第19話   第三章 『シャルウィダンス』⑤  お化け屋敷

文字数 1,148文字


 素晴らしい晴天となったその日、晃子はそのお化け屋敷に向かった。
 
 ドアを開けると、室内は闇に閉ざされていた。

「ルシアン・・」
 
 暗がりのソファにうつ伏せの姿がある。
 近寄って、どうしたのかと思いながらそっと翼に触れる。熱はない。

「ちょっと、窓を開けるわよ・・」
 
 そう言って雨戸を開けると、カーテンを下して日差しを遮断した。
 その微光で背中の傷を見ると、傷口は閉じて治っているようだった。
 が、よく見ると、その背中全体に何か鋭いもので引っ掻かれたような酷い跡がある。更には、腕や足にもいつくも新しい傷があるのが分かった。

「どうしたの・・ひどい傷・・」
 
 夕べ、あの後、森で熊とでも遭遇したのだろうか・・。
 晃子は反射的に、近くに置いてあった消毒液を手に取った。

 「・・ネーム・・」 
 
 空っぽよ。安心して。

 ややあって、面倒くさそうに起き上がったその胸にも傷があるのが分かった。
 何か沢山の鳥の大群にでも襲われて、鋭い嘴でつつかれたような跡だった。
 見たことのない大きな翼の出現に、森の鳥達が生態系の危機を抱いて一致団結でもしたのだろうか・・。
 
 しばらく労るように傷口を目にしていた晃子は、肩の辺りにあるまた別の跡に目が行った。

「これは・・」
 
 が、相手はちょっとふて腐れたようすで、何も言わない。
 
 火傷の跡だった。二ヵ所。もちろん晃子が垂らしたロウソクの・・。
 柔らかい衣に隠れて今まで気がつかなかった。
 
 天上からは追い落とされ・・地上では火責め、鳥責め・・。
 ・・なんてかわいそう・・。

 ソッとその跡を手で覆った。
 と、まるでその手の内から何かが放出されてゆくような・・些か不思議な感覚に思わず手を放すと・・火傷の跡はほとんど消えていた。
 驚いて、もう一ヵ所も同じようにして・・それから手を放すと、やはりきれいに消えている。

「・・ターム・・」
 
 そのまま視線を滑らすと、笑っているような相手の瞳に出会った。
 
 直ぐ側で見るその神秘的な色を湛えた湖面は、光に反射するようにキラキラと輝いている。
 でも、その湖底は計り知れないくらい深そうだ・・。
 
 ・・出し抜けに足を引張ったりはしない・・?


 その翌日から二日間、晃子はコテッジに来ることが出来なかった。

「曇って来たわ・・何か、お正月は荒れそうよ」

 空いっぱいに覆う厚い雲が、辺りをまるで夕刻のように見せている。

「ピアン・・!」
「好い天気・・?そうね・・。ルシアン、今日はあなたにプレゼントがあるの」
 
 そう言うと、晃子はリュックの中から真新しい白いスニーカーを取り出した。
 
 昨日、銀行に行くため麓の町へ降りた時に、このスニーカーが目に留まった。
 ルシアンの出で立ちには黒の方が似合う・・?
 でも、なぜかこの白いスニーカーに惹かれた。
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