王宮の扉前の庭園

エピソード文字数 2,880文字

「庭園に行かない?」

 早々に食事を終わらせたエステルは侍女に案内されて部屋に戻る途中、同じく食事が終わったミーナに誘われた。

「うん。行く!」

 すぐさまエステルが嬉しそうに返事をする。
エステルを部屋への案内するための侍女は、ミーナが帰りは部屋へ連れて行くからというとすぐに下がっていった。清々したという感情を隠しもせずに下がっていった。その様子を見ていて二人は、目を見てクスリと笑った。

「ねえ、ミーナ。食事って、いつもあんな感じなの?」

 ミーナは同情するような目をエステルに向ける。

「新しい人が入ってくると、上座の人たちは厳しい目でみるわよね~。自分の侍女に取り立てるか、それとも邪魔になるかって」
「ミーナの時も?」

 私の時は残念ながらどっちもなかったけど、とミーナは残念でも何でもなさそうな表情でいう。

「でもミーナは侍女になりたかったんじゃなかったの?」
「私がなりたいのは、王妃の金庫番をまかされる侍女よ。普通の妃の侍女じゃないわ。私の見立てでは、あの中で王妃になれるような人はいないもの。だからいいの」

(私には王妃になれっていったくせに)

 エステルは心の中で苦笑いした。さすがに誰が聞いているか分からない廊下で、これ以上王妃に関する話を続けるわけにはいかないので自重したのだ。

「エステルも、侍女にはなれないと思うわよ」
「え? どうして?」

 侍女になりたいわけではないが、なれないと言われると理由が知りたくなる。

「侍女は主の引き立て役だもの。エステルは準備の館にいる誰よりもキレイだから、エステルが侍女になったら主の方がかすんじゃうわ」
「そんな、まさか……」

 上座に座っていた数人の女性たちはとびきりの美女、もしくは美少女だった。立ち振る舞いも優雅で、指先の動かし方一つ、目の配り方一つ見ても、上層階級の令嬢であることがすぐに分かる。そのご令嬢よりも、ミーナはエステルの方が上だと言っているのだ。

(ミーナも叔父さんと同じくらい私のことを買いかぶっているんだから)

 エステルをめぐるミーナとモルデカイの激しい攻防を懐かしく思った。そしてモルデカイの顔を思い出すと、すぐに家に帰りたいと思うのだった。

◇◇◇

 バラの花が見頃だという、ミーナのお気に入りの庭園に行く途中、すれ違った宦官がすっと廊下の端に寄って、額の前で手の甲と手のひらを重ねて頭を下げた。

「ふええ……。私、こんなことされたの初めて」

 服飾の大店でお嬢様育ちのミーナは、なれているのか「ふふふ」っと余裕の笑みを浮かべる。宦官との距離が離れると、エステルは興味深そうにミーナに小声で話した。

「宦官っていっても、いろいろなのね……」

 思わずエスエルは振り返って、すでに角を曲がって見えなくなったさっきの宦官に姿を目で追ってみようとした。
 エステルが直接知っている宦官は、自分をここに連れてきた宦官しかいない。体に丸みがあって、甲高い声がしている。

「いかにも男の人って感じの宦官から、本当は女の人なんじゃないかって思うような宦官もいるでしょ? あれってね、宦官になる時期によって違いが出るらしいわ。男の人って感じなのは、成人になってから。女の人っぽいのは子供のうちに」
「へえ……、そうなんだ……」

 ハタクはどの段階で宦官になったのだろうかとエステルは思った。とても美しい顔をした少年だった。早めに宦官になっていたら、あの顔のままなのだろうか? 会ってみたいなと思うのであった。
 そういえばすれ違った宦官は王の女である自分たちに道を譲っていたのに、あの宦官にはミーナが礼をとっていたことに気が付いた。地位のある宦官なのかもしれない。名前を聞いていなかったことに気付いたが、いずれ知りたくなくても知らされるのだろうと、あの宦官について考えるのを止めることにした。
 
 いくつかの角を曲がると、鮮やかな緑が見えてきた。

「あそこが私のお気に入りの庭園!」

 王宮と後宮をつなぐ門の周りにあるんだけれど、今はバラの見頃なのだと、ミーナは子供のようにエステルの手を引っ張る。

「ちょっと圧迫感はあるけれどね」

 重そうな門と壁は存在感があるが、優美な彫刻が施されているため大きな調度品のようで目に快い、しかし門の前で槍を持って立っている宦官兵にはなんともいえぬ圧迫感があった。
 二人が近づくと、ジロリと睨んだが直立不動だった。

「あまり門に近づいちゃダメよ、エステル。脱走を考えているって思われちゃうわ」
「もしかして、あそこから外へ行けるの?」

 ミーナは曖昧に首を振った。

「あそこは王様が後宮に来るときに使う門よ」
「王様が?」
「そう。だからあの門から出ても、続いているのは王宮。逃げるにはもっと大変なところだわ」
「そう……」

 残念そうに扉を見やるエステルに、ミーナはいたずらっぽく微笑んだ。
「あの門、王様が来るときには銅鑼がならされるそうよ」
「銅鑼?」
「そうグワングワンングワンってね。大げさでしょ?」

 二人は宦官兵の目を盗んで笑った。

「行きましょ!」

 季節には少し早いはずのバラが見頃を迎えていた。
「うわああ、キレイ」
「そうでしょ?」

 ミーナは自分をほめられたように、うふふと笑う。
 バラの花に、日の光を受けて宝石のように輝く蝶がとまった。

「うわあ、あんなの初めて!」
「外国から連れてきた蝶らしいわ」
「へえ~」

 どこからかピーヒョロヒョロヒョロと、高く澄んだ鳥の声が聞こえた。
「鳥はどこにいるんだろう?」

 エステルが見上げた空にも、近くの木の枝にも見慣れた鳥しかいない。かわいらしい声ではなくが、さっきのような歌うような声ではなかった。

「さっきの声は中央庭園の鳥よ」

 後宮の中は広く庭園がいくつもあるそうだ。
 多くの庭園は、後宮を取り囲む高い壁の近くに多くあるが、後宮のちょうど中央にも中庭があるらしい。

「そこは、この庭園よりもずっと美しいそうよ」
「ここよりも?」

 エステルにとっては、宦官兵が景色の邪魔にはなっているが、この庭園は今までに見たこともないくらいに美しい場所だ。ここよりも美しい場所があるというのは想像できなかった。

「なんでも一年中花が咲いていて、人工的に作られた川や池もあるらしいわ。夏はその池に船を浮かべて、楽士も呼んで宴をするそうよ。素敵よね~」

 ミーナは目をキラキラさせて手を組む。しかし、急にハアッと大きなため息をついた。中央庭園は、王のお召しを得て妃にならなければ行くことができないのだそうだ。

「だからエスエル! 王のお召しがあったら、私を侍女にしてね!!」
「そんなこといったって、王様は後宮に来ないんでしょ? お召しなんてあるわけないじゃない」

(その前に、なんとかして逃げるんだから!)

 エステルが何を考えたのかが分かったように、ミーナは苦笑いをした。
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