第1話 蝉(セミ)

文字数 1,148文字

 見上げる空が青い。
 暑い。
 腕に、もう、力が入らない。

 このまま仰向けに倒れてぎらつく陽射しにあぶられていたら、確実に10分で死ねる。淡々と、そう思った。いいんじゃねえの。生きててどうなるってんだよ、これ以上。
 もう、いいだろ。おれ。じゅうぶんがんばった。
 ま、他にやることなかったからだけど。

 日が出て沈むこと15回。そこそこ生きた。
 その間、ぶっとおしに歌った。何テイクとったかわからない。
 疲れると休憩して栄養補給。固形物を食ってるひまはない。液体燃料だ。浴びるように。
 飲んで、また歌う。ブルース。

  駅まで送っていった
  女のスーツケースを持って
  駅まで送っていったさ
  女のスーツケースを持って
  マジでやってられねえ、マジで
  むだだったのかよ
  おれの愛

 一度、ちょっとよさげな体つきの子がそばに来た。おれは飲むのをやめて、ぺっとつばを吐いて、そいつの脚を。
 あいつの脚の内側を、つまさきでそっと撫であげてやった。
「ねえ、あんた何年」
「十七年」

 とたんに、蹴り飛ばされた。

「キモっ。なんかキモいと思ってたんだよね。なにその素数」
「待てよ」
「あたしはちゃんと六年の男とヤッて、まともな子どもを産みたいの。消えて。てか、あんたの歌ウザすぎ。まわり聞きなよ、誰もあんたみたいなの歌ってるやついないし。浮いてんだよ」

 くそ。わかってるよ。

 みんな二年とか三年とか六年だろう。なんでおれ、今年出てきちゃったんだよ、地上に。十七年のやつ誰もいねえの。おれだけじゃねえかよ、こんなスタイル違うの。
 生まれる年、まちがえた。
 どうして。

 ごめんな。おれの精嚢にぱんぱんに詰まった精子くんたち。
 役立ててやれなくて。

 今日が最後の日かな。そう思ったら、ふっと力が抜けて、幹から落ちた。ヤベえ。くそ。仰向けになったら終わりだ。もう立てないし飛べない。鳴けない。

 まあいいか。

 もう、終わりにするか――そう思って、目を閉じたときだった。

 顔に、ぺっとつばを吐かれ、マジかよと思ったら、そのままぐいと引き起こされた。
 きらきらした目がおれの目の前にある。女の濃い匂いにおれはむせた。あり得ねえ。
「何」
「訊くわけ?」笑って、さらに顔を寄せてくる。
「訊かないわけ、年とか」
「意味ある? あたしもたぶん今日が最後なんだけど」
 そのまま、手足をからませてきた。

  汽車が入ってきたとき
  女の目をのぞきこんだ
  汽車が入ってきたとき
  女の目をのぞきこんださ
  マジで哀しくて寂しくて
  おれは
  泣いちまった

 この陽射し、ヤバい。


BGM:
「ラブ・イン・ヴェイン Love in Vain」ザ・ローリング・ストーンズ(オリジナル:ロバート・ジョンソン)
https://youtu.be/nCvBUjJrmC4
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