。
「私は向こう側に戻れなくてもいいですから」
「へえ、そうなの」
夜行は小さい方の魂に目を向けながら言った。夜行にとってはどうでもいい魂だが女の魂が意地でも離さなかったのでついでに持ってきたものだ。女の反応からして女にとって大切なものであることは確かだ。だがそんな大切な魂も一緒にこの場所に来たのだそれについて嘆いたりもしないのだろうか。中には妖怪たちを見て叫びだす魂もあったのだ。この世界が「人」にとってよからぬ場所なのは明確だというのに本当になんとも思わないのか。
夜行の目線の先を見た女の魂が再び語る。
「あのままあの世界に居ても私もその子供も碌な未来しかありません。だったらいっそなにもかも異なる誰も行けない追ってこれない世界へ来た方が幸せです。それに、貴方は私のもっとも大切だった命を救い、私と共にいさせてくれた恩人だというのに。どこに怖がる必要があるのでしょうか」
何故かお礼を言われた。夜行は女が何故お礼をしたのか聞く気も起きなかったがこの異常な魂に余計に興味をもった。次に2つの魂を近づけてみる。魂は幸せそうだ、小さくか弱い魂も大きい魂のそばでは強く輝く。と同時に夜行は熱烈な視線のようなものを感じた。
どうも女の魂がそれを発しているようだ。
「なんだい?」
「貴方様は本当に私の唯一、愛せる御方です。私にはもうなにも無いと思っていたもっとも大切なもの以外、そんな私でもまだあったのですね救いが」
なにが女の琴線に触れたのか分からない。だが彼女はなにかを感じ取ったのだろう。目の前にいる夜行という妖怪から。
「そうなんだ、僕が君を救えるんだね」
「はい、私は貴方にしか救われません」
いつのまにか夜行と魂の周りには魑魅魍魎の妖怪達が漂っている。これらすべてが「夜行」であり彼の真の姿だ。みんな祝福しているのだ、新たに加わる招かれしものに。
「いたぞ!あそこだ」
数名の妖怪退治が夜行を発見する。夜行という妖怪が妖の世界の禁忌「人間の魂の持ち出し」を犯したとして退治するよう地獄から駆り出された者だった。見つけた時には奴のその手には二つの魂があった。あろうことか奴は妖怪だけでなく人間の魂を取り込もうとしている。人と妖怪が交わる。碌なことが起こらないだろう。
妖怪退治達は弓を引き絞り夜行に狙いを定める、この弓矢が当たればどんなに強大な妖怪だろうと一発消滅してくれる。
「わ゙わ゙わ゙わ゙だじのになにをするんだああああ」
人ならざる者の声と共に弓矢が粉々に破壊されついでに妖怪退治達がミンチにされる。妖怪退治達が最後に見た姿は胴体に穴が開いていて人と妖怪がぐちゃぐちゃに混ざり合ったような奇妙な妖怪の姿だった。
「先遣隊がやられたか、一旦引きましょうか」
先に行かせた妖怪退治達から連絡が途切れたことから後続の者は一旦立て直そうと夜行から離れようと動き出す。
「うん?」
一人が道の先になにか赤ん坊のようなものがいるのを見つけ______
「ぎゃあああああああ!」
後に聞こえたのは叫び、悲鳴それだけだった。
夜行についていく魂がまた2つ増えた。それも今度は妖怪でなく人間だ。誰よりも夜行から離れることなくついていく唯一の救いから離れることのないように。彼女ら奇妙な魂を取り込んだ夜行は1つの興味を持ち始めた。人間界とはどのようなところだろうか。このような見たこともない魂がもっと沢山あるのだろうか。その魂も救うことができるのだろうか?救い続けると自分はどうなるのだろうか?いや、もっと単純に人という魂に興味がある。夜行の姿が変わる。人の魂から知った情報から形作る。
出来上がったのは妖な雰囲気を纏った男の姿だった。それは皮肉にも取り込まれた「母」の持つ理想の男のイメージそのままの姿だった。
「ぁあああああ!」
その姿に寄り添うのはすっかり妖怪の一員となった女そしてその子供だ。あの世界はだめだよ危険だよそう伝えるかのように夜行から離れようとしない。
「大丈夫だよ」
そんな母子の姿を見て夜行は救いの言葉を授ける。
「僕は君たち人の魂を救える者なのだから」
人の世界へ一歩踏み出す夜行は朧げなそれであって狂気ともいえる笑みを浮かべていた。
月明かりもない暗闇の中危険を冒してまで彼女が走る理由、それは追手から逃れるためだ。そう、彼女は追われているのである。
「あっ……」
彼女はなにかに躓き転びそうになった。明かりの一切無い夜道なのだから無理もない。
「やだ……」
妊婦にとって転ぶことも命取りになりかねない。ここまで大きくなったら特に。気づいた時には手遅れだった。
「えっ?」
受け身もまともにとれないまま転ぶ身体が不意に止まった。なにかに支えられているようだ。・・・・・・いや、吊られている?雲から覗いた月明かりが彼女を照らすと、彼女の喉元になにかフックのようなものが引っかかっているのが見えた。フックについた糸は何処へ伸びているのか暗闇のせいで見当もつかない。
「がっ……」
そのまま力なき彼女はなすすべなく連れていかれた。
*******************************
「あっ、子持ちだあ」
古今東西様々な妖怪のパーツが継ぎ接ぎされたかのような珍妙な見た目をした妖怪は掛かった獲物を一瞥するとケースに放り込む。ケースはがたがたと震え中からは多種多様な悲鳴が木霊する。男は異様な様子のケースを気にすることもなく水面に映った世界を凝視し狙いを定めて釣り糸を投げ入れた。
「夜行、あまり妊婦を釣るな」
隣にいた青髪の男の姿をした妖怪が注意する。
「なんでさ」
「とりすぎると
あちら
の人間の数が減る」「釣りに誘ったの君、文句言わないで」
指摘に対して見当違いな意見を返す男、夜行。彼らは妖怪ぬらりひょんの誘いから釣りをしているのだ。釣り上げる獲物は魚ではなく人間である。
ぬらりひょんは誘われたのをいいことに身勝手な振る舞いをする夜行を見てため息をつく。
「連れてこないほうがよかったか……」
黄泉の国では貴重な「人間釣り」のできる場所。普段の釣りに飽きていたぬらりひょんはこれ幸いとばかりに釣りをしに行こうとしたがどうやら複数人の組織でしか利用できないことが分かり、ぬらりひょんは仕方なく釣り仲間である夜行その他数人の妖怪を集めてやって来た。しかし、夜行は妖怪の中でも異常な存在だ。なにか問題が起こる可能性はあった。今のように人間釣りの違法行為を犯したりだ。
「まあ、よいか」
ぬらりひょんは説得を諦め釣りに戻る。いくら夜行といえど一晩で全ての妊婦を釣り上げるのは不可能な話だ。一人、二人釣り上げられようとなんの問題もないだろう。
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釣りを終えて妖の世界へと帰ってきた夜行、その手には袋が握られていた。
夜行は決まった家を持たず行くあてもなく彷徨い続ける妖怪の集合体のようなものだ。たまたまそれが何らかの姿を形作っているだけである。
夜行は適当な誰もいない場所へ歩くと袋の結び目を解いた。中には大きい魂が1つ、小さくか弱い魂が1つあった。
釣り上げられた人間は皆地獄へと預けられるのが決まりだが彼はその法を犯し魂を持ち出した。この女のことが気になったからである。女は釣りあげられてから一言も声をあげることが無かったからだ。釣り上げられた人間は違いはあれど自分のおかれた状況に気づいたときには皆悲鳴をあげていた。しかし、彼女はずっと無言を貫いていた。その違いが夜行の興味を惹いたのだ。
「君はなんだい?」
夜行はひそひそと大きな魂に向かって囁いてみる。
「私は一人のしがない女です」
魂は返事をした。だが夜行は女の自己紹介など求めていない。
「君は何故叫ばないのかい?」
今度は分かりやすく聞きたいことを聞いた。
「叫ぶ理由がないからです」
「何故他の魂は叫ぶんだい?」
「きっと向こう側に戻れないと気づいたからでしょう」
「それがそんなに叫ぶようなことなの?」
「貴方はそう思わないんですか」
「ふうん……」
彼の中には執着するような世界やものはない。たとえ今この世界から消えどこか見知らぬ場所に飛ばされても彼はなんとも思わないだろう。
「じゃあ君はなんで叫ばないの?」
夜行は次に生まれた疑問を質問した。その時、大きな魂が僅かに光り輝いた気がした。
「私は向こう側に戻れなくてもいいですから」
「へえ、そうなの」
夜行は小さい方の魂に目を向けながら言った。夜行にとってはどうでもいい魂だが女の魂が意地でも離さなかったのでついでに持ってきたものだ。女の反応からして女にとって大切なものであることは確かだ。だがそんな大切な魂も一緒にこの場所に来たのだそれについて嘆いたりもしないのだろうか。中には妖怪たちを見て叫びだす魂もあったのだ。この世界が「人」にとってよからぬ場所なのは明確だというのに本当になんとも思わないのか。
夜行の目線の先を見た女の魂が再び語る。
「あのままあの世界に居ても私もその子供も碌な未来しかありません。だったらいっそなにもかも異なる誰も行けない追ってこれない世界へ来た方が幸せです。それに、貴方は私のもっとも大切だった命を救い、私と共にいさせてくれた恩人だというのに。どこに怖がる必要があるのでしょうか」
何故かお礼を言われた。夜行は女が何故お礼をしたのか聞く気も起きなかったがこの異常な魂に余計に興味をもった。次に2つの魂を近づけてみる。魂は幸せそうだ、小さくか弱い魂も大きい魂のそばでは強く輝く。と同時に夜行は熱烈な視線のようなものを感じた。
どうも女の魂がそれを発しているようだ。
「なんだい?」
「貴方様は本当に私の唯一、愛せる御方です。私にはもうなにも無いと思っていたもっとも大切なもの以外、そんな私でもまだあったのですね救いが」
なにが女の琴線に触れたのか分からない。だが彼女はなにかを感じ取ったのだろう。目の前にいる夜行という妖怪から。
「そうなんだ、僕が君を救えるんだね」
「はい、私は貴方にしか救われません」
いつのまにか夜行と魂の周りには魑魅魍魎の妖怪達が漂っている。これらすべてが「夜行」であり彼の真の姿だ。みんな祝福しているのだ、新たに加わる招かれしものに。
「いたぞ!あそこだ」
数名の妖怪退治が夜行を発見する。夜行という妖怪が妖の世界の禁忌「人間の魂の持ち出し」を犯したとして退治するよう地獄から駆り出された者だった。見つけた時には奴のその手には二つの魂があった。あろうことか奴は妖怪だけでなく人間の魂を取り込もうとしている。人と妖怪が交わる。碌なことが起こらないだろう。
妖怪退治達は弓を引き絞り夜行に狙いを定める、この弓矢が当たればどんなに強大な妖怪だろうと一発消滅してくれる。
「わ゙わ゙わ゙わ゙だじのになにをするんだああああ」
人ならざる者の声と共に弓矢が粉々に破壊されついでに妖怪退治達がミンチにされる。妖怪退治達が最後に見た姿は胴体に穴が開いていて人と妖怪がぐちゃぐちゃに混ざり合ったような奇妙な妖怪の姿だった。
「先遣隊がやられたか、一旦引きましょうか」
先に行かせた妖怪退治達から連絡が途切れたことから後続の者は一旦立て直そうと夜行から離れようと動き出す。
「うん?」
一人が道の先になにか赤ん坊のようなものがいるのを見つけ______
「ぎゃあああああああ!」
後に聞こえたのは叫び、悲鳴それだけだった。
夜行についていく魂がまた2つ増えた。それも今度は妖怪でなく人間だ。誰よりも夜行から離れることなくついていく唯一の救いから離れることのないように。彼女ら奇妙な魂を取り込んだ夜行は1つの興味を持ち始めた。人間界とはどのようなところだろうか。このような見たこともない魂がもっと沢山あるのだろうか。その魂も救うことができるのだろうか?救い続けると自分はどうなるのだろうか?いや、もっと単純に人という魂に興味がある。夜行の姿が変わる。人の魂から知った情報から形作る。
出来上がったのは妖な雰囲気を纏った男の姿だった。それは皮肉にも取り込まれた「母」の持つ理想の男のイメージそのままの姿だった。
「ぁあああああ!」
その姿に寄り添うのはすっかり妖怪の一員となった女そしてその子供だ。あの世界はだめだよ危険だよそう伝えるかのように夜行から離れようとしない。
「大丈夫だよ」
そんな母子の姿を見て夜行は救いの言葉を授ける。
「僕は君たち人の魂を救える者なのだから」
人の世界へ一歩踏み出す夜行は朧げなそれであって狂気ともいえる笑みを浮かべていた。