第11話

文字数 1,145文字

 気が付けば、お母さんが姿を消してから一カ月経ってしまった。私は、その日もお父さんに、ママの帰りを聞くと、幼い私には理解できない回答が帰ってきた。

「ママは、いつ帰るかな……」

「ママ、帰ってこないみたいだ。でも、愛のせいではないからね。これは、パパとママの問題。夫婦の問題。大丈夫だからね」

「パパとママの問題?」

 そして、その後から、何か月かが経ち、お父さんとお母さんが離婚していたことを知った。幼い私でも、夫婦のお別れはなんとなくわかった。なんで出て行ったのかを問いかける度に、愛のせいではないよ、とお父さんは言った。それでも、その後もわがままな私のせいなんだと自分を責め続けた。だから、ちゃんと沢山勉強だってした。いっぱい本も読んで、大人になろうと努力した。

 そして、次第にお父さんは会社に行かなくなり、家で寝るようになってしまっていた。出世もすることなく、少ない給料で暮らしていた。私は高校入学までそれを知らなかった。お金がそんなにもないなんて知らなかったのだ。

「富田さん、もうすぐ高校二年生になりますが、学費は大丈夫ですか?」

 先生が我が家に突然きて、お金の話をし始めた。私はそこで現実を知った。私は家の事なんてなんにも、なんにも考えてはいなかったのだ。

 お父さんは払えますと、もう、遅らせることはありませんと頭を下げて言っていたのを鮮明に覚えている。

 でも、そこで、私は知った。

 大学なんて目指してはいけないと知ってしまったのだ。

 そして、私は高校生になり、多くの事に疑問を持てるようになった。どうして空は青いのか、雲は白いのか。なぜ、人は怒るのか、人は悲しむのか。人と向き合うとはどういうことなのか。心って、なんでみんな違うのか。どうして出て行ったのか。何に怒ったのか、夫婦の問題ってなんなのか。

 だから私は聞いたのだ。

「ねぇ、お母さんって、どうして出て行ったの?夫婦の問題って何?教えてほしい。私、はっきりと何も知らない。私のせいではないのはどうして?」

 すると、お父さんは沈黙の後、下を向き額に手を当てて、こう答えた。

「愛は何も悪くないよ、お父さんが追い出したんだ。お父さんのせいだ。お父さんが仕事ばかりだったせい。それで、夫婦が上手くいかなかったんだ。お母さんは元々、我慢の限界だったんだ。喧嘩が増えて、お父さんはお母さんの事が嫌いになっていた。お父さんはお母さんにたくさん酷いことをした、だから出て行った」

「お父さんがもう帰ってくるなと、出て行けと言ったんだ」

 高校生の私には衝撃が強く、中々言葉を飲み込むことが出来なかった。何を言われているのかわからなかった。読んでも頭に入ってこなくて、言葉が戻ってきてしまっていた。でも、時間をかけて飲み込んだ。飲み込むしかなかった。
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