第2話 江戸川橋の青きすべり台の公園

文字数 3,797文字

 東京メトロ有楽町線の江戸川橋駅、その〈1a〉出口の階段を昇り切ってから、数歩進むと、そこに見えるのが神田川である。そして、川に架かっている〈江戸川橋〉を渡ってすぐの所にあるのが、横長に広がっている細長い〈江戸川公園〉の下流側、東端に位置している広場である。
 その広場を横切って、〈左〉側の道は、川沿いの遊歩道になっていて、一方、〈右〉側の道を選ぶと、それは細い一方通行の車道になっている。その一通の道は少し急な坂になっていて、その〈目白坂〉を上り切ると、〈関口台地〉に至ることができる。さらに、目白坂は、左手に〈椿山荘〉が見える辺りで、〈目白通り〉に合流している。
 その目白坂と目白通りの合流地点、すなわち、椿山荘の少し手前、坂道がほぼ平行になっている辺りに、〈関口台小学校〉が位置していて、その小学校の手前で左折し、そのまま神田川方面に向かって進むと、車道は行き止まりになっている。
 しかし、その道は、車が通り抜けできないというだけで、人は通行可能で、その細道の先端にある階段を数段降りると、そこは、関口台地の南側の斜面になっている。残念ながら、せっかくの高台なのに、斜面に生い茂る雑木林のせいで、神田川や早稲田の情景を望むことはできない。
 その高台からは、歩道が五又に分岐していて、五つのうちのどれもが急な階段道になっていて、どれを選んだとしても、大体百五十歩くらいで、斜面の下端、神田川沿いの細長い江戸川公園にたどり着くことができる。
 たとえば、斜面を正面に見て、左の二つの階段道を選ぶと、そこには石組みの池があって、これは、かつて神田上水の取り入れ口として使用されていた〈大洗堰〉を復元したものである。
 真ん中と右の二つの歩道は、関口台地の斜面に自生する雑木林を傷めないようにするために、浮き橋状の階段になっていて、それら三つが、江戸川公園の上流側、西側の端にある児童公園に続いている。
 五本のうち、どの園道を選んでも、江戸川公園に到達可能なのだが、とりあえず、上流の児童公園から、下流の広場方面に向かって歩いてゆくと、〈大洗堰〉、藤棚のある〈石のテラス〉、西欧風の山小屋を模した時計塔のある〈四阿〉などが左側に見えるのだ。
 僕は、この時計塔がある〈四阿〉に、なんとなく既視感があった。
 そこで、散歩から戻ってから、アニメ『BanG Dream!(バンドリ!)』の第一期を観直してみた。

 『バンドリ!』のオープニング「ときめきエクスペリエンス!」の中に、水溜まりの上を、「Poppin'Party(ポピパ)」のメンバーが走ってゆくカットがあるのだが、その背景になっていたのが、目白台・神田川の散歩の際に見かけた時計塔の四阿のテラスだったのだ。
 さらに気になったのは、このオープニングで、ポピパのメンバーは、ステージ衣装以外には、山吹色の冬服の制服、あるいは、白色の夏服の制服で身を纏っているのだが、この時計塔の四阿のカットでは、メンバーは冬服を着ており、このことにより、この四阿のカットが、衣替え以前の五月の物語と対応していることが推察できる。

 そしてさらに、この斜面の麓周辺において、もう一つ見覚えがあったのが、児童公園前の〈大滝橋〉であった。この橋は、エンディングの「キラキラだとか夢だとか ~Sing Girls~」の中に出てきていて、夏服を着たメンバーが、この橋を走り渡っているのだ。
 ちなみに、エンディングのカットにおいて、作中人物たちは、冬服ではなく、夏服を着ており、この事から、エンディングは六月以降、夏服の時期の物語と対応しているように思われる。

 制服との対応関係で言うと、山吹色の制服は、第一期前半、第八話までの文化祭の物語と、白色に紺色のスカーフの制服は、第一期後半、第九話から最終話までの、ポピパが、ガールズ・バンドの聖地であるライヴハウス「SPACE」のステージで演奏することを目指す物語と対応している。

 まず、着目したいのが、第一期前半、第三話「逃げちゃった!」に出てくる、夕方の児童公園を背景とした場面である。このシーンの中では、児童公園の青きすべり台、その真ん中の階段に腰を掛けた戸山香澄と牛込りみの二人が話し込んでいる。
 りみは、香澄がバンドに誘ってくれた事に感謝の意を述べつつも、ステージで人前に立つことが怖くて、バンドに入るという一歩を踏み出すことができない、という不安を香澄に吐露している。

 さらに着目したいのが、第一期後半、第十一話「歌えなくなっちゃた」の中で、再び、この児童公園が〈再舞台化〉されていることである。
 ちなみに、第十一話の時期的な背景は梅雨、それゆえに、雨の場面も多い。
 さて、この一つ前のエピソードで、「SPACE」出演のオーディションに落選した香澄は、オーディションへのプレッシャーとストレスのせいで、突然、声が出なくなってしまうのだ。
 やがて、日常生活では普通に声が出るようにまで回復したのに、いざ、歌を歌おうとすると、やはり声が出ない。その事実に深いショックを受けた香澄は、ギターを抱えて、蔵から、逃げるように飛び出してしまう。メンバーから逃げ出してしまった香澄を追って、ポピパのメンバーが香澄に追いつくのが、この青きすべり台の公園なのである。
 ここで、ポピパのメンバーたちはお互いの、バンドや香澄に対して抱いている気持ちを素直にぶつけ合い、歌唱をギター・ボーカルの香澄一人に任せるのではなく、歌を五人で分担することを提案し、メンバーの一人一人が、順番に「前へススメ!」という曲をアカペラで歌ってゆく。
 ここで気になったのは、香澄が蔵から飛び出し、児童公園でメンバーと合流したシーンでは、雨が上がっている点である。
 仮に、第十一話において、雨が香澄の悩みの象徴だと考えるのならば、このシーンにおいて雨が上がっているのは、ただ単に、この第十一話のエピソードの背景が梅雨の時期で、雨が降ったり止んだりしがちだからというだけではない。ここで着目したいのは、単に雨が降っていないだけではなく、空が夕焼けになっている点で、つまり、曇りなき空は、香澄の心もまた〈晴れた〉ことを意味しているように思われるのだ。
 ちなみに、この児童公園は、次の第一期・第十二話の冒頭部でも、ポピパのメンバーが川沿いの道でランニングしているシーンとしても出てきている。
 とまれかくまれ、この二度目の第十一話の青きすべり台の場面は、第一期の中でも、最も重要、かつ情動的なシーンとなっている。少なくとも、僕にとっては、第一期、否、全三期に渡る『バンドリ!』の中のベストシーンであり、何度、鑑賞しても、必ずこの場面で落涙してしまう程なのだ。
 つまり、こう言ってよければ、第一期・第三話で初めて物語の舞台になり、そして第十一話において〈再舞台化〉されている、この〈青きすべり台の公園〉は、『バンドリ!』に登場する女の子たちが、自分の心情を吐露する場として、物語内容と関連の深い〈空間性〉を帯びるに至っているのではなかろうか。
 だからこそ、その後の第二期・第三話「Sing Girls」において、ポピパの主催ライヴを行うかどうかについて悩んでいる香澄は、六花(ロック)に、その悩みを語っており、そして、ロックは、自分がいかにポピパを好きで、ポピパのライヴを観たいかという気持ちを、ありのままに香澄に伝えているのであろう。つまり、そのように、〈少女たちが率直な気持ちを伝達する場〉として、この〈青きすべり台の公園〉は、再び背景になっているように思われるのだ。
 そしてさらに、第三期・第十話「ボーカルは……星……」において、「RAISE A SUILEN(ラス)」が「わや」になってしまって、つまり、バンドがめちゃくちゃになって、バンド崩壊の危機に瀕し、その事に悩むロックは、香澄にその悩みを打ち明けている。香澄は、あきらめず、できることをやって、メンバーのみんなに気持ちを訊こう、というアドヴァイスをロックにするのだ。そして、この悩み告白の背景になっているのが、またしても、かの〈青きすべり台の公園〉なのである。

 ちなみに、この〈青きすべり台の公園〉は、ソーシャル・ゲーム『バンドリ! ガールズバンドパーティ!(ガルパ)』において、二〇二〇年四月に配信されたイヴェント・ストーリー、「花明かりのシンフォニー」において、新たに『ガルパ』に加わったバンドである「Morfonica(モルフォニカ)」と、「ポピパ」、「Afterglow(アフターグロウ)」、「Pastel*Palettes(パステル・パレット)」、「ハロー、ハッピーワールド!(ハロハピ)」、そして「Roselia(ロゼリア)」といった既に『ガルパ』に登場していたガールズ・バンドが初めて交流することになる、お花見を行う公園としても〈再舞台化〉されている事を、ここに付言しておきたい。 
 
参考資料
〈都市論〉
「江戸川公園」,『文京区』,二〇二一年五月二十一日閲覧.
〈アニメ〉
『BanG Dream!(バンドリ!)』第一期~第三期.
〈WEBサイト〉
「BanG Dream!(バンドリ!)公式サイト」,二〇二一年五月二十一日閲覧.
「バンドリ! ガールズバンドパーティ!」,二〇二一年五月二十一日閲覧.
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