手駒
文字数 3,434文字
ともかくも、時を置かずして少なくとも十人を越える人の一団が峠越えをするであろうことは確かです。
このあたりの山中を行く街道は、山肌を削った堀割道 でありましたから、道の両脇が高くなっております。
我らはその僅かな高みに潜んで道を見下ろし、上州側に目を凝らしました。
夜の暗闇はすっかり払われておりますが、霧はむしろなお一層濃くなってゆきました。
鳥の啼 き声が枝間を抜けました。
枝葉の揺れる音の間に間に、別の音が聞こえた……そんな気がしたとき、再び地面に耳を当てていた件の「耳効 き」が、よく通る囁 き声で、
「馬五頭。内、騎馬は三。鎧武者。荷駄 に馬丁 がそれぞれ一人。二頭とも恐らく荷を負っているでしょう。歩行 軽装一五ほど、長持 か駕籠 のような物を担いで歩く二人一組の足音が二組」
と、ここまでは淀みなく言ったあと、短く一呼吸置きました。続きの言葉は、僅かに不審げな声音 となっており、
「……女子供 らしき足音が五つほど」
言い終えた後、その者はちらりと上方に眼をやりました。
見やった先の太い科 の枝に、人影があります。
人影は「あ」と言う間もなくするりと木を降りると、私の足元に片膝を着きました。
徹夜で見張りをしていた「目利 き」の眼 は流石 に赤く、瞼 はぼってりと腫 れ上がっておりました。
頭を垂れ、顔を伏せた「目利き」は、
「前に騎馬武者一つ、後ろに二つ。女駕籠 一丁、長持が一丁。駕籠に付き添って女房 衆が二人、下女 が三人。女駕籠の回りと、後ろの騎馬武者のその後ろを歩兵 が固めております。籠と長持ちの中 身 は知れませぬ」
と正確な員数を数え上げました。
つまり、関東方面から山道を登ってくるのは、少ないとはいえ護衛の侍を付け、侍女を従えることが出来る程度の身分のある「貴人」に違いないということです。
そしてその「貴人」は恐らくご婦人であり、上州から信濃へ逃げ出そうとしているのだ、と見るのが自然です。
馬の数が少なく、また徒歩の人数も駕籠や長持の担い手も交代のための者がおらぬのではないかというほど少ないところからして、それほど遠くへ行くつもりが無いのでしょう。あるいは、急いでいて必要なだけの護衛の数を集めきれなかったのやも知れません。
問題は、その「貴人」が誰であるか、です。
信濃へ向かっているからにはその「貴人」は、信濃に何かしかの縁がある方でしょう。
とは申しても、北条殿に縁のある方である可能性も無いとは言えません。北条に縁のある方が、本心は相模 の方へ行くことを願っていたとしても、その願いが叶うとは思えないからです。
考えてもご覧なされませ。
北条殿に縁のある方が国外へ出ようとするのを黙って見過ごすことなど、滝川様、あるいは旧武田の陣営の者にできようものですか。
それでも、どうあっても上州から出たい。むしろ出ることのみを考える、というのならば、幾分か手の薄いであろう信濃を目指す。そんなことも有り得ないとは申せません。
いや、しかし、やはりそうである確率は低いと思わざるを得ませぬ。大体、そこまで動くこと自体が大層難しい筈です。
ですから、件の一団は信濃に縁者がいる方である公算が高い、といいきってしまって良いでしょう。
そして、滝川様の陣営がその方を戦場から離脱させても良いと考えている、あるいは離脱させたいと願っている方、つまり、滝川一益様や織田方に縁の深い方ということが想像できます。
そうであるならば、我らはその「貴人」を庇護 する必要があります。
父がどのような腹積もりであるかに寄りますが、その方をお助けすることによって、有り体に言えば「滝川様に恩を売る」ことができます。
あるいは、証人 とすることができるのです。
非道 と思われましょうや?
そも、戦とは人の道に外れた行いです。それを行うのが武士です。道ならぬ道を通るのが戦乱の世の侍の役目です。
少なくとも、我々がここであの方々を助 け て 差し上げれば、その方々は命を拾うことになります。
例え証人として屋敷の一室に閉じ込められて、であっても、です。
どんな形にせよ命を拾い、生きてゆくことが出来れば、そこから先に何かが起きるやも知れません。何かを起こせるかも知れぬのです。
……ええ、判っております。言い訳に過ぎません。
あの時の私もそれが判っておりました。そうやって言い訳にならぬ言い訳を心中で己に向かって言い聞かでもせねば、私はその場所に立っていることができなかったのです。
私は、小心者ですから。
それでもこの時は、己に言い聞かせるにしても、実際に声に出して言う訳には行きません。私は我が胸の内でだけ己に言葉をかけました。いや、そのつもりでありました。
しかし私という鈍遅 の口先は、その主に輪を掛けての粗忽者 であったのです。
突然、動き出したのです。そても思いもよらぬ音 を立てて。
「業盡有情 、雖放未生 、故宿人身 、同証佛果 」
後々幸直らが私に、笑 い 話 として語った事が本当であるならば、初めのうちはそれでもモゾモゾと口の中で言うだけであったようです。
ところが声音は次第に大きく高くなり、最後に、
「家 内 安 全 !」
と、幸直に、
「訳がわからない」
と頭を抱え込ませた一言を口にした頃などは、殆 ど叫び声に等しいものになっておったのです。
私はといえば、名も知らぬ鳥共が一斉に叫び、翼で自分を鞭打つようにして塒 から飛び立ち、森の木々の枝が大風にまかれたかのように揺れ、擦れ合う枝葉の悲鳴があたりに響くに至って、漸 く己の失態に気付いたという、情けない次第でありました。
私は倒れ込むようにして地に伏せました。
一呼吸の遅れもなく、その場にいた者達総てが、私と同じように身を低くしました。
その鮮やかな隠れ振りを見た私は、火急の事態の最中であるというのに、それも己が原因であるというのに、
『我が家のことであるが、真田家中の者共は、全く良く訓 練 された者共であることよ』
などと、いたく感心したものです。
しかしまあ、その時の皆々の視線の痛いことといったらありません。ことさら禰津幸直の眼差しときたら、槍で腑 をこね回されているかと思われるほどのものでありました。
自業自得はあります。それはその時の私にも判っていたことです。それでも、私は恐らく恨みがましい目を幸直に向けていたのでありましょう。幸直はギリリと奥歯を軋ませると、
「お覚悟 めされよ」
と低く唸り、腰の刀の鯉口 を切ったのです。
「心得 た」
私は、笑っておりました。作り笑いでも嘘笑いでもなく、本心から笑っておりました。
幸直が斬り掛かろうとしている相手が、自分ではないと確信していたからです。
……主に対しては刃を向けかねるからか、とお訊ねか?
いや、禰津幸直は忠義者です。私が主だからという理由ぐらいでは、私を殺さずにおくことはないでしょう。
お解りになりませぬか?
例え主人であっても、あるいは親兄弟であっても、言動に謬 りがあれば、これを正さねばならぬでしょう。
涙を呑み、歯を食いしばり、血を吐く思いをしてでも、黒 い 物 は 黒 い と断じなければならぬのです。
阿附迎合 して己の正義を誤魔化すようなことがあれば、元は些細 な過ちであっても「二人分」に倍増いたしましょう。その上、回りの者がみな阿諛追従 したなら、過ちはたちまち数十、数百、数千に膨れ上がるのです。
膨れ上がったモノは、針の如き小さな力で突いただけでも容易に弾けましょう。
外から突けば血膿 が吹き出し、飛び散ります。あるいは内から突き上げる針のために、骨肉露 わになるほど大きく皮が裂けることもある。
そうなってからでは遅いとは思われませぬか?
過ちは芽の内に摘 み取らねばならぬ。腫 れ上がる前に潰さねばならぬ。
それが小さくとも摘み取れず、潰しきれぬほど、根深く、また取り返しのつかぬ事であるなら、例え主人であろうとも、斬ることもやぶさかでない。
それこそが真の忠義だと、私は思うのです。
私ばかりか、真田の家にいる「忠義者」は、大体同じように考えているのではないでしょうか。
あの時私は、一つ部隊の全員の生き死にに関わる、大層な失敗をしでかしました。これは間違いのないことです。「誅殺 」されても文句の付けようがありません。
それなのに幸直が私を斬ろうとしなかった理由は、忠義だ友情だなどという情のゆえの事などではないのです。
ここでこの莫迦者 を斬ったなら、こちらの「手駒」が一つ減ってしまうから、です。
このあたりの山中を行く街道は、山肌を削った
我らはその僅かな高みに潜んで道を見下ろし、上州側に目を凝らしました。
夜の暗闇はすっかり払われておりますが、霧はむしろなお一層濃くなってゆきました。
鳥の
枝葉の揺れる音の間に間に、別の音が聞こえた……そんな気がしたとき、再び地面に耳を当てていた件の「
「馬五頭。内、騎馬は三。鎧武者。
と、ここまでは淀みなく言ったあと、短く一呼吸置きました。続きの言葉は、僅かに不審げな
「……
言い終えた後、その者はちらりと上方に眼をやりました。
見やった先の太い
人影は「あ」と言う間もなくするりと木を降りると、私の足元に片膝を着きました。
徹夜で見張りをしていた「
頭を垂れ、顔を伏せた「目利き」は、
「前に騎馬武者一つ、後ろに二つ。
と正確な員数を数え上げました。
つまり、関東方面から山道を登ってくるのは、少ないとはいえ護衛の侍を付け、侍女を従えることが出来る程度の身分のある「貴人」に違いないということです。
そしてその「貴人」は恐らくご婦人であり、上州から信濃へ逃げ出そうとしているのだ、と見るのが自然です。
馬の数が少なく、また徒歩の人数も駕籠や長持の担い手も交代のための者がおらぬのではないかというほど少ないところからして、それほど遠くへ行くつもりが無いのでしょう。あるいは、急いでいて必要なだけの護衛の数を集めきれなかったのやも知れません。
問題は、その「貴人」が誰であるか、です。
信濃へ向かっているからにはその「貴人」は、信濃に何かしかの縁がある方でしょう。
とは申しても、北条殿に縁のある方である可能性も無いとは言えません。北条に縁のある方が、本心は
考えてもご覧なされませ。
北条殿に縁のある方が国外へ出ようとするのを黙って見過ごすことなど、滝川様、あるいは旧武田の陣営の者にできようものですか。
それでも、どうあっても上州から出たい。むしろ出ることのみを考える、というのならば、幾分か手の薄いであろう信濃を目指す。そんなことも有り得ないとは申せません。
いや、しかし、やはりそうである確率は低いと思わざるを得ませぬ。大体、そこまで動くこと自体が大層難しい筈です。
ですから、件の一団は信濃に縁者がいる方である公算が高い、といいきってしまって良いでしょう。
そして、滝川様の陣営がその方を戦場から離脱させても良いと考えている、あるいは離脱させたいと願っている方、つまり、滝川一益様や織田方に縁の深い方ということが想像できます。
そうであるならば、我らはその「貴人」を
父がどのような腹積もりであるかに寄りますが、その方をお助けすることによって、有り体に言えば「滝川様に恩を売る」ことができます。
あるいは、
そも、戦とは人の道に外れた行いです。それを行うのが武士です。道ならぬ道を通るのが戦乱の世の侍の役目です。
少なくとも、我々がここであの方々を
例え証人として屋敷の一室に閉じ込められて、であっても、です。
どんな形にせよ命を拾い、生きてゆくことが出来れば、そこから先に何かが起きるやも知れません。何かを起こせるかも知れぬのです。
……ええ、判っております。言い訳に過ぎません。
あの時の私もそれが判っておりました。そうやって言い訳にならぬ言い訳を心中で己に向かって言い聞かでもせねば、私はその場所に立っていることができなかったのです。
私は、小心者ですから。
それでもこの時は、己に言い聞かせるにしても、実際に声に出して言う訳には行きません。私は我が胸の内でだけ己に言葉をかけました。いや、そのつもりでありました。
しかし私という
突然、動き出したのです。そても思いもよらぬ
「
後々幸直らが私に、
ところが声音は次第に大きく高くなり、最後に、
「
と、幸直に、
「訳がわからない」
と頭を抱え込ませた一言を口にした頃などは、
私はといえば、名も知らぬ鳥共が一斉に叫び、翼で自分を鞭打つようにして
私は倒れ込むようにして地に伏せました。
一呼吸の遅れもなく、その場にいた者達総てが、私と同じように身を低くしました。
その鮮やかな隠れ振りを見た私は、火急の事態の最中であるというのに、それも己が原因であるというのに、
『我が家のことであるが、真田家中の者共は、全く良く
などと、いたく感心したものです。
しかしまあ、その時の皆々の視線の痛いことといったらありません。ことさら禰津幸直の眼差しときたら、槍で
自業自得はあります。それはその時の私にも判っていたことです。それでも、私は恐らく恨みがましい目を幸直に向けていたのでありましょう。幸直はギリリと奥歯を軋ませると、
「お
と低く唸り、腰の刀の
「
私は、笑っておりました。作り笑いでも嘘笑いでもなく、本心から笑っておりました。
幸直が斬り掛かろうとしている相手が、自分ではないと確信していたからです。
……主に対しては刃を向けかねるからか、とお訊ねか?
いや、禰津幸直は忠義者です。私が主だからという理由ぐらいでは、私を殺さずにおくことはないでしょう。
お解りになりませぬか?
例え主人であっても、あるいは親兄弟であっても、言動に
涙を呑み、歯を食いしばり、血を吐く思いをしてでも、
膨れ上がったモノは、針の如き小さな力で突いただけでも容易に弾けましょう。
外から突けば
そうなってからでは遅いとは思われませぬか?
過ちは芽の内に
それが小さくとも摘み取れず、潰しきれぬほど、根深く、また取り返しのつかぬ事であるなら、例え主人であろうとも、斬ることもやぶさかでない。
それこそが真の忠義だと、私は思うのです。
私ばかりか、真田の家にいる「忠義者」は、大体同じように考えているのではないでしょうか。
あの時私は、一つ部隊の全員の生き死にに関わる、大層な失敗をしでかしました。これは間違いのないことです。「
それなのに幸直が私を斬ろうとしなかった理由は、忠義だ友情だなどという情のゆえの事などではないのです。
ここでこの