第36話 紗也1

文字数 955文字

朝から瑛斗の家の前で瑛斗に会ってしまった。

何の心の準備もないまま。

おはようと言って何となくいっしょに歩く。

こんなことすら、しばらくなかった。
緊張する。


でもこんなチャンス、なかなかない。
今しか聞けない。
「…ねえ、あのさ……あの、この前さ、何か話したんだって?早坂くんと」

「…ハヤサカ?…て、誰?」

「吹奏楽部の…」

「あ~!…名前、知らなかった」

「何、言ったの?」

言ってよ。
瑛斗の口から聞きたいんだよ。

「…え、忘れた…何で?」

やっぱダメか。
肝心なとこで期待を裏切られるのに慣れてきた。

「…なんでもないけど。早坂くんが、何か気にしてたから」

「…マジで?謝っといて」

「ムリ、もう別れたから」

「何で?」

なんでって、瑛斗のせいだよ。

「…佑樹と同じ聞き方」

「…言いたくないなら言わなくていい」

「じゃあ言わない」

佑樹なら言えるのに、瑛斗には言えない。
私も相変わらずだ。


「…紗也もさ、男だったら良かったのに」




なに?




私、
今、
どんな顔、してる?



「………そう、なんだ」

「え」

「瑛斗はさ、そう思ってんだ」

「…え、うん、ほら、そしたらさ、佑樹と3人、ずっと仲間でいられたじゃん」

「私が男だったらいられたの?女だったら、いられないの?なんで?」

「…え、ごめん、なに?そんな、怒ること?」

「怒ってない。聞いてるんだよ、瑛斗の気持ちを」

「…オレの、気持ち?」

「そう、なんで女だったらいられないの?」

「え、だってさ、ほら、誤解されたりすんじゃん、いっしょにいたら付き合ってんじゃないかとか…ほら、紗也と佑樹も噂になったし」

「だから何?そんなの別に何ともない」

「え、嫌でしょ?オレと付き合ってるとか誤解されるの」

「…嫌じゃないよ、何でもない、そんなこと。瑛斗は嫌なの?」

「嫌っていうか…恥ずかしいじゃん、ふつーに」

「嫌なら嫌だって言えばいいじゃん」

「だから嫌とかじゃなくて…なに、紗也、おかしいよ」

「おかしくないよ、私は。おかしいのは、瑛斗じゃん、いつだって、そうやって、はぐらかしてんのは瑛斗じゃん!」



「どしたの?…ケンカ?」


後ろから聞こえてきた佑樹の声で、私はハッとした。


「…何でもない。じゃあ、私、先に行くから」

二人を置いて、私は先に進んだ。

あんなに聞けないと思ってたことが、次々と口から出てきた。


それは瑛斗の言葉が、私の心を砕いたからだった。





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